厄介な男
部屋を出て王妹宮へ向かった僕はものすごい勢いで叱られていた。
それも王妹、神官長まで含めて三人がかりで。
「ウーリ!なにを考えている!あれではまるで狙ってくださいと言わんばかりだ!」
「そう言ったんだもん…」
「馬鹿者!」
「いくら自己再生の力をお持ちとはいえ…無謀でございますぞ神子ウルリッヒ様!」
オズヴァルトに何かあって癒すより自己再生のほうが生命力の消費を抑えられると思ったのに…
きちんと考えた結果なのに何故叱られる?
「神子様。先ずはあなた様の知る事実を共有してはいただけませんか」
場を取り成したのはブリッタ様。
僕の見立てでは…ブリッタ様も宮廷の腐敗、特に娘が王妃になってからのフォルスト候には、その増長具合にムカついていたんだろう。
「ブリッタ様。でもこれはカマかけるために言いましたけど半分以上僕の推測で…」
「かまいません。お聞かせくださいませ」
僕が何故帳票に疑問を持ったか、何故フォルスト領からあれら小国に馬車が出向いているかを知ってるか、その秘密がわかるのはオズヴァルトだけで、王妹はまさしく神子の奇跡と目を見開いている。
「それだけじゃないんですよ。フォルスト侯は二年くらい前から領内に弟名義で投資用の商会を立ち上げました。これはフォルスト領の騎士たちが鍛冶場でコソコソ話し…てい…たのを…お告げで見たので間違いないです」
「つまり神はその投資商会にも不穏なものをお感じなのですね…」
「その通り。僕の読みでは…」
「私が言おう。候はそこで不正に流した王宮の武器や金を洗浄しているのだな」
「多分ね」
石鹸で洗ってるって意味じゃないよ?出どころの足取りを消してるって意味だよ?
「先代の王であった父、そして今代の王であった兄の統治下において宮廷の腐敗が進んでいるのは存じていましたが…フォルスト候…まさかそこまで大胆不敵とは…」
そりゃ王妃の父で次期王の祖父だもん。図に乗るよね。
今は亡き大臣たちも大なり小なり不正はしてたけど…せいぜいが取引業者から賄賂を貰って口を利いたり親しい悪徳貴族から賄賂を貰って罪をもみ消したり…、その程度だ。(イヤどっちも最悪だけど)
それを思うとフォルスト候の手口は王の眼を盗んで王城の財をかすめ取る、実に大胆なものだ。
「王妃も加担を?」
「ブリッタ様、あの二人はよく似た性質だったけどいつだって一枚岩じゃありませんでした」
王は王妃を放置してたけど、それはあくまで王に面倒をかけないのが大前提。
となると、フォルスト候が娘をみすみす危ういことに加担させると思えない。
「では武器庫の事務官が加担したと…?」
「いいえ。いくら腐敗した宮廷だからって王城内で不用意に仲間を増やしたら危険です。言ったでしょ、気が付いた官吏は必ず居たはずだって」
「皆口をつぐんだのか…」
「んー?一部は消されたのかもね」
ハッとするオズヴァルト。もうわかったね。王宮には暗殺の得意な集団が居たよね?
「王妃の私兵は元々フォルスト領の騎士。フォルスト当主の命なら必ず聞く。そして王妃の私兵なら王城の武器庫にいてもなんら違和感はない」
「邪魔者の排除。そして運び出しと帳票の偽装…」
「そういうこと。王妃の私兵は王妃の我儘を聞くためだけに居たわけじゃないってことだね」
「それが真実あった事として…残念ね。王城内にそれらの真実を知る者はもはやおりませぬ。生き残った下位官吏が疑惑を抱いていたとして…証明など出来ぬでしょう」
そう。証明の手段無き今、フォルスト候の失脚に必要なのは現行犯の罪!
そのために今こうして自身を撒き餌にしているわけだが…それはそれとして。
「…ブリッタ様。おそらく証人は居ます」
「ウルリッヒ様、それは…」
「エーリヒとフリッツ。元王妃の私兵だった彼らはまだ生きている」
心を病んでお役目ごめんになった元王妃の私兵。神を恐れる憐れな仔羊…
彼らもその役割は担ったはずだ!まさに生き証人!
「早急にあの二人を保護しよう。だがどこにいるか…」
「そのような病状であればどこかの医療修道院に居るのではないでしょうか」
いきさつを見守っていた神官長が恐る恐る問いに答える。
確かに…。神罰を恐れたのなら今彼らは神に許しを請うているに違いない。
療養しながら祈りを捧げられる場所。それは〝医療修道院”。
「修道院は我らの管轄。私が探しましょう」
「神官長、どうか慎重に」
「分かっております」
「ではわたくしは表宮殿でこの二十年に不審な死を遂げた官吏を探りましょう」
「ブリッタ様、無理はなさらず」
「過去の在籍名簿を確認すればわかること。写しをとってまいります」
王妃の父、フォルスト候が天罰から外れたのはまったくもって予想外の落とし穴。
王妃と同じ属性のフォルスト候をこのまま放置したらどうなるか、それは火を見るよりも明らか!計画が水の泡だ。
だからこそここでぐうの音も出ない程叩き潰しておかなくては!
そのために必要なのは誰の眼にも明らかな糾弾理由!
けど一つだけ良いこともある。
誰もが納得の悪貴族フォルスト侯爵。
神罰から逃げおおせた大悪人に直接罰が当たれば…
今度こそ宮廷はひれ伏すだろう。神子の御前に。
「ウーリこちらへ」
オスヴァルトは、神殿に戻ろうとした僕の腕を引き私室に連れ込んだ。
彼の顔は苦々し気に歪んでいる。
「ウーリ。神殿に戻るのか」
「え?そりゃ戻るけど…」
「ここに泊まっていくがいい。ここには王妹宮の精鋭騎士団がいる。神殿より安全だろう?」
「戻るってば。隠れてたら意味ないじゃん」
「ウーリ…。フォルスト候は君を狙う!必ずだ!そんな中でどうして私が君を一人にできると思う!」
「神官長も居るから大丈夫だって。心配なら王妹宮の護衛に送ってもらうし」
「ウーリ…、君の考えは理解できるが…納得できるかは別の話だ」
抱きしめられる身体。痛いほど強い力。
その強さが僕への気持ちだって思ったらなんだか…
不謹慎だろうか?




