北からの訪問客
神殿部から来賓の貴族たちが一人、また一人と帰路につき、日常を取り戻しつつあるここサンクトリウム。
いつもの私室でいつもの朝食。
その席でエドが手紙を一通手渡すと、オズヴァルトは居住まいを正してこう言った。
「ウーリ、二日後北の辺境伯がお越しになる。君にも王妃として出迎えて欲しい」
「北の辺境伯…えぇー!お越しになるの?」
北の辺境伯…と言っても、王族とみなされるのは今は亡き王の大叔父だった先代までで、今の辺境伯は準王族である。
もちろん一般的な貴族より敬意は払われるが、その影響力は雲泥の差だ。
それでも彼は亡き先代の片腕として長年北の防衛を務めあげてきた勇将である。
オズヴァルトが〝癒しの神子”としてでなく〝王妃”として、と、わざわざ言うのだからこれは最大の敬意を示したい、という事なのだろう。
彼にとってはお世話になろうとしていた(先代ね)相手だ。
エマニエルの件もあるし、ここでお会い出来るのは僕としても大歓迎である。
「よく来れたね。北は大丈夫なの?」
「ブリッタ様の話ではここのところ皇国レスプブリカの動向は静かだそうだ。内偵によれば国内に騒動が起きているという…」
「内乱ってこと?」
「恐らく。今は他国にかまけている場合でないのだろう。だからこそ今しかないとお考えなのだよ」
新しい時代を感じさせる王の即位。
となればたとえ辺境伯であっても一度面識を得ておきたいと思うのは当然のこと。一応親族でもあるし。
「え…じゃああの険しい山岳を超えてきたの…?」
「他に道はない。そうなのであろうな」
この西辺境はソルトロードが無ければまさに〝陸の孤島”と言うべき場所だ。
古の君主は防衛の視点からこの地を選んでいたんだろう。
当時のここは今以上に人を寄せ付けない立地だったはず。
そう思うとソルトロードには感謝しかない。
「馬で二か月…だっけ?きつ…」
「何か考えねばな…」
今まで特に大きな交流を必要としなかった北と西。
けれど、ここを首都とする以上山道の整備が必要だろう。
「そういえば宴の間フランケン男爵と話込んでたね。ご令嬢の件?」
ご令嬢の件…とは、異父弟ユストゥス君の縁談に関してである。
「ふふ、まさか違うよ。男爵とは船について語り合っていたのだよ」
「なにそれ。男のロマン?」
「違う。海路を使った他国との交易についてだ」
「!」
これはまた…大きく出たな…
海、それは大いなる生命の源。けれどそこには大いなる危険も潜んでいる。
特に長距離を航海する…となったら生きて辿り着く保証も生きて戻ってこれる保証もない。
だからこそ、この近隣に存在する海に面した国々では、それほど海を使った多国間交流(遠方)を持たないものだ。
アードラスヘルム国は広い。そして豊かだ。それこそ他国から狙われるほどに。
あえて危険の多い海上交易をする必要はない。
「それゆえに歴代の王、誰一人考えてこなかったと聞いているが…このアードラスヘルム国よりも進んだ、大きく丈夫な船舶を保有する国もあると聞く」
「あ、知ってる。エンリケ…?公国だっけ?」
エンリケ公国、それはこの広い海を、遥か彼方西方へと向かった先にある(らしい)噂の国である。
「なに、すぐにという話ではない。いずれは…と言う夢の話だよ」
やっぱり男のロマンじゃないか…
北との交流、海を使った交易…
オズヴァルトの夢は広がる。
彼は開かれた国を望んでいるのか。これはまた大変なことだ。
物事は小さな集団であればあるほどまとまりが良い。国の形も閉じられていればいるほど統制は取りやすい。
開かれた国。それは良いものも入ってこれば悪いものも入ってくる。
さて、新王の舵取りや如何に?
けど…
オズヴァルトの視線が外へ外へと向かうのは、長い間閉じ込められた反動によるものなのだろう。ウル様がやたらと世俗的なものを好むのと同じで。
そうこうするうちにやって来た騎馬集団。彼らからは百戦錬磨の強者感を感じる…
もう一人の軍の将であるフォルスト候も剛腕感はあったが…北の辺境伯はそれをさらに上回る。まさに『豪勇の士』と呼ぶにふさわしい猛者。
君主の館でもっとも立派に整えられた部屋。
そこで始まる気の置けない歓談。畏まらないのは一応親族だからだ。
「初めてお目にかかります。あなたが北の盾と呼ばれる辺境伯様なのですね。あなたが居ればこの国は安全だって、ええそりゃもう。一目で納得しました…」
「これは神子様、ありがたきお言葉。ですが北の盾と呼ばれたのは私の父。私などまだまだその足元にも及びますまい」
そして謙虚だ。
「グリムバッハ辺境伯、ようやくこうして対面叶い実に感無量だ。出来ることならば先代にお会いしたかったが…」
「陛下。父は最期まであなたを気にかけておりました。この姿は天に届いている事でしょう」
「お喜びいただけていると思われるかグリムバッハ辺境伯」
「陛下。私たちは僅かながらもまごう事無き血縁。どうか私のことはレオポルドと」
「では私のこともオズヴァルトと呼んでくれて構わない。数少ない親族だ。親しくしてほしい」
数少ない親族…
これは王家でありながら王兄は子孫を残せなかったし王弟は独身、そして前王朝側妃たちは男児を隠した。いずれは…という思惑があったか無かったかは知らないが、どうせ前王も今は亡く、また過去の王族は高齢により一人ずつ減っているために起きている、由々しき事態である。
「遅きに失したが副王リュティガー様は妃を娶られるそうだ」
まあ…後継は妃さえ若ければ可能だもんね。
ん?おや?
感じる視線。
……分かった。
彼は僕にこう問いかけているのだ。
『後継者はどうお考えか』…と。




