第五章 最強受付嬢、魔族を拾う⓸
## 屋敷に潜む影・後編 作戦会議
冒険者ギルドの一角。
テーブルの上には、貧民街の外れに建つ屋敷の地図が広げられていた。
マリア、ティアナ、ルナ、そしてフードを目深にかぶった女性。
四人は先ほどから、屋敷に関する情報を整理し、今後の方針について話し合っていた。
そこへ、ギルドマスターが加わっていた。
「……ったく、面倒な話になってきやがったな」
ギルドマスターは、地図をのぞき込みながら大きな手で頭をかいた。
鍛え上げられた体格に、顔にはいくつもの古傷。椅子に腰かけているだけでも、歴戦の冒険者らしい威圧感がある。
実際、彼はかつて数々の危険な依頼をこなしてきた元冒険者だっただけに、細かい作法や堅苦しい言い回しは苦手だが、現場で培った勘と判断力には定評がある。
「で、屋敷から荷馬車が出入りしてる。木箱の中からは何かが叩く音が聞こえた。さらに、屋敷の人間が外部と連絡を取っている様子もあった……ってわけか」
「はい。人身売買に関わっている可能性が高いと考えています。ただ、現時点では決定的な証拠がありません。屋敷の中に何人いるのかも、捕らえられた方々がどこにいるのかも不明です」
ティアナが説明すると、ギルドマスターは太い腕を組んだ。
「人さらいに奴隷売買か。胸くそ悪ぃ話だな。しかも別の拠点までありそうだってんだろ?」
「その可能性があります。下手に騎士団を動かせば、相手が証拠を隠滅したり、捕らえた人々を別の場所へ移したりする恐れがあります」
「なるほどな。正面から踏み込むだけじゃ、尻尾をつかみ損ねるってわけか」
ギルドマスターは、地図に描かれた屋敷を指でとんとんと叩いた。
「それで、こちらの協力者殿は何か考えがあるのか?」
ギルドマスターが視線を向けたのは、フードをかぶった女性だった。
もちろん、彼女が魔王本人であることは伏せられている。
ティアナたちが伝えた表向きの説明は、今回の事件に関する情報を持つ、優れた魔導士の協力者というものだった。
魔王は静かにうなずく。
「一つ、提案がある」
「おう。遠慮なく言ってみな」
「先ほど、マリアが申しておったであろう。正面から屋敷へ向かい、堂々と挨拶をするという案じゃ」
「まーーー!?……魔導士様?」
ティアナがぎょっとして振り向いた。
「それ、本気で言っているんですか?」
「無論じゃ。今の状況ならば、有効な手段だと考えておる」
魔王は地図の屋敷を指で示した。
「敵の拠点がここだけとは限らぬ。捕らえた者たちを隠すため、いくつもの拠点を使い分けている可能性もある。ならば、この屋敷にいる者たちの注意を集中させ、応援を呼ばせればよい」
「……なるほどな」
ギルドマスターが、にやりと口角を上げた。
「屋敷で騒ぎを起こして、応援や連絡役が動いたところを、こっちの連中に追わせる。そいつらが戻っていく先をたどれば、別の拠点が見つかるかもしれねぇってわけだ」
「そうじゃ。こちらから闇雲に探し回るより、相手に動いてもらったほうが効率はよい。もちろん、追跡役が見つかっては元も子もないがの」
「よし、決まりだな。追跡なら、そういう仕事に慣れた連中を何人か出せる。尾行の最中にヘマをやらかすような素人は混ぜねぇから、そこは安心しろ」
「頼もしいわね!」
マリアが感心したように声を上げた。
「それで、あたしとしては正面からご挨拶して、責任者の方とお話ししたかったのよ♡」
「マリアさん。その『ご挨拶』で屋敷を半壊させないでくださいよ?」
「失礼ねぇ! あたしはお話ししたいって言っているでしょう?」
「これまでの行動を考えると、どうしても不安なんです!」
「おいおい、屋敷を壊す気なのか、お前さんは」
ギルドマスターが豪快に笑った。
「いやぁ、ここ最近は大人しかったが、話に聞いてた以上に面白ぇ奴だな!」
「面白いって何よぉ。あたしは真面目にやっているのよ?」
「ハッハッハ! 真面目にやって建物が壊れるほうが厄介だろうが!」
「その通りにならないことを祈ります…」
ティアナが頭を抱える。
魔王は、そんなやり取りを横目に小さく咳払いをした。
「話を戻すぞ。決行は今日の夜がよいと考えておる」
「賛成だ。人質がいるかもしれねぇんだろ? なら、ぐずぐずしてる暇はねぇ」
ギルドマスターは地図の周囲を指でなぞった。
「こっちからは追跡班を出す。お前らが屋敷で騒ぎを起こしたら、敵の増援や連絡役を見失わねぇよう、少し離れたところから追わせる。」
「ありがとうございます。証拠が見つかれば、騎士団にはすぐに動いてもらえるよう話は通してあります」
「さすが副団長様は抜かりねえな」
ティアナが頭を下げた。
「ただし、追跡班には無理をさせないでください。相手に気づかれれば、計画そのものが崩れます」
「わかってるよ。俺だって、仲間を無駄に危険へ放り込みたいわけじゃねぇ。連中には、見つかりそうなら即座に引けと伝えておく」
ギルドマスターは、フードの女性へ視線を戻した。
「そっちも、無茶はするなよ。優秀な魔導士だか何だか知らねぇが、現場じゃ肩書きなんざ役に立たねぇこともある」
「心遣い、感謝する。わらわも、皆を危険にさらすつもりはない」
「おう。その言葉、信じるぜ」
魔王の声には、真剣な響きがあった。
ギルドマスターは一度うなずくと、パンッと両手を打ち鳴らした。
「よし、これで決まりだ! 今夜、お前ら三人が屋敷の正面から接触する。その間、ギルドの冒険者たちは周囲で待機。敵が応援や連絡役を動かしたら、そいつらの足取りを追う。証拠がそろい次第、騎士団と連携して踏み込む!」
「よし! それじゃあ、決行は今夜ね!」
マリアが勢いよく立ち上がった。
「困っている人たちを助けるためにも、張り切っていきましょう!」
「……マリアさん。張り切るのはいいですが、くれぐれも先走らないでくださいね」
「はーーーい♡」
「その返事が一番信用できないんですよ!」
「ガッハッハ! そりゃあ、苦労するな嬢ちゃん!」
「ギルドマスターまで、笑っていないでください!」
ティアナの悲鳴に近い声が、ギルドの一角に響いた。
作戦の大枠は決まった。
あとは、夜を待つだけ――。
◇
会議がまとまり、ギルドマスターが追跡班の手配に向かおうとした、そのときだった。
お肉のおかわりを咀嚼していた、ルナが顔を上げた。
そして、その場にいる全員を見渡し、何かに気づいたように耳をぴんと立てる。
「ま、待ってください!」
「ん? どうしたの、ルナちゃん?」
「今夜の作戦って……ママたちだけで行くんですか?」
「ええ。敵がどれくらいいるかわからないから、あたしたちが正面から注意を引きつけて――」
「じゃあ、私は?」
ルナの声が、少しだけ震えた。
「私は、ここでお留守番ですか?」
「……うーん。そうねぇ。今回はちょっと危ないから――」
「嫌です!」
マリアの言葉を遮り、ルナがきっぱりと言い放った。
その勢いに、マリアが目を丸くする。
「えっ?」
「嫌です! 私も行きます!」
「ル、ルナちゃん?」
「さっきだって、ママは私を置いて騎士のお姉ちゃんと行ってしまいました!」
ルナは椅子から立ち上がると、マリアの服の裾をぎゅっとつかんだ。
「今度こそ一緒に行くって決めたんです! それなのに、また私だけ置いていくんですか?」
「うっ……」
マリアの顔が引きつった。
ルナは、さらに裾をぎゅうっと握りしめる。
「私だって、ママのお役に立ちたいんです! わたし強いですよ!?」
「ルナちゃん、気持ちは嬉しいんだけどねぇ……」
「嫌です! 絶対に嫌です!」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょう? ね?」
「落ち着けません!」
普段は礼儀正しく、誰に対しても敬語を崩さないルナが、珍しく頬を膨らませて駄々をこねていた。
その尻尾は、怒っているのか悲しんでいるのか、忙しなく左右に揺れている。
ティアナは目をぱちくりさせたあと、思わず苦笑した。
「……ルナさん、そんなにマリアさんと一緒に行きたいんですね」
「はい! ママと一緒がいいです!」
即答だった。
「……参ったわねぇ」
マリアは困り果てたように頬をかいた。
できることなら、危険な目には遭わせたくない。
それがマリアの本音だった。
自分がどれほど強くても、誰かを守りながら行動するとなれば話は別だ。相手の人数も、能力もわからない以上、ルナを連れていくことには不安がある。
だが、だからといって、本人の気持ちを無視して一方的に置いていくのも違う。
ルナは、ただ甘えているわけではないのだ。
マリアの隣に立ち、自分も誰かを守る力になりたい。そう願っている。
それでも、マリアが返事を決めかねていると――。
「よいではないか」
魔王が、あっさりと言った。
「……え?」
「その魔獣の娘も連れて行けばよいではないか」
あまりにも気軽な一言に、マリアは思わず魔王を見返した。
「ちょ、ちょっと待って。魔導士様、簡単に言うけどねぇ……」
「何じゃ。こやつは魔獣じゃろ?」
魔王はルナの獣耳と尻尾を眺めながら、首を傾げた。
「少なくとも、ただ守られるだけの娘には見えぬがの。魔獣そこらの野党程度、敵でもなかろう。それに周囲の気配を察知することにも長けているはずじゃ」
「そ、そうなの……?」
「もちろん、本人の意思と能力を確かめる必要はある。じゃが、最初から同行を禁じる理由もあるまい?」
魔王の言葉に、ルナが勢いよくうなずいた。
「はい! 私、頑張ります! ママの邪魔はしません!」
「……ルナちゃん」
マリアは、まっすぐ自分を見つめるルナの顔を見た。
その瞳には、強い決意が宿っている。
ここで無理に置いていけば、きっとルナは納得しないだろう。
それに――。
「……わかったわ」
マリアは、ゆっくりと息を吐いた。
「ただし、いくつか約束してちょうだい」
「約束、ですか?」
「そう。危ないと思ったら、必ずあたしの指示に従うこと。無理に戦おうとしないこと。それから、絶対に一人で勝手な行動をしないこと」
「はい!」
ルナの顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、ママ!」
「……もう。そんなに嬉しそうにしちゃって」
マリアは苦笑しながら、ルナの頭を優しく撫でた。
ルナは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をぶんぶんと振る。
「よ、よかったですね、ルナさん……」
この微笑ましい光景に、ティアナだけは胃の痛みを感じていた。
ルナを犬扱いしているマリアは兎も角、魔王に、Aクラス魔獣と一緒に屋敷に向かう。
屋敷や周辺がただで済むのだろうか。
「お願いですので、決して全力は出さないようにしてください。そのーーーよ、夜なので周りの人は寝てるかもですから...」
「はい、騎士のお姉ちゃん! 気をつけます!」
素直にうなずいてくれるルナに言い聞かせるように、取ってつけたような理由を話すティアナだった。
「それからマリアさん。ルナさんを連れていく以上、あなたも普段以上に周囲を確認してください。ルナさんから目を離さないように」
「わたしはお話しするだけよ?」
「………本当でしょうね……?」
ティアナは、疑わしげな目を向けた。
マリアは胸を張る。
「大丈夫! ルナちゃんは、あたしがちゃんと守るわ♡」
「……その言葉、信じていますからね」
ギルドマスターは、そのやり取りを腕組みしながら眺めていたが、やがて豪快に笑い出した。
「ガッハッハ! なんだかんだ言って、みんな一緒に行きたいってことか!」
「ええ。まあ、そういうことですね」
ティアナが苦笑する。
「だったら、全員まとめて無事に帰ってこい! いいか、手柄より命だ。無茶して死にました、なんて報告を聞かされるのは御免だからな!」
「うむ。肝に銘じよう」
魔王が答える。
「おう! よし、これで決まりだ!」
ギルドマスターは地図をたたき、テーブルに置いた。
「今夜は四人で屋敷の正面から接触。敵が応援を呼べば、こっちの追跡班がそいつらの足取りを逆にたどって別拠点を探る。証拠がそろったら騎士団にも動いてもらう。捕らえられた連中を救い出すまで、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
「ええ。やりましょう!」
マリアが笑顔で応じた。
「私も、精いっぱい頑張ります!」
ルナも、力強くうなずく。
「……くれぐれも、無茶はしないでくださいね」
ティアナの言葉に、三人はそれぞれうなずいた。
もっとも、マリアに限らず他の2人もどこまで信用できるかは、まだわからない。
こうして、作戦は正式に決定した。
決行は、この後すぐ、日が沈んでからーーー
◇
――同日、夜。
王都の外れに建つ屋敷は、闇の中に沈んでいた。
窓から漏れる明かりは少なく、門の両脇には昼間と同じように武装した男たちが立っている。
その少し離れた路地に、四つの人影があった。
「……準備はよいか?」
フードをかぶった魔王が、声を潜めて尋ねる。
「ええ。いつでも大丈夫よぉ」
マリアは、黒いドレスの裾を軽く整えた。
ルナは緊張した面持ちで周囲を見渡し、ティアナは剣の位置を確かめる。
「冒険者たちは、すでに配置についています。屋敷から出てくる人間を見つけたら、決して無理をせず、距離を保って追跡する手はずです」
「よし。あとは、我らが敵の目を引くだけじゃな」
魔王がうなずいた。
マリアは、屋敷の正門を見つめる。
その向こうには、捕らえられた人々がいるかもしれない。
そして、彼らを苦しめている者たちがいる。
マリアの表情から、いつもの軽い笑みが消えた。
「……待っててね」
小さく、けれど確かな声でつぶやく。
その言葉を聞いたルナは、マリアの手をそっと握った。
「私も、一緒です」
「……ええ。頼りにしているわ、ルナちゃん」
マリアは微笑み、それからいつもの華やかな笑顔を浮かべた。
「さあ、皆さん。元気よく、ご挨拶に行きましょうか♡」
「……マリアさん。できれば、もう少し静かにお願いします」
「大丈夫よぉ。まだ門の前だもの」
「そこではありません!」
ティアナのツッコミが、夜の路地に小さく響いた。
ギルドマスターの手配した冒険者たちが、闇の中で静かに配置についている。
あとは、四人が動き出すだけだ。
マリアたちは顔を見合わせ、屋敷の正門へと歩き出した。
今夜、何が待ち受けているのか。
まだ、誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは――。
マリアが、困っている人を見捨てるつもりなど、これっぽっちもないということだった。




