第七章 最強受付嬢、温泉で問題を拾う①
◇
翌朝。
旅館の食堂には、炊きたてのご飯と味噌汁、焼き魚に煮物といった朝食が並んでいた。
「うーん、いい匂い! 朝からこんなにおいしそうなものが食べられるなんて、幸せねぇ」
マリアは箸を手に取り、目の前の料理を嬉しそうに眺めた。
「はい! 昨日のお料理もおいしかったですけど、朝ご飯もとってもおいしそうです!」
ルナも尻尾を揺らしながら、目を輝かせている。
「ふふっ。ルナちゃん、慌てなくてもご飯は逃げないわよ」
「は、はいっ。いただきます!」
四人が食事を始めようとした、そのときだった。
「皆様、少々よろしいでしょうか……」
女将が申し訳なさそうな顔で、食卓へとやってきた。
「実は、今朝から温泉が出なくなってしまいまして……」
「……温泉が出ない?」
マリアは箸を止め、女将の顔を見た。
「はい。源泉そのものが枯れたわけではないようなのですが、街の温泉施設へ湯が十分に届かなくなっているそうなのです。原因もまだ分かっておらず、旅館の湯船にもお湯を張れない状態でして……」
女将は深々と頭を下げた。
「せっかくお越しいただいたのに、このようなことになってしまい、本当に申し訳ございません」
「あら、女将さん。そんなに謝らないでちょうだい。女将さんのせいじゃないんでしょう?」
マリアは慌てて手を振った。
「ですが、温泉を楽しみに来られたお客様も多くいらっしゃいますから……」
「気持ちは分かるわ。でも、原因が分からないんじゃ、女将さんだってどうしようもないものねぇ」
マリアはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「それで、原因について何か分かっていることはあるんですか?」
ティアナが尋ねると、女将は困ったように眉を下げた。
「街の管理人たちが調べているそうですが、どうやら山奥にある遺跡の魔法装置に異常が起きている可能性があるとか……。あの装置は、温泉の流れや温度を整えるために使われているそうなのです」
「遺跡の魔法装置……」
スカーレットが小さく呟いた。
「その装置は、誰が管理しておるのじゃ?」
「古くから、森に住むエルフの方々が管理を担っていると聞いております。ただ、今朝、街から使いの者を向かわせたところ、森の入口で追い返されてしまったそうで……。詳しい事情までは、まだ分かっておりません」
「管理をしている者たちと連絡が取れない、ということですか」
ティアナの表情が引き締まる。
「はい。街の者も心配しておりますが、森へ入ることを許されなかったため、手の打ちようがない状態でして……」
「そう……。それは困ったわねぇ」
マリアは少し考え込んだあと、女将へと笑顔を向けた。
「教えてくれてありがとう。せっかくの旅行だもの。温泉に入れないのは残念だけど、女将さんが気に病むことはないわ。何か分かったら、また教えてちょうだいね」
「ありがとうございます……。ご不便をおかけして、本当に申し訳ございません」
女将はもう一度頭を下げ、ほかの客への対応に戻っていった。
「……温泉が使えないとなると、街への影響も大きそうですね」
ティアナが心配そうに呟いた。
「そうねぇ。でも、アタシたちがここで考えていても、原因が分かるわけじゃないもの」
マリアは箸を持ち直した。
「まずはご飯を食べましょう。せっかく用意してもらった朝食なんだから、おいしくいただかなくちゃね」
「……ふふっ。そうですね」
ティアナも表情を和らげる。
「はい! 冷めてしまったらもったいないですもんね!」
ルナは元気よく頷き、朝食を食べ始めた。
スカーレットも料理に手を伸ばしながら、考え込むように目を細めている。
古代遺跡の魔法装置に異常が起きた可能性。
そして、その管理を担うエルフたちが街の使いを追い返したという話。
どちらも気になることではあるが、今の段階では事情が分からない。
まずは街の様子を見ながら、何か分かることがあれば確かめてみればよいだろう。
四人は朝食を終えると、旅館を出て観光へと向かった。
◇
温泉街は、昨日とはどこか様子が違っていた。
「……あら? 昨日は、もっと賑やかだったわよねぇ」
通りを見渡したマリアが、首を傾げた。
昨日は、あちこちの店から呼び込みの声が聞こえ、土産物を手にした観光客が行き交っていた。湯けむりの向こうからは笑い声が響き、街全体が浮き立つような活気に包まれていたのだ。
ところが、今朝は違う。
通りを歩く人影はまばらで、普段なら開いているはずの店にも、戸を閉めたままのところがちらほら見受けられた。
「温泉が使えないとなれば、旅館や浴場だけでなく、街全体にも影響が出るのでしょうね」
ティアナが周囲を見渡しながら言った。
「お客さんが減れば、お土産屋さんや飲食店も困るものねぇ。原因が分からないままじゃ、みんな不安でしょうし」
マリアは閉まっている店先に目を向け、少し心配そうに眉を下げた。
そのとき、ルナが通りの向こうを指さした。
「あっ、あのお店……昨日、お饅頭を売っていましたよね?」
店先には、閉じた戸と『本日休業』の札が掛かっていた。
ルナの耳が、しょんぼりと垂れる。
「私、あそこのお饅頭、食べてみたかったです……」
「あらまあ。ルナちゃん、楽しみにしてたの?」
「はい……。昨日、いい匂いがしていたので……」
「それは残念ねぇ。せっかくなら、おいしいものもいっぱい食べたいものね」
マリアはルナの頭をぽんぽんと撫でた。
「でも、ほかにもお店はあるでしょうし、気を取り直していきましょう。まだ一日あるんだから」
「……はい」
ルナは返事をしたものの、閉じた饅頭屋をもう一度だけ振り返った。
その様子に、スカーレットが小さく笑う。
「ふふっ。食べ物のこととなると、分かりやすいのう」
「でもでも! 魔王のお姉ちゃんだって、おいしいものがあったら食べたいですよね?」
「む……それは、そうじゃが」
「でしょ? だったら、あとで別のお店も探しましょうね!」
ルナの尻尾が、少しだけ元気を取り戻した。
「さてと。せっかく来たんだもの。今日は名所巡りといきましょう!」
マリアはぱん、と軽く手を叩いた。
「温泉は残念だけど、観光までお預けにすることはないものね。街の様子も気になるし、まずは予定どおり楽しみましょう」
「そうですね。警戒は怠らず、行動することにしましょう」
ティアナも頷いた。
こうして四人は、温泉街の名所として知られる石段へと向かった。
◇
石段は、街を見下ろす山の中腹から、さらに上へと長く続いていた。
一段一段、丁寧に石が敷かれ、その両脇には古びた石灯籠が並んでいる。ところどころに木々が枝を伸ばし、朝の木漏れ日が石段の上にまだら模様を落としていた。
「なかなか風情があるわねぇ。こういうところ、嫌いじゃないわ」
マリアは裾を軽く押さえながら、慣れた足取りで石段を上っていく。
「マリア様、足元にお気をつけください。ところどころ、石が欠けています」
「ありがとう、ティアナちゃん。でも大丈夫よ。アタシ、こう見えて足腰は丈夫なんだから」
「それは存じていますが……」
「ふふっ。心配してくれてありがと」
マリアは軽く笑い、再び石段を上り始めた。
その後ろでは、ルナが石段の両脇にある石灯籠を興味深そうに眺めている。
「この石の柱はなんですか?」
「ええと、確か、夜になると中に炎が灯る魔術が施されているそうです。街灯のようなものですね」
ティアナが答えると、ルナは感心したように目を輝かせた。
「へえぇ……! 夜も見てみたいです!」
「そうしたら、夕方にも来てみましょうね」
「はいっ!」
ルナは嬉しそうに尻尾を揺らした。
スカーレットは石段の造りや周囲の木々を観察しながら、時折感心したように頷いている。
「古いものだが、手入れは行き届いておるな。長い年月、この場所が大切にされてきたのだろう」
「そうねぇ。街の人たちにとって、大事な場所なのかもしれないわね」
四人は途中で何度か足を止め、景色を楽しみながら、ゆっくりと石段を上っていった。
やがて、長い石段の最上段にたどり着く。
そこには、木々に囲まれた静かな社が建っていた。
屋根の形や、正面へと続く参道、左右に立つ石灯籠。細部こそこの世界独自の意匠が施されているものの、その造りはマリアの知る日本の神社によく似ていた。
「……まあ」
マリアは思わず足を止めた。
朱色の柱に、落ち着いた木目の壁。軒先には小さな鈴が吊るされ、風が吹くたび、澄んだ音を立てている。
「これはまた……懐かしい感じがするわねぇ」
「マリア様のお国にも、似たような建物があったのですか?」
ティアナが尋ねた。
「ええ。神様にお参りする場所よ。細かい装飾は違うかもしれないけれど、雰囲気はよく似ているわ」
マリアは社を見上げ、どこか感慨深げに目を細めた。
見知らぬ世界の中に、前世を思い出させるものがある。
それだけで、胸の奥が少し温かくなった。
「せっかくだもの。お参りしていきましょうか」
四人は社の前へ進んだ。
正面には、精巧な彫刻が施された小さな祭壇がある。そこには、この世界の女神を象った像が祀られていた。
長い髪をなびかせ、穏やかな微笑みを浮かべた女神像。
その姿を見たマリアは、思わず目を瞬かせた。
「……あら?」
柔らかな表情も、身にまとった衣装も、どことなく自分をこの世界へ送り出した女神の姿に似ている。
「これが、この社の御神体なのかしら?」
「はい。この地域では、旅の安全や健康を女神様に祈願するそうです」
ティアナが説明した。
「なるほどねぇ……」
マリアは女神像をじっと見つめた。
――女神ちゃん、こんなところでも祀られているのね。
目の前の像が、自分を転生させた女神本人なのか。それとも、同じ女神を象ったものなのか。
それは分からない。
それでも、不思議と親近感を覚えてしまう。
「アタシも、お礼を言っておこうかしら」
マリアは軽く手を合わせ、目を閉じた。
この世界に来てから、いろいろなことがあった。
驚くことも、呆れることも、振り回されることも少なくない。
けれど、こうして旅を楽しみ、気の合う仲間たちと笑い合える日々を送れている。
それは、決して当たり前のことではないのだろう。
――女神ちゃん。今日も楽しく過ごさせてもらうわね。
心の中でそう告げてから、マリアは目を開けた。
「さて、と。お参りも済んだことだし、あとは景色を楽しみましょうか」
「あっ! 見てください! ここから街が全部見えます!」
ルナが社の脇へと駆け寄った。
そこからは、温泉街の屋根が一望できた。山の斜面に沿って建ち並ぶ旅館や商店。その向こうには、朝の光を浴びて輝く山並みが広がっている。
「本当ですね。ここから見ると、街並みがよく分かります」
ティアナも景色を眺め、穏やかな表情を浮かべた。
「ふむ。悪くない眺めじゃな」
スカーレットも満足げに頷いた。
「でしょ? こういう景色をゆっくり眺めるのも、旅行の醍醐味よねぇ」
マリアは三人の様子を見て、嬉しそうに笑った。
そのときだった。
「ま、待ってくれ! だから、今は戻るべきではないと言っているだろう!」
社の裏手、森へ続く山道の方から、荒い声が聞こえてきた。
四人が振り返ると、数人の男たちが姿を現した。
街の役人らしい服装をしているが、いずれも疲れ切った様子だった。衣服には土や葉が付着し、腕や額には擦り傷がある。ひとりは肩を押さえ、もうひとりは足を引きずっていた。
「あら、大変。怪我をしているじゃない」
マリアの表情から、柔らかな笑みが消えた。
男たちは四人の姿に気づくと、驚いたように足を止めた。
「……こんなところに、戦士?」
「……変態?」
「レディよ」
マリアが即座に訂正すると、男たちは一斉に戸惑った顔をした。
そして、マリアの大柄な体格と華やかな化粧を改めて見比べると、三者三様の反応を示しながら、そろそろと距離を取った。
「き、君たちは……?」
「観光客よ。社に立ち寄っただけなんだけど……その怪我、どうしたの?」
マリアは落ち着いた声で尋ねた。
役人のひとりは、悔しそうに顔を歪めた。
「森のエルフたちにやられたんだ。温泉街の湯が止まった原因を調べるため、森へ入らせてほしいと頼んだのだが……問答無用で追い返されてしまった」
「追い返された、というのは?」
ティアナが表情を引き締める。
「朝、街から使いを出したと聞きましたが、あなた方が調査に向かったのですか?」
「ああ。最初の使いが追い返されたと聞いて、我々も事情を確かめに行ったのだ。街に温泉が出なくなり、管理用の魔法装置に異常が起きている可能性がある、と説明した。だが、エルフたちは話を聞こうともせず、森へ入るなと繰り返すばかりでな」
役人は傷ついた腕を押さえながら続けた。
「こちらも仕事だ。街の人々が困っている以上、原因を確かめないわけにはいかない。だから、もう一度話をしようとしたのだが……」
「それでも、追い返されたのねぇ?」
「そうだ! しかも、明らかに敵意を向けてきて攻撃もされたんだ! このまま黙ってやられるわけにはいかん!」
男は拳を握りしめた。
「これから人を集めて、森へ踏み込む。多少強引な手段を使ってでも、遺跡に行くぞ!」
「待ってください!」
ティアナが、すぐさま声を上げた。
「怪我をしたうえ、さらに強行するつもりですか? それでは、余計に事態が悪化する恐れがあります!」
「だが、このままでは街が立ち行かなくなる! 温泉が使えなければ、旅館も商店も商売にならん。観光客も帰ってしまう。原因を確かめる必要があるのは、君も分かるだろう!」
「それは……」
ティアナは言葉を詰まらせた。
役人の言い分も理解できる。
街の生活を守るために原因を調べたいというのは、当然のことだ。だが、相手の事情も分からないまま武力に訴えれば、取り返しのつかない争いに発展しかねない。
スカーレットも険しい表情で役人たちを見つめていた。
「事情を聞かずに追い返すエルフも妙だが、だからといって、強引に踏み込めば解決するとは限らぬぞ」
「しかし……!」
役人が反論しかけた、そのとき。
「はいはい、ちょっと落ち着きましょうねぇ」
マリアが穏やかな声で割って入った。
声を荒らげることも、相手を威圧することもない。
ただ、いつもの柔らかな笑みを浮かべている。
「街の人たちが困っているのも分かるし、皆さんが原因を調べたいのも分かるわ。でも、怪我をしたまま頭に血を上らせて森へ戻ったって、いい結果になるとは思えないわよ?」
「……あなたは、一体?」
「通りすがりの観光客よ」
マリアはさらりと答えた。
「せっかく景色を楽しんでいたところだったんだけど……怪我をした人が目の前で言い争っていたら、さすがに気になっちゃうじゃない?」
役人たちは、一瞬返す言葉を失った。
マリアは彼らの傷を見て、少しだけ眉を下げる。
「まずは傷の手当てをした方がいいわ。森へ戻るのは、それからでも遅くないでしょう?」
「だが、時間がない!」
「そうねぇ。だからこそ、焦って話をこじらせるのは避けたいところね」
マリアは困ったように笑った。
「ねえ、皆さん。森へ入る前に、エルフの人たちと話をする方法はないのかしら?」
「森の入口までは、ここから山道を進めば行けます。ただ、エルフたちが警戒しているのであれば、こちらから事情を説明しても、話を聞いてもらえるかどうか……」
役人のひとりが、疲れた顔で答えた。
「ふむ。まずは交渉の場に出てきてもらえるかどうかが問題じゃな」
スカーレットが頷く。
「それなら、アタシたちが代わりに行って、エルフの人たちに話を聞いてくるわ。皆で揉めていても仕方ないもの」
「……君たちが?」
役人は、信じられないという顔で四人を見比べた。
マリアの言葉を聞いた三人も、口には出さないものの、もの言いたげな視線を彼女に向けている。
ルナは「ママ?」と不思議そうに首を傾げ、ティアナは「マリア様……」と心配そうに眉を寄せ、スカーレットは「マリアよ、また面白いことを考えおったな」とでも言いたげに目を細めていた。
「見ず知らずの我々のために、そこまでしてくれるというのか?」
「別に、あなたたちのためだけじゃないわよ」
マリアは、いつもの調子で肩をすくめた。
「温泉街の人たちも困っているんでしょう? アタシたちだって、昨日は温泉を楽しませてもらったもの。原因が分かるなら、その方がいいじゃない」
それに、エルフたちが役人を追い返した理由も、まだ分からない。
彼らにも、何か事情があるのかもしれない。
だったら、まずは話を聞いてみればいい。
マリアにとっては、それだけのことだった。
「もちろん、アタシたちに任せておきなさい!」
マリアは人差し指を立て、念を押すように笑った。
「……と言いたいところだけど、何が起きているかも分からないんだもの。まずは話を聞くだけよ。喧嘩をしに行くわけじゃないんだから、そこは間違えないでちょうだいね」
「……分かった」
役人はしばらく迷ったあと、深く頭を下げた。
「すまない。君たちに任せることになってしまうが……どうか、森の者たちと話をしてきてくれ」
「ええ。怪我の手当ても忘れないでね」
マリアは軽く手を振った。
「それと、話がまとまるまでは、皆さんも無理に森へ入らないこと。いいわね?」
「……ああ。約束しよう」
役人たちは互いに顔を見合わせ、やがて頷いた。
◇
「……まさか、観光の途中でこんなことになるとは思いませんでした」
役人たちが石段を下りていくのを見送ってから、ティアナが小さく息を吐いた。
――この人は、トラブルでも引き寄せるのかもしれない。
そんな考えが一瞬よぎったものの、ティアナは口には出さなかった。
「本当ねぇ。お土産屋さんも見たかったし、街の名物も食べてみたかったんだけど」
マリアは少し残念そうに肩を落とした。
「お饅頭も……」
ルナが、閉まっていた店の方角をちらりと振り返る。
「あら、まだ諦めてなかったの?」
「だって、おいしそうだったんです……」
「ふふっ。じゃあ、帰ってきたら一緒に探しましょうね。まだ売っているかもしれないわ」
「本当ですか? 約束ですよ、マリア様!」
「はいはい、約束ね」
マリアが笑うと、ルナの尻尾がぱたぱたと揺れた。
その様子を見て、スカーレットも表情を和らげ、森へと視線を向けた。
「まずは森の様子を確かめねばな。エルフたちが役人を追い返した理由も分からぬし、古代遺跡の魔法装置に異常が起きたという話も気になる。わしも同行しよう。魔力の流れを調べれば、何か分かるかもしれぬ」
「ありがとうございます、魔王様」
ティアナが頭を下げる。
ルナも森を見上げ、少しだけ耳を伏せた。
「エルフの人たち、どうして怒っていたんでしょう……。何か、困っているのかな?」
「それも、行ってみれば分かるかもしれないわねぇ」
マリアはルナの頭を優しく撫でた。
「でも、ルナちゃん。何があっても、いきなり飛び出したりしちゃ駄目よ。まずはお話。いい?」
「はい、マリア様! ちゃんとお話しします!」
「ふふっ、いいお返事ね」
マリアは満足そうに頷いた。
それから、三人の顔を順番に見渡す。
「じゃあ、行きましょうか。観光の続きは、戻ってきてからのお楽しみね」
「承知しました」
「うむ」
「はい!」
こうして四人は、石段を下り、森へ続く道へと向かった。
せっかくの温泉旅行は、思いがけず寄り道をすることになった。
それでも、マリアの足取りに焦りはない。
彼女にとって、目の前で困っている人に少し手を貸すことは、特別な使命でも、大げさな決意でもなかった。
落とし物を拾ったら、持ち主に届ける。
困っている人がいたら、できる範囲で手を貸す。
ただ、それだけ。
だからこそ、マリアはいつもどおりの笑顔で、森へ続く道を歩いていく。
その先でエルフたちが何を守ろうとしているのか。
そして、古代遺跡で何が起きているのか。
四人はまだ、何も知らなかった。
温泉街の人々も知らない、古代遺跡を巡る異変は、静かに動き始めていた。




