真夜中の夜明け
僕に気をとられ、振り返るのが遅れた彼の背に槍先が触れる。
同時に僕が掴んだのはオズヴァルトの腕。「離さない」、そう何度も繰り返し約束した、強くて安心できる僕の大好きな腕だ!
それを引っ張れば勢いのあまり三人重なり合って倒れ込む。
「オジー!」
「かすっただけだ!」
安堵する間もなく真っ先に立ち上がったのは一番上に居たエマニエルだ!
「お前たちだけ幸せになど…許さない!」
あの綺麗な顔を涙と怒りでグチャグチャにしながら、それでも槍先を握りしめたままブルブルと怒りに震えている。
「エマニエル!もうやめろ、終わったんだ」
「うるさい!」
体勢を整えたオズヴァルトに軟弱なエマニエルの槍先が届くはずなんてない。
そんなことエマニエルにだってわかってるのに!
「あぁ!どうして僕だけが!アルトゥール…アルトゥール!」
「そんなに好きならどうして置いて出た!」
「言わないで!」
悲痛な叫び…、でも同情はしない。
フォルスト候に逆らえなかったことは理解できる。
けれど結局それはエマニエル自身が選んだことだ。
僕の心に呼応してオズヴァルトが告げる。
「異母弟アルトゥールは…、いや、彼ら王家は王兄という屍の上に国を築いた!アルトゥールはよりにもよってそれを踏襲しようとした。分かっているだろう。彼はひどく利己的な考えから神子を葬ろうとした。知恵者であるお前は他の道へと導くことも出来たはずだ!そうしなかったのはエマニエル、お前が自ら選んだ道。…全ては因果。受け入れよ!」
その言葉に力なく動きを止めるエマニエル。
そうだ。理不尽な力で人を踏みにじった者は、更に理不尽な力で踏みつけられる。
王家よりも強大な力…それはこの国において神しかない。
けれど今の僕は知っている。
この世の頂点である神の意志すら欲望の前には踏みつけられる。
浅はかな人間。
けどその浅はかさこそが人間味とも言えるのだからなんとも不条理だ。
だからこそ互いを認め、違いを受け入れ、寛容と信頼と愛のある世界を築くことが大切なんだろう。
「う、わあぁぁぁ!」
「ウーリ!」
半狂乱になり槍先を僕に向けるエマニエル。
もちろんオズヴァルトはエマニエルを斬ろうとした。
けど…そんな必要はない。
「オジー止めて」
「ウーリ!」
「いいから!…いい、このままで…」
泣きながら何度も斬りつけるエマニエル。
それでも傷口は瞬時に塞がっていく。
エマニエルにだってわかってる。これは無意味な攻撃だって。
息を荒げながら僕の胸ぐらを掴む。
柄のない槍先を握りしめていたその手からは血が滴っている…
「気はすんだ?」
「う、ぅぅ…」
「僕だって本当はあんなことしたくなかった。でもああでもしなくちゃもうこの国は変われなかった。だから全部自業自得だって割り切った」
「…っ!」
思い詰めた目は何かを思い出させる。
これは…あの日のウル様!覚悟を決めた瞳!
「させない!」
自身の胸を突こうとするエマニエルより早く再生の力を流し込む。
塞がる手の傷。一度目を見開き、次の瞬間ガクンと崩れ落ちる身体。
フー「間一髪…」
エマニエル、懺悔は生きてしなよ…
気を失ったまま運ばれるエマニエルと捕縛された侯爵家子爵家、両当主。
「この腐れ神子がぁ!穢れた傍系神子ごときがぁぁ!!!」
「さっさと馬車を出せ!」
車内からいつまでも聞こえる怨嗟の声。あー見苦しい。
けど負け犬に何を言われたってなーんにも気にしなーい!
さて、あとは火の手を鎮めるだけだ。
肌に感じるジメッとした重たい空気。
ポツ
おっ?火事と一大事に釘付けの観衆は少しも気付いてないが…そろそろか。
「みんな注目。神の奇跡を見せてあげます」
ザワザワ「なんだなんだ。奇跡だって?」
ガヤガヤ「神子様のお言葉だ。おい!静かにしろ!」
しばらく唱えるインチキ呪文。すると…
ポツ…ポツ…ポタポタポタ…サァァァ…
「雨だ!これで火が消える!」
「神子様が雨をお降らしになったぞ!」
「こ、これが神の奇跡か…」
因みにカエルが鳴いたら雨が降る、というのは前世軸でリンデン家の園丁が教えてくれたことだ。
カエル…それはいつだって僕の助っ人…(一方的)
人々の感嘆と賞賛の中、軽々と僕を抱きかかえるオズヴァルトに既視感を感じる。
忘れるわけない、爆破の後、橋のたもと、あれは二人きりの思い出。(騎士?居たっけ?)
思えばあれが恋心に気付いた初めの一歩。
「ケガしてないよ。歩けるのに…」
「夜着の袖が燃え焦げている。傷跡はなくとも火傷を負ったのだな」
アタフタ「あ、あれは違くて」
「わかっている。逃げ出すためなのだろう…。すまなかった。私がもっと警戒すべきだった」
「ううん。まさかあんな早朝にって高をくくったのは僕だから」
油断禁物。肝に銘じよう…
「馬車はないのだ。すまない。馬の背でかまわないか?」
「大丈夫。オジーにしがみついてく」
馬車はない。それってものすごく急いで来てくれたってことでしょ?えへへ…
馬上で抱き合う煤にまみれた王子と神子。方や庶子の王子。方や傍系の神子。
その二人が人々をかき分け王城を、王位を目指しゆっくり歩み始める。
顔に、身体についた真っ黒な煤を雨が清め流していく中、不意に途切れた雲の切れ目からは月の明かりが差し込んでいた。
「おお!雨だというのに月明かりが!」
「見ろ!天空の光は馬上のお二人を照らしておいでだ!」
「これこそが神の祝福に違いない!!!」
その姿こそが〝今代の王家を体現した姿”とよばれ、この日の出来事は未来永劫語り継がれることになったとか…




