東の決着 ①
あの誘拐事件から休息を挟んで二日後。
その日の神殿にはオズヴァルトとブリッタ様、他いろんな顔ぶれが揃っていた。
急きょ進められる前代未聞の裁判準備。
けれどオズヴァルトはこれ以上僕を関わらせることに抵抗があるようで…
「フォルスト候の脅威はもはや去った。君が宮廷会議に出る必要はない」
「最後まで自分の目で見届けたい。オジー、僕たちは一心同体でここまで来たんでしょ?」
「それはそうだが…」
「僕にはオジーが居るから大丈夫」
「では手を貸して」
「うん?」
「ラインハルト、これを結んでくれるか」
「これはこれは…」
手首に結ばれたのは真っ白なスカーフ。問題はそのスカーフが…
オズヴァルトの手首と一緒に結ばれていることだ!
カァァァァ「ちょ…これ…」
「うむ。これでいい」
僕の婚約者は大変なロマンチストだったらしい…
「ハノーファー子爵領の倉庫地下から押収した横領品、すべて王城に届いてございます!」
「投資商会の所有する雑居家屋の一室から王城より持ち出したと思われる帳簿が見つかりました!」
「再調査した結果宮廷に残された納品の控えにも不審な点があるようです!」
伝令が告げる。
着々と揃えられる物証。
何しろ相手は大貴族。おまけに王族の縁続きだ。ことは慎重を要する。言い逃れ出来ないぐらいに揃った証拠が必要だ。
そして今日もまた一つの事実が提示される。
「エメリン妃が王城へ嫁いだ二十年前より今日までの城内名簿を全て調べました」
急な逝去だった官吏は内乱の折を除いて二十余名。
うち侍医の見立てに間違いのない傷病者を除けば、不明な急死を遂げたものは三名。
そのいずれもが主計課及び用度課に関わる官吏だとか。
「ブリッタ様、その事実には今まで誰も気が付かなかったのでしょうか?」
「オズヴァルト、二十年の間に三人、この頻度で誰が疑いましょう」
「ブリッタ様。主計課と用度課の自主退職者を当たってください。見て見ぬふりしてた人が居るかも」
「さすがウルリッヒ様は入念。調べの手を伸ばしましょう。もはや邪魔立てする者はおらぬのですから」
因みに主計課とは予算の割り振りをする部署で、用度課とは城内で要するあらゆる品々の調達管理をする部署である。
この暗殺業務が立証されれば、フォルスト候には横領のほかに殺人教唆罪が加算されるはずだ。
「エマニエルは?」
「まるで毒気が抜けたように供述しておりますよ。ですがこれら官吏の暗殺に関しては何も知らぬと。ウルリッヒ様、どう思われるか」
「信じるよ。今更フォルスト候を庇う理由がない」
どうせ侯爵は生きて浮世には戻れない。庇ったところでエマニエルにもはや利なんか一つも無い。
「神子様。エマニエルの証言による情状酌量の件、本気でございますか」
「うんまあ…」
「何故だウーリ。エマニエルはアルトゥールと共に君たちを苦しめた当人ではないのか」
オズヴァルトが言いたいのは多分前世軸のことだろう。だって今世は僕の方が、ゴホゴホゴホ…
確かにエマニエルは余計な入れ知恵をした。
けどそれを取り入れ実行したのはあくまでアルトゥールと王妃だ。しょせん一男爵子のエマニエルにそこまでの権限はない。
後ろ盾を欲するあまり正しい選択を見失い続けたエマニエル。
ただ一人、打算抜きで愛したアルトゥールを失った時点で、罰は受けたと思ってる。
「情状酌量ったって野放しにする気は無いよ。あの美貌ってだけでも危険だし。でも悪知恵は本物だから」
本来ならエマニエルに対する刑罰とは、仮に僕たちへの不敬罪に目をつぶったとしても、鉱山での過酷な労役あたりが妥当だろう。
けどそうなったら線の細いエマニエルなんてあっという間にあの世行きだ。
だから僕はこう提案した。
「エマニエルは北の辺境にある修道院に収監する。それで防衛の役に立つことが出来ればその都度収容期間を一年ずつ免除するってのはどう?」
「なるほど。軍師として頭脳だけを利用するのだな」
ここで説明しておこう。
北の辺境。ここは亡き前王弟…というと混乱するだろうけど、要はアルトゥールやオズヴァルトのお祖父さんの弟が治めていた領土で、今はその息子が爵位を継ぎその地を守っている。
この国には豊かな資源を狙う不届きな他国がいくつかあるのだが、その最大にしてもっとも厄介な国が、北の辺境から広大な未開地を挟んだ向こうにある、皇国レスプブリカだ。
北の辺境はこの国最強の軍を保有していて、代々の辺境伯はそれを指揮している。そうして皇国の脅威からこの国を護っているのだ。
よって北の辺境は北の山岳国境に沿って横長に広がり、標高は高く一年中うすら寒く冬の積雪も多く、決して暮らしやすい地理でも気候でもない厳しい土地だ。
それだけに北の神殿にはより厳しい苦行を求めるいかつい修道士たちが集まっている。
そしてその神殿に併設された修道院は、軍事要塞としての側面も持ち合わせている(僕にとって)大変恐ろしい場所だ。
僕の案はそこにエマニエルを収監しようってわけ。もちろん鍵の付いた捕虜用の独房にね。でも室内には一メートル四方の小さな庭?もあるらしいよ?人道的見地から捕虜の環境は整えてるんだって。さすがは軍事拠点でも神殿ってとこか。
「良い考えやも知れませぬ。あの地の要塞たる修道院は一切の侵入者を拒みますから。軟弱な修道士もそうは居らぬでしょうし」
ブリッタ様の言う軟弱~…のくだりは、王弟宮から焼き菓子を持ち出した色ボケ官吏を指しているのだろう。おーこわ。
「では神子ウルリッヒ様からの進言として大司教には伝えておきましょう」
「お願いします神官長」
コンコン
「殿下、例の者が…」
「うむ」
ノックと共に告げられたのは待ちに待った特別招待客の到着である。
「行こうオジー」
「ああ」
そこにいるのは精悍だった姿など見る影もない、目から光の消えた悲惨なエーリヒとフリッツ。
彼らは元フォルスト領の騎士であり、王城においては王妃の私兵だった。それも汚れ仕事専門の。
そこでフォルスト侯の悪事を証言させるため、神官長が城下にある医療修道院から探しだしてくれたのだ。
「だがこれでは役に立たぬ…」
「大丈夫。こうするから」
癒しの力は再生の力。それがどんな傷でも再生する。そう、例え精神の崩壊だろうと!
「それにしても東に来てから再生の力を使うのが仇敵ばかりだなんて…」
「皮肉なものだな…」
ほんとだよ…




