帰還と変化
僕たちは往路の約束通りギーレン領に立ち寄っていた。
「ギーレン伯爵、これはナンナーのご当主様から預かった寄付になります」
「こ、これは畏れ多い!」
「あの学校は出来上がりましたか?」
「ええ。おかげさまでこの試みは近隣の領まで伝わっておりまして…貧しくとも学びを得たいと願う志高き者が少しずつですが集まっております」
「いつか有望な人材が生まれたら西のサンクトリウムに送ってください。重用しますよ」
「心得ました」
この学校こそが後年、平民位の庶民にとって官吏への登竜門となっていくのだが…
まさか東と西による人材の取り合いがあれほど熾烈になるなんて誰も予想出来なかったよね。
さて…およそ一年ぶりとなる神殿都市。
けれどその様子はかなり違っている。
「見て。どこまでも家屋が続いてるよ」
「中心部以外は半壊したままだったというのに全て修繕し終えたのか…」
左右に広がる居住区はどこを見ても人人人、そしてそれに見合うだけの家が整えられている。
「あっ!アゴラの両翼も屋敷が増えてる!」
「これなら祖父殿を含め今から集うであろう高貴な彼らも満足しよう」
出店もいっぱい増えて、なんともにぎやかだ。
「見てごらんウーリ。エミルとエドが出迎えに出ている」
「あっ!」
大慌てで馬車を降り、アゴラの中央で僕たちの馬車を待ってたウル様に駆け寄る。
この神殿都市内で僕に警護は必要ない。
だってここは全て含めて神の地なんだから。
「ただいまエミルー!」
「っ!おかえりなさいウル様!会いたかった!」
ガバッ!ギュウゥ…
話したいことがいっぱいありすぎて何から話せばいいのかわからないよ!
おや?あっちの主従もなにやら…
「おかえりなさいませオズヴァルト様、報告したきことがたくさんごさいます。どうぞこちらへ」
「ご健勝そうでなによりです兄上。それより私の成果を先にご覧ください」
「おやおや、待たないか二人とも」
オズヴァルトがエドヴィンとユストゥス君から無駄にモテている…
「オズヴァルト様。私の調薬棟ではいくつかの新薬を完成させたのですよ。《《兄さんと共同作業で》》」
「兄上、私は《《エミルと知恵を絞りながら》》領民による互助の仕組みを確立しました」
バチバチバチ!
「はぁ?」
火花が散っている…
どういうこと?
エドヴィンは近年稀に見る思慮深いできた少年だし、ユストゥス君だっていかにも将来有望そうなさわやか貴公子だったじゃん!
二人とも仲良く力を合わせることはあっても敵対なんてしそうな人柄じゃなかったはず…
「もう!またこうなんだから」
などといいながらウル様が二人の間に割って入る。
「だめだよ二人とも!オズヴァルト様に迷惑かけちゃ」
「もちろんです兄さん。長旅を終えたオズヴァルト様には早く休んでいただかなくては。私たちも参りましょう」ソッ
「そうだね。館へ戻ろう」ギュ
「…ではエミル、明日新しい区域を二人に案内するのだが…君も共にどうだろう」
「案内…?行こうかな」
「では私も」
「いいやエドヴィン。調薬塔に人が不在では民が困るだろう。君は残り給え」
「わ、私はオズヴァルト様の従者ですから!」
「私が代わろう!問題ない!」
な、なにこれ…
主君の取り合い?いや、何かが違う…
「ああっ!」ポン「好敵手…的な?」
「ほほほ、違うのです神子ウルリッヒ様」
「ホーフェン夫人…」
声をかけてきたのは笑いながらアゴラまで下りてきたホーフェン男爵夫人、留守を預かっていたオズヴァルトのお母さんである。
「二人はここのところああして張り合ってばかりで…困ったものです」
「張り合う?どうして?」
「あの子とエドヴィンは恋敵なのですわ」
「えっ!」
エドヴィンの好きなのはウル様だから…、じゃあユストゥス君も?え、ええー!!!
「い、いつの間に…僕の居ない間に一体何が…」
「無邪気でどこか頼りないエミルは庇護欲をそそるのでしょう」
確かに言えてる。
僕こそがもっとも近くで庇護欲をそそられまくっていたんだから間違いない!
ああ…神は今世軸のウル様にモテモテを与えたもうた……お詫びのつもりかな?
「やれやれ、そう言う事ですか」
三角関係から抜け出したオズヴァルトは肩をすくめている。
「ほっとくの?」
「あの程度問題ないだろう。エミルの言うことは聞くようだし」
コソッ「おかしいな…僕の顔なのに…」
コソッ「ウーリ、人は見た目に惹かれるのではない。もっとも私はエミルの君であっても惹かれたと思うが」
「わー、そりゃどうも。照れちゃうな…」
…って、何だと!聞き捨てならないな!
うっかり騙されるところだった…
「ほほ、秘密のお話ですか?仲が良いこと」
否定はしない。
「母上。不在の間にここまで整えて頂いたこと心より感謝します」
「わたくしだけの力ではありませんよ。多くの近隣当主がご助力くださったのです」
「それでもまとめ上げる人が秀でてないとたった一年でこうはならなかったと思います。ありがとうございますホーフェン夫人」
「ウルリッヒ様。あなたは息子の妻となられるのです。どうぞわたくしのことはホーフェン夫人でなくゾフィーと気安くお呼びくださいませ」
お母様、じゃないのは神子である僕への敬意というか遠慮なんだろう。
でも良かった。
だって本物の母親を「おかあさん」って呼べてないのに義理の母親だけ「お母様」って呼ぶのも…ねえ?
「じゃあゾフィーさん。えーと、オジーの戴冠式典の準備ってどこまで進んでますか?がっつり財政もぎ取ってきたので何も心配いらないですよ?」
「華美な式典などこの神殿都市には不似合いだと思いますの。ですので神の住まいに相応しい厳かな式典にするつもりですがいかがでしょう」
「わあー!いいですね」
「母上、この辺境に何度も主だった領主を呼ぶことは出来かねます。その式典は私たちの婚礼式も兼ねたいと考えています。そのようにお計らいください」
「では少し時間がかかりましょう。半年ほど後でもよろしいですか?」
「いえ。規模は縮小していただいてかまいません。三か月後、ウーリ十六の誕生日をその日とします。これは以前から決めていたことです。帰路訪ねた領主たちにもそのように告げておりますので」
「まあオズヴァルト!あなた方ときたら少しも待てないと言うのですね。ホホホ、わかりました。ウルリッヒ様、そのように調整しましょうね」
うっ!微笑ましそうに僕を見るの…やめてくれないかなぁ…
まるで僕がワガママ言ったみたいじゃないか!違うから!
これもある意味乙女だったウル様からの負の遺産…くぅぅっ!




