第五章 最強受付嬢、魔族を拾う②
冒険者ギルドに戻ってきた三人と、フードを深くかぶった女性。
ギルドの扉をくぐると、聞き慣れた冒険者たちの話し声が出迎えた。
マリアは女性の腕をつかんだまま、受付カウンターへと向かう。
「さあ、着いたわよぉ」
「だから、自分で歩けると言っておるじゃろう!」
女性が抗議しても、マリアはどこ吹く風だ。
その様子を見ていた女騎士は、深々とため息をついた。
「……マリアさん。まずは依頼の完了報告を済ませましょう」
「あら、そうだったわね!」
「忘れていたんですか!?」
「やだぁ、ちゃんと覚えていたわよぉ。ちょっと順番が入れ替わっただけ♡」
「それを忘れていたと言うんです!」
女騎士は受付へ向き直ると、配達依頼の完了を報告した。
届け先と荷物に問題がなかったことを伝え、依頼の確認を済ませる。
これで、今日の仕事はひとまず完了だ。
女騎士は一息つくと、隣にいるマリアへ視線を向けた。
「では、次は先ほどの件について――」
「そうそう! この子、ちょっと困っていたみたいなのよぉ」
「困ってなどおらぬ!」
女性が即座に否定する。
マリアはきょとんと目を瞬かせた。
「あら? そうなの?」
「そうじゃ! 余は道に迷ったわけでも、助けを求めていたわけでもない!」
「でも、男たちに腕をつかまれていたじゃない」
「あれは……!」
女性は言葉に詰まった。
自分から捕まるつもりだったなど、初対面の相手に説明するわけにもいかない。
女騎士は、そんな女性の様子を注意深く観察した。
身なりは質素だが、立ち振る舞いに無駄がない。
周囲を警戒する目線も、普通の村娘や旅人とは明らかに違っていた。
そして何より、男たちに腕をつかまれていた時、逃げる素振りが一度もなかった。
……逃げられなかったのではなく、逃げる気がなかったのだろうか。
女騎士は小さく息を吐いた。
「マリア様。先ほどの男たちについては、あとで改めて報告が必要ですね」
「そうねぇ。あんな乱暴な人たち、放っておくわけにもいかないもの」
「……その前に、こちらの方のお話を聞いてもよろしいでしょうか」
女騎士が女性へ向き直る。
「先ほど、何か言いかけていましたね。差し支えなければ、事情を聞かせてもらえませんか?」
女性は黙ったまま、三人を見比べた。
大柄な人物は、相変わらず人懐っこい笑みを浮かべている。
獣耳と尻尾を持つ少女は、マリアの隣でこちらを見つめていた。
「このお姉さん、何か困っているのかな?」
ルナが首を傾げる。
「さあ、どうかしらねぇ」
マリアは女性の顔を覗き込んだ。
「無理に話さなくてもいいのよ。でも、もしあなたが困っているなら、あたしたちにできることがあるかもしれないわ」
「……そなたたちは、何者なのじゃ?」
女性の問いに、女騎士が姿勢を正した。
「私はアルヴェリア王国騎士団に所属しています。王国内で何か犯罪に関わる事情があるのでしたら、話を聞くことはできます」
「ルナだよ!」 「受付嬢よ♡」
トパーズ色の瞳が三人を見渡し、女性は小さく鼻で笑った。
「騎士に、魔獣に、飼い主っと言ったところか」
「!?なぜルナ様が魔獣だと…?」
女騎士が腰の剣に手を掛けた。
それを女性は手で制し、言葉を続けた。
「そのような魔力を発しておったら嫌でもわかるわ……余は、旅の途中で知り合った者たちを探しておる」
その声には、先ほどまでの拒絶するような響きはなかった。
「老人や、怪我をした者たち。そして、女性や子供たちじゃ。彼らは住む場所を失い、余と一緒に旅をしておった」
女騎士は口を挟まず、静かに耳を傾けた。
「数日前、王都の近くまで来たところで、彼らが何者かに連れ去られた。余はその足跡を追い、犯人たちを見つけようとしておったのじゃ」
「それで、先ほどの男たちに?」
「……うむ。あの者たちに捕まれば、拠点まで連れていかれるかもしれぬと思ったのじゃが」
女騎士は目を見開いた。
「自分から捕まるつもりだったのですか!?」
「その方が手っ取り早いと判断したまでじゃ」
「危険すぎます!」
「余なら問題ない」
「そういう問題ではありません!」
女騎士は思わず声を荒らげた。
目の前の女性は、自分の安全をまるで考えていない。
いや、正確には、自分の安全を確信しているのだろう。
しかし、相手の人数も、武器も、拠点の構造もわからない状況で、一人で潜入するなど無謀にもほどがある。
女性は不思議そうに首を傾げた。
「……そなたは、ずいぶん心配性なのじゃな」
「騎士として当然です!」
「ふむ。立派な心がけじゃ」
「お仕事に真面目で立派よね♡」
「マリア様はお静かにしてください!」
ルナはくすくすと笑った。
「ママ、騎士のお姉ちゃんにまた怒られてる!」
「あら、ルナちゃんまで!」
女性も、ほんの少しだけ口元を緩めた。
騒がしい。
けれど、不思議と居心地が悪くない。
今まで張り詰めていた心が、少しだけ緩んだ。
「……頼みがある」
女性は、改めて三人を見た。
「どうか、彼らを助けるのに協力してほしい」
女騎士は迷わず頷いた。
「もちろんです。王国内で行われている奴隷売買を、騎士として見過ごすわけにはいきません」
「ありがたいことじゃ」
「ただし、今後は勝手に単独行動をしないでください。情報を共有し、作戦を立てます。まずは情報を集めましょう」
「……わかった」
女性はどこか含みを持って頷いた。
その様子を見て、マリアがぱん、と手を叩いた。
「よーし! じゃあ、決まりね!」
「マリアさん、何が決まったんですか?」
「デートよ♡」
「……はい?」
女騎士の動きが止まった。
女性も、きょとんとした顔でマリアを見た。
「でえと……?」
「そう! 女騎士ちゃんとあたしで、街を歩きながら情報収集するの。騎士服じゃ目立つでしょう? せっかくなんだから、可愛く変身しましょ!」
「調査です! デートではありません!というかマリア様も来られるんですか⁉」
「あら、行くわよ?街を二人で歩くんだからデートでしょう?」
「定義を勝手に変えないでください!」
マリアは楽しそうに笑った。
「いいじゃないの。仕事ばかりじゃ、心まで固くなっちゃうわよ?」
女騎士は言い返そうとして、口を閉じた。
確かに、調査のためには服装を変えた方がいい。
騎士服のまま貧民街を歩けば、相手に警戒される可能性が高い。聞き込みをするにしても、騎士という立場がかえって邪魔になる場面もあるだろう。
……それは、合理的な判断だ。
しかし…私以上に、目立つだろうな、と消して口にはしなかった。
「……わかりました。調査のためなら、私服に着替えます」
「よしっ! じゃあ、お買い物に行きましょうねぇ♡」
「調査ですからね!」
「はいはい、調査デートね♡」
「だから、デートではありません!」
ギルドに、女騎士の叫び声が響いた。
◇
さっそく出発の準備を進めていたマリアは、ふと足を止めた。
「……あら?」
「どうしました、マリアさん?」
待ち合わせ場所に到着したマリアは、女騎士の姿をつま先から確認した。
履き慣れたいつものブーツ、普段、鎧の下に来ている騎士団指定のシャツ姿。
要するに、軽鎧を外しただけのいつもの恰好だった。
「ねえ、女騎士ちゃん」
「はい?」
「服、それしかないの?」
「?なにか、可笑しいでしょうか?」
「うーーーん、変じゃないのよ?変じゃないんだけれど…」
たぶんこの子は他の服を持っていないのじゃないだろうか、と唸ってしまう。
「あ、それとデート中、ずっと『女騎士』って呼ぶわけにもいかないわよねぇ」
「調査です……でも、それは理にかなっていますね」
ティアナは少し考え込んだ。
街中で騎士と呼ばれれば、周囲の目を引く。
奴隷商人の仲間が潜んでいる可能性もある以上、身分を隠して行動するのは当然だ。
「では、どうします?」
「そうねぇ。……じゃあ名前で呼ぼうかしら」
「それがいいかもしれませんね」
マリアは、にっこりと笑った。
二人の間に、沈黙が落ちた。
女騎士はすぐ名前を呼ばれるものと、待てどもマリアからの言葉が続いてこないことに違和感を感じた。
「…………」
「…………」
女騎士はゆっくりと顔を上げた。
見たことのない挙動不審になっているマリアが目の前にいた。
「……マリア様」
「は、はい?」
「私たち、何週間一緒にいたと思っているんですか?」
「……そうね」
「私は、ずっとあなたの護衛役をしていたんですよ?」
「か、監視役よね」
「それなのに、今まで名前を存じてくださっていなかったんですか!?」
「……仕事の癖で、個人情報の詮索はしないの♡」
「笑ってごまかさないでください!」
マリアは頬に手を添え、少しだけ気まずそうに目を逸らした。
この異世界に来て、浮かれていた。完全に抜けていた。それはもう完全に。
「だってぇ。女騎士ちゃんって呼んだら、毎回ちゃんと返事してくれるんだもの」
「それは職務上の反応です!」
「ごめんなさい」
マリアは素直に、それでも丁寧に頭を下げた。
「改めて、お名前を教えてちょうだい?」
女騎士は一つ息を吐き、姿勢を正した。
「ティアナ・ガーランドベルです」
「ティアナちゃん……」
マリアは、その名を確かめるようにゆっくりと口にした。
「素敵な名前ねぇ。じゃあ、これからはティアちゃんって呼ぶわね」
「ティアちゃんはやめてください!」
「…ティアナ、さん」
「……ティアナでいいですので」
ここまでバツの悪そうなマリアを始めてみたティアナの頬が、ほんの少しだけ緩んだ。
自分の名前を呼ばれる。
ただそれだけのことなのに、なぜか少しくすぐったい。
ずっと監視対象として接してきた相手に、初めて名前を呼ばれた。
そのことが、思いのほか嬉しかったのかもしれない。
「よろしくね、ティアナちゃん♡」
「……よろしくお願いします、マリア様」
◇
「マリア様、ルナ様はお連れしていないんですか?」
出発の準備を整えたマリアに、ティアナが尋ねた。
いつもなら、マリアのそばには銀灰色の髪と獣耳を持つ少女がいる。
しかし、今日に限ってその姿はなかった。
「ええ。今回はお留守番をお願いしたのよ」
「……ルナ様が、素直に納得したんですか?」
「あら、どうして疑うの?」
「いえ……なんとなく」
ティアナは、ギルドを出る直前の光景を思い出していた。
――少し前。
「ルナちゃん、今日はお留守番をお願いできるかしら?」
マリアがそう告げた瞬間だった。
「…………え?」
ルナの獣耳が、ぴんと立った。
「お、お留守番……ですか?」
「そうなの。今日はちょっと危ない調査になるかもしれないからねぇ」
「で、でも……ルナもママと一緒に行きたいです!」
ルナはマリアのドレスの裾をぎゅっとつかんだ。
「ママのお手伝い、したいです! ルナ、ちゃんといい子にします! 危ないこともしません! だから……!」
「ごめんねぇ、ルナちゃん」
マリアはしゃがみ込み、少女の頭を優しく撫でた。
「今回は、ギルドでお仕事をお願いしたいの」
「……お仕事?」
ルナの耳が、ぴくりと動く。
「そうよ。あたしがいない間、受付のお仕事を手伝ってほしいの。ルナちゃんなら、ちゃんと任せられると思っているもの」
「ママが……ルナを頼りにしてくれるんですか?」
「もちろんよ♡」
マリアはにっこりと笑った。
「ルナちゃんは、もう立派な働き者だもの。だから、安心して任せられるのよ」
「……っ!」
ルナの尻尾が、ぱたぱたと揺れ始めた。
嬉しい。
ママに頼りにしてもらえた。
自分にもできる仕事がある。
その事実は、ルナの胸をいっぱいにした。
――しかし。
「でもぉ……!」
ルナは、マリアの服をつかむ手に力を込めた。
「いぎだいですぅぅぅぅっ!」
「ルナちゃん!?」
「ママといっしょにいぎだいですぅぅぅ! お留守番やだぁぁぁ! ルナも行ぎまずぅぅぅ!」
大粒の涙が、ぽろぽろと頬を伝う。
さっきまで嬉しそうに揺れていた尻尾は、今や悲しみに打ちひしがれたように垂れ下がっていた。
「ちょ、ちょっとルナちゃん、落ち着いて!」
「やですぅぅぅ! ママぁぁぁ!」
「ううっ……そんなに泣かれると、ママもつらいわぁ……!」
マリアも思わず胸を押さえた。
大切な娘に泣かれるのは、さすがにこたえる。
けれど、今回の調査にルナを連れていくわけにはいかなかった。
誘拐された人々がいるかもしれない場所へ向かうのだ。
何が起きるかわからない以上、ルナを危険にさらすわけにはいかない。
その隣で、ティアナはこめかみを押さえていた。
「……マリア様。ここは心を鬼にしてください」
「わかってるわよぉ……!」
「ルナ様。マリア様があなたを頼りにしているからこそ、仕事を任せてくださったのです。そうでしょう?」
「……ひっく」
ルナは鼻をすすりながら、ティアナを見上げた。
「騎士のお姉ちゃんも……ルナがお仕事できるって、思いますか?」
「もちろんです。あなたなら、きっと立派に務められます」
ティアナは、できるだけ優しい声で答えた。
「それに、ギルドで働いてくれる人がいれば、マリア様も安心して調査に向かえます。ルナ様にしかできない、大切なお仕事ですよ」
「……ルナにしか、できない……?」
「はい」
ルナは、ぎゅっと拳を握った。
まだ涙は止まらない。
鼻も真っ赤だ。
それでも、少しずつ顔を上げていく。
「……ママ」
「なあに、ルナちゃん」
「ルナ……ちゃんとお仕事します」
「ルナちゃん……!」
「ママが帰ってきたとき、頑張ったねって、褒めてもらえるように……!」
そこまで言って、ルナは再び鼻をすすった。
「お仕事……頑張ります!」
最後は涙声だった。
マリアは、たまらずルナをぎゅっと抱きしめた。
「えらいわぁぁぁ! ルナちゃん、なんていい子なのぉ!」
「ま、ママ……くるしいですぅ……!」
「あら、ごめんなさい♡」
そうして、ルナは何度も鼻をすすりながら、ギルドに残ることを了承したのだった。
――そして現在。
「……というわけなのよ」
マリアは、どこか遠い目をして説明を終えた。
ティアナは小さく息を吐いた。
「なるほど……。仕事を任されて喜んでいたのに、置いていかれるのが寂しくて、あんなに泣いてしまったんですね」
「そうなのよぉ。あの子、頑張り屋さんだから。頼りにされるのは嬉しいけれど、ママと離れるのは寂しいのよねぇ」
マリアは、胸元に手を当てた。
「帰ったら、いっぱい褒めてあげなくちゃ」
「ええ。きっと、喜ぶと思います」
ティアナは微笑み、それから表情を引き締めた。
「……それで、もう一つ確認しておきたいことがあります」
「あら、なあに?」
「ギルドに残っている、あのフードの女性です」
マリアは、少し離れた場所にあるギルドの建物へ視線を向けた。
「そうねぇ。あの子のことも、ちゃんと考えなくちゃいけないわね」
女性は、行方不明になった仲間を探していると言っていた。
老人や怪我人、女性や子供たち。
彼らが何者かに連れ去られ、その足取りを追って王都まで来たのだという。
話の内容だけを聞けば、彼女もまた被害者の一人に思える。
しかし、ティアナには気になる点があった。
「彼女の話が本当なら、協力する必要があります。ただ……」
「ただ?」
「身元がわかっていません。それに、あの身なりと立ち振る舞いも気になります」
ティアナは声を潜めた。
「自分から捕まるつもりだったこともそうです。普通の旅人なら、あのような危険な方法を選ぶでしょうか?」
「……確かにねぇ」
マリアは、珍しくすぐには冗談を返さなかった。
フードの女性は、明らかに何かを隠している。
それはマリアにもわかっていた。
けれど、隠し事があるからといって、困っている人を見捨てる理由にはならない。
「だからこそ、保護という名目でギルドに残ってもらうのよ」
ティアナが続けた。
「彼女を危険な場所へ連れていくのは避けたいですし、こちらとしても、事件とどう関係しているのか確認する必要があります。行方不明者の身元や、彼女が追っている相手についても、もう少し詳しく聞きたいところです」
「つまり、あの子を守りながら、様子も見るってことね」
「はい。本人の話を信じたい気持ちはありますが、騎士として確認を怠るわけにはいきません」
「いいと思うわ。あたしも賛成よ♡」
マリアは、あっさりとうなずいた。
「困っているなら助ける。でも、何が起きているのかは、ちゃんと確かめる。それでいいじゃない」
「……マリア様にしては、ずいぶん素直ですね」
「あら、あたしはいつだって素直でしょ?」
「そういう意味ではありません」
「やぁねぇ♡」
マリアは楽しそうに笑った。
けれど、その目は真剣だった。
フードの女性が何者であろうと、行方不明者がいるという話が事実なら、放っておくことはできない。
そして、彼女自身もまた、何かを抱えている。
今はまだ、すべてを知る必要はない。
まずは目の前の事件を調べ、助けを必要としている人々の居場所を突き止める。
「さあ、行きましょうか、ティアナちゃん」
「はい。……今度こそ、調査に集中してくださいね」
「あらぁ、もちろんよ。可愛い服も選んだことだし、今日のデートは完璧に成功させなくちゃ♡」
「調査です!」
ティアナの声が、ギルドの入口に響いた。
◇
王都の商店街。
マリアはティアナを連れ、衣料品店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
店員が明るく出迎える。
「今日は、この子に似合う服を探したいのよ」
「この子って……私ですか?」
「ほかに誰がいるの?」
「私は任務のために来たんですが……」
「わかってるわよ。だから、目立たず動きやすい服を選ぶの」
「……本当に、それだけですか?」
「あら、何か問題でも?」
「いえ……」
ティアナは、何か言いたげにしながらも口を閉じた。
マリアは店内を見渡し、いくつかの服を手に取っては戻していく。
派手すぎるものは避ける。
動きにくいものも避ける。
かといって、地味すぎてかえって目立たないような服も選ばない。
やがてマリアの手が、一着のワンピースで止まった。
白地に、青い小花が散りばめられた膝丈のノースリーブワンピース。
華やかすぎず、地味すぎず、清楚で柔らかな印象を与える一着だった。
「これなんて、どうかしら?」
ティアナは服を見て、目を瞬かせた。
「……私が、これを?」
「そうよ。絶対似合うわ」
「ですが、スカートはあまり……」
「嫌い?」
「い、いえ。嫌いというわけではありません。ただ……」
ティアナは、ワンピースから目を逸らした。
可愛いものは好きだ。
街の店先に並ぶリボンや、花の刺繍が施された服。棚に並ぶ、ふわふわしたぬいぐるみ。
そうしたものを見ていると、自然と心が弾む。
そういった小物は自分の部屋にも飾っている。
けれど、自分がそれらを身につけたり、抱きしめたりしている姿を想像すると、どうしても気恥ずかしくなってしまう。
騎士として鍛錬を重ね、剣を振るい、任務をこなしてきた自分。
可愛らしいものに憧れる自分。
その二つが、どうしても結びつかなかった。
「ティアナちゃん」
マリアの声が、優しく響く。
「好きなものを好きと言うことは、悪いことじゃないのよ」
「……!」
「それにね。可愛い服が似合うかどうかは、自分で決めつけるものじゃないわ」
マリアはワンピースをティアナの身体に当て、少し離れて眺めた。
「うん。やっぱり、似合うと思うわ」
「……そうでしょうか」
「ええ。だから、一度着てみましょう?」
ティアナは迷った。
けれど、マリアの表情には、からかうような色がない。
ただ、本当に自分に似合うと思っている。
それが、少しだけ嬉しかった。
「……わかりました」
試着室のカーテンが閉まる。
しばらくして、ティアナが遠慮がちに顔を出した。
「……あの」
「はーい?」
「やはり腕と足を出すのは、恥ずかしくて…」
「ふふ、そしたらこれとこれも合わせてみて頂戴」
少しして、再びティアナが顔を赤らめながら顔を出した。
「着、れました……少し、見ていただけますか?」
「もちろんよ♡」
カーテンが開いた。
そこに立っていたのは、いつもの騎士服姿とはまるで違うティアナだった。
白地に青い花柄のワンピースが、金色の髪によく映えている。
恥ずかしいと言われ追加したレース地のストールに黒い薄手のストッキング、履き慣れた革のブーツ。
変装用に眼鏡をかければ、街を歩く一人の若い女性にしか見えない。
それもとびっきりの美少女である。
普段は鎧や騎士服に隠れている、鍛えられた身体のしなやかなライン。その凛々しさを残しながらも、ワンピースはティアナの柔らかな雰囲気を引き立てていた。
ティアナはスカートの裾の前を抑え、落ち着かなさそうに視線を泳がせた。
「……変、でしょうか」
マリアは一瞬、目を丸くした。
そして、次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。
「まあぁぁ……!」
「えっ!? や、やっぱり変ですか!?」
「違うわよぉ! 可愛いの!」
マリアは両手を胸の前で組み、うっとりとティアナを眺めた。
「ちょっと、何これ。こんなに可愛い子が騎士服の下に隠れていたなんて……あたし、今まで損してた気分だわ!」
「か、可愛いって……!」
ティアナの頬が、一気に赤くなる。
「そ、そんなことはありません! 私は騎士ですし、こんな服は……」
「騎士だって可愛い服を着ていいのよ。凛々しいところも、可愛いところも、どっちもティアナちゃんでしょう?」
「……っ」
ティアナは言葉を失った。
自分がずっと隠してきたものを、マリアは何でもないことのように肯定してくれる。
恥ずかしい。
今すぐ試着室に戻って、いつもの服に着替えてしまいたい。
けれど、それ以上に――。
嬉しかった。
「……ありがとうございます」
小さな声でそう言うと、マリアは優しく微笑んだ。
「どういたしまして♡」
その後、マリアは店員に黒いストッキングと変装用の眼鏡も用意してもらった。
これで調査に必要な服装は揃った。
……はずだった。
会計の際、マリアは小さな箱を一つ追加した。
「こちらもお願いします」
「マリア様、それは?」
「いいから、いいから」
「……?」
店を出たところで、マリアはその箱をティアナに差し出した。
「はい。これもプレゼント」
「えっ?」
ティアナが箱を開けると、中には青い髪留めが入っていた。
深く澄んだ青色。
光を受けると、表面がきらりと輝く。
「……綺麗」
思わず、声が漏れた。
「ティアナちゃんの瞳に似合う色を探したの。きっと、金色の髪にも映えると思うわ」
「ですが……こんなにいただくわけには」
「服と眼鏡は、今日の調査に必要なもの。これは別よ」
マリアは、そっと髪留めを取り出した。
「いつも頑張ってくれているお礼。あたし、ティアナちゃんには感謝しているのよ」
「……マリア様」
「それに、可愛いものが好きなんでしょう?」
「そ、それは……!」
「ふふっ。隠さなくていいのよ」
マリアはティアナの髪を軽く整え、青い髪留めをそっと留めた。
金色の髪に、深い青が映える。
「うん。やっぱり素敵」
ティアナは、近くの店の窓に映る自分の姿を見た。
いつもの騎士服ではない。
いつもの自分とは違う。
それなのに、不思議と自分らしさが失われた気はしなかった。
むしろ、今まで自分の中にしまい込んでいた一面を、ようやく表に出せたような気がした。
「……大切にします」
「ええ。そうしてちょうだい」
マリアは満足そうに微笑んだ。
「さあ、行きましょう。今日のデートは、まだ始まったばかりよ♡」
「調査です!」
ティアナの声が、商店街に響いた。
その声を聞いた通行人が、何事かと振り返る。
「……あっ」
ティアナは、慌てて口元を押さえた。
マリアは、そんな彼女の様子を見て楽しそうに笑った。
「ほらほら、目立っちゃうわよぉ?」
「誰のせいだと思っているんですか!」
「うふふ♡」
どうやら今日の調査は、始まる前から一筋縄ではいかなそうだった。
## ◇
商店街を離れた二人は、王都の一角にある貧民街へ向かった。
整備された石畳は次第に途切れ、建物は古び、道は狭くなっていく。
通りに並ぶ家々は傷み、窓や扉を修繕した跡がいくつも見られた。
行き交う人々の服も、商店街で見かけたものとは違う。
そして、二人に向けられる視線もまた、変わっていった。
見慣れない顔を警戒する目。
何かを探るような目。
特に、マリアの大柄な身体は目立っていた。
「……マリアさん。ここでは、あまり目立つ行動をしないでくださいね」
「わかってるわよ。あたしだって、いつも大騒ぎしているわけじゃないんだから」
「先日の貧民街での騒ぎは何だったんですか……」
「あれは向こうが悪いのよぉ」
マリアは頬を膨らませた。
ティアナは、深く追及しないことにした。
二人が探しているのは、誘拐された人々を見た者だ。
冒険者たちから聞いた話では、ここ最近、貧民街の子供たちが何人も姿を消しているらしい。
表向きは、仕事を探しに行った、親戚を頼って街を出た、ということになっているらしい。
しかし、行き先を知る者はほとんどいない。
騎士としてなら、ティアナにも人々から事情を聞き出す方法はいくつも思い浮かぶ。
だが、今は身分を隠しての調査だ。
騎士だと知られれば、相手を怯えさせてしまうかもしれない。
かといって、見知らぬ人間が突然やってきて、誘拐事件について尋ねたところで、素直に答えてくれるとは限らない。
「……子供たちが多いですね」
「そうねぇ」
「大人たちも、私たちを警戒しています」
「そりゃそうよ。知らない人が急に来たら、誰だって警戒するでしょう?」
「それはそうですが……」
ティアナは少し困った顔をした。たぶん素敵な格好をした私とマリア様は目立ったいる所為だろう。
何か手がかりが欲しい。
しかし、焦って聞き込みをすれば、かえって警戒されてしまうだろう。
そんな時だった。
「おい、あんたら!」
建物の陰から、数人の子供たちが顔を出した。
年齢は十歳前後だろうか。
痩せた身体に、継ぎはぎだらけの服。
警戒心の強い目が、二人をじっと見つめている。
「貴族の女が何しに来たんだよ」
先頭に立つ少年が、鋭い口調で尋ねた。
ティアナが口を開きかける。
きっと子供からは貴族令嬢と護衛に見えているのだろう。
どちらが、とは語らないのがここではいいだろう。
しかし、マリアがそっと手を上げて制した。
「こんにちは」
マリアはゆっくりと腰を落とし、子供たちと目線を合わせた。
「ちょっと、お話を聞かせてもらいたいの。嫌なら無理にとは言わないわ」
「……大人の話なんか、聞かねえよ」
「そう。じゃあ、聞かなくてもいいわ」
「……え?」
少年が戸惑った。
もっと強く迫られると思っていたのだろう。
マリアは穏やかに微笑んだ。
「無理やり聞き出すつもりはないもの。でも、あたしたちは困っている人を探しているの。もし、何か知っていたら教えてもらえると嬉しいわ」
「……どうせ、俺たちの話なんか信じないくせに」
少年は吐き捨てるように言った。
マリアは、すぐには答えなかった。
代わりに、少年の顔をじっと見つめる。
怒りでも、哀れみでもない。
ただ、真剣に話を聞こうとする目だった。
「信じるかどうかは、話を聞いてから決めるわ」
「……」
「でもね。話してくれたことを、最初から嘘だって決めつけるようなことはしないわよ」
少年は、気まずそうに目を逸らした。
隣にいた子供が、小さく袖を引く。
「……兄ちゃん」
「……わかってる」
少年はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……この前、仲間が連れていかれたんだ」
ティアナの表情が引き締まった。
「連れていかれた?」
「ああ。大人たちも何人かいた。荷馬車に乗せられて……」
「どこへ行ったの?」
「わからねえ。でも、俺たち、追いかけたんだ」
少年は、道の向こうを指さした。
「荷馬車の跡を追って行った。途中で見失いそうになったけど、みんなで交代しながら追いかけて……そしたら、大きな屋敷に着いたんだ」
「屋敷……?」
ティアナは、すぐに詳しく尋ねた。
屋敷の場所。
門の様子。
出入りしていた人間の数。
荷馬車が入っていった時刻。
子供たちは、覚えていることを一つずつ話してくれた。
マリアは彼らの言葉を遮らず、時折うなずきながら聞いていた。
やがて話が一段落すると、マリアは穏やかに微笑んだ。
「よく頑張ったわね」
「……え?」
「怖かったでしょう? それでも、仲間を助けようとして追いかけたのね」
少年は、気まずそうに頬をかいた。
「べ、別に……。俺たち、いつもそうしてるだけだ」
「そう。偉いわねぇ」
「……子供扱いすんなよ」
「あら、ごめんなさい。でも、頑張った子を褒めるのは大人の仕事でしょう?」
マリアは、くすりと笑った。
少年は返事をしなかった。
けれど、先ほどまでの険しい表情は、少し和らいでいた。
ティアナは、子供たちの話を整理しながら感心していた。
彼らは、ただ荷馬車を追いかけただけではない。
誰が先に走り、誰が後から追い、どこで車輪の跡を見失いかけたのか。
自分たちにできることを考え、協力しながら行動していたのだ。
大人たちが見過ごしていた情報を、子供たちがつなぎ合わせていた。
「……すごいですね」
ティアナが素直に感嘆すると、少年は少し得意げになった。
「だろ? 俺たち、こういうのは得意なんだ」
マリアは、内心で目を輝かせた。
(あらあら……これって、まるでホームズに出てくる少年部隊みたいじゃない!)
前世で見聞きした物語を思い出し、マリアはひそかに胸を弾ませた。
(子供たちが街の情報を集めて、大人が見落とした手がかりを見つける……いいわねぇ。こういうの、嫌いじゃないわ♡)
もちろん、少年たちにホームズの話は通じない。
マリアはそのことをすっかり忘れて、一人で楽しんでいた。
「……マリアさん?」
ティアナが不思議そうに顔を覗き込む。
「何か、嬉しそうですが……」
「ん? なんでもないわよぉ」
マリアは、何食わぬ顔で微笑んだ。
「それで、その屋敷の場所はわかるかしら?」
「わかるよ。案内だってできる」
「そう。でも、危ないところだから、ここから先はあたしたちに任せてちょうだい」
「……本当に助けてくれるのか?」
少年の声が、わずかに震えた。
それまで強がっていた彼も、本当は不安だったのだろう。
自分たちが見たものを話しても、大人たちが信じてくれるとは限らない。
仲間が連れていかれた場所を知っていても、自分たちだけでは助けに行けない。
それでも、何もしないでいることはできなかった。
マリアは少年と目線を合わせたまま、はっきりと答えた。
「ええ。約束するわ」
少年は、しばらくマリアを見つめていた。
その言葉が本当かどうか、確かめるように。
やがて、小さくうなずいた。
「……わかった。あんたたちを信じる」
マリアは優しく笑った。
「ありがとう」
その隣で、ティアナは屋敷の位置を地図に書き込んでいた。
冒険者たちから聞いた情報。
貧民街で消えた子供たち。
荷馬車の目撃証言。
そして、子供たち自身が追跡してたどり着いた屋敷。
それぞれの情報が、一本の線につながっていく。
「……間違いありません。ここが拠点である可能性は高いです」
ティアナは地図を見つめ、静かに言った。
「ただし、突入する前に、もう少し裏付けを取りましょう。出入りする人間の数も、屋敷の構造もわかっていません」
「そうねぇ。焦って飛び込むのはよくないわ」
マリアは立ち上がり、服の裾を軽く払った。
「せっかく見つけたんだもの。今度こそ、逃がさないようにしなくちゃね」
ティアナは、マリアの横顔を見た。
いつものように柔らかな笑みを浮かべている。
けれど、その瞳には、困っている人を見過ごさないという確かな意志が宿っていた。
この人は、誰かを救うために動く。
自分がどう見られるかも、どれだけ危険かも、あまり気にしない。
だからこそ、目が離せないのだろう。
ティアナは、髪に留められた青い髪留めにそっと触れた。
小さな青い輝きが、陽光を受けてきらりと光る。
「……マリアさん」
「なあに、ティアナちゃん?」
「今度は、私にもできることをさせてください」
マリアは、少しだけ目を丸くした。
そして、嬉しそうに微笑む。
「もちろんよ。頼りにしているわ、ティアナちゃん♡」
ティアナは、頬が熱くなるのを感じながらも、今度は目を逸らさなかった。
自分にできることをする。
騎士として。
そして、この人の隣に立つ者として。
貧民街の子供たちに別れを告げ、二人は屋敷の位置を確認するため、再び街の中へと歩き出した。
調査は、まだ始まったばかりだった。
女騎士改めティアナを深堀出来て楽しかったんだ




