代打による一歩
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
「ああそんな…。ごめん、ごめんなさいエミル。こんな事になるなんて…」
自分が引き起こしたであろう驚愕の事実に崩れ落ちるウルリッヒ様。ウルリッヒ様は僕の将来を奪ってしまったと嘆いていらっしゃるのだ。
だけどそれはどうだろうか。
その時僕は不思議な感動に震えていた。
だってこれこそが神が与えたもうた一筋の慈悲。僕の願いを聞き入れた神様からの贈り物なのだから。
僕は宝石を子豚に戻すと今はエミルとなったウルリッヒ様に手渡した。
「ウル様、どうかこれを持ってここをお出になってください」
「エミル…何を言って…」
「今あなたは平凡極まりない平民の下働き。ここを辞めて俗世に戻れば…ウル様、あなたは自由に生きられる」
「バカ言わないで!それにこれは君にあげたもの。君の物じゃないか!」
「いいえ。これは《《ウルリッヒ様がエミルに》》くれたものです。つまり今のエミルはあなたです」
「そんな詭弁!」
「この六十九個の宝石があれば平民暮らしなら一生困らない。そうですね…それを元手に商売を始めたり田舎に小さな家を買ったり…」
「エミル、もうやめて!」
「だからウル様、両親だけはどうかあの屋敷から連れ出してください。そうだ!僕から一筆書きますね。主人の死に目を見せるのも気の毒なのでエミルには暇を告げました、って。年金は渡してあるから家族三人どこかで平穏に暮らすように、って」
たった十五歳の、ううん、今じゃ十三歳の世間知らずなウルリッヒ様。ここを出たところできっと一人では生きられない。なら頼りになる大人が居ればいい。それが僕の両親なら尚いいじゃないか。
「エミル…」
「僕なら大丈夫です。何とか生命力を節約して長生きします」
「長生きしたって飼い殺しだよ…」
「僕…ずっと思ってたんです。どうしてウル様は黙って言いなりになってるんだろうって」
「エミル?」
だって再生の力を持つ神子は脅しも透かしも効かない無敵の存在。同じワガママを言うなら「文句があるなら誰も治さない!」「煮るなり焼くなり好きにしろ」そう言えばいいのに…って。
そうは言っても、リンデン伯爵家やナンナー本家へのしがらみとか…ウルリッヒ様には神子としての尊い本能や身体に刻まれた貴族の精神、そう、ノブレスオブリージュがおありになるのだろう、そう思うからこそ黙って見守り続けてきた。
けど僕は…貴族教育を一緒に学んではいたが貴族ではない。神子でもない。そんな大層な精神性も矜持も一切持ち合わせていない。むしろ…俗物?
そもそもリンデン伯爵家で恩を感じているのは亡き夫人だけで、冷たい伯爵や我関せずの後妻夫人には恩など微塵も感じない。
ましてナンナー伯爵家?…知らないなぁ、そんな会ったこともない人たちなんて。
王家への恭順?…バカバカしい…。正直庶民層で王家を本気で敬ってる人なんかそれほど居ない(全然居ないとは言ってない)。会う事もない殿上人なんて、不敬罪に問われるといけないから敬っとこう、程度のものだ。
「ウル様はワガママまで貴族的なんですよ。その点僕は庶民ですからね。僕の欲望はもっと現実的です。これで目にもの見せてやりますよ。それで僕は十年どころか二十年ぐらい長生きして見せますから」
「で、でも…」
「どうせもう入れ替わっちゃったんです。元には戻れない」
僕の言葉にウルリッヒ様が揺らぎ始めている…
「僕の真似…できますね?」
「う…ぅ…で、出来ると思う…」
それくらい僕とウルリッヒ様は長い間共に居たのだ。同日同時刻に生まれた時からまるで二人で一人かのように。
「大丈夫です。両親とはここへ来て以来一度も会ってないんだから。多少の違和感はそれで誤魔化せます」
不自然な気品は「神殿で暮らしたから」とでも言っておけばいいだろう。
「そうだ。念のためこれを持って行って」
僕は続き間になった自分の部屋から数冊の帳面を抜き出しウルリッヒ様に手渡した。
「これは…?」
「文字の練習のために書いてた小さい時の日記です。これがあれば家族の思い出は補完が出来る」
家族の思い出…その言葉に僕と両親の別れを実感したのだろう。ウルリッヒ様の苦悶は深くなるばかり。
「責任なんか感じないでウル様。いいですか?僕は彼らの企み、これから何が起こるか、三年分の未来を全て知ってる。僕はウル様よりたくさんのことを知ってるんですよ?噂話は下っ端の娯楽ですから」
そうだよ!下世話すぎてウルリッヒ様の耳に入れなかったこともいっぱいあるんだから!
「それを使って絶対長生きしますから」
「そんなことできるの?」
「ウル様、再生の力は他人に使わなきゃ減らないんですよ?出し惜しみさえすれば中年にだってきっとなれます」
何人たりとも神子に癒しを強制はできない。そんな簡単なことを〝神子とは癒しの力によって人々を救う存在”そんな先入観に支配されたウルリッヒ様はお分かりでなかったのだ。
はっきり言おう。生まれてこのかた、ウルリッヒ様だけが世界のすべてだった僕に失って惜しい誰かなんて本物の両親とウルリッヒ様以外に存在しない。
けど《《ウルリッヒを脅す》》のにエミルの両親なんか使わない。そして…今やエミルとなった本物のウルリッヒ様さえ逃げてしまえば…この僕を脅す材料なんて一つもない。
え?王国民?…王国民を脅しの材料に使うような王家が治める国なら…いっそ滅んだ方がいいと思わない?
「さあ行ってくださいウル様、いいえエミル。エミルを辞めさせたことは僕から神官に伝えます」
「…う…ぐす…本当に?」
「両親をよろしくお願いします。そうだ!もしいつかここを出られたら…その時は祝杯をあげましょうね」
「う…うぇ…」
「リンデンの屋敷を出たらお知らせください。エミルからだと誰にもバレないように」
「…わ…わかった…」
チリーンチリーン「誰かー!」
「どうなさいましたウルリッヒ様」
「…たった今エミルに暇を告げました。荷物をまとめるのを待って彼をリンデン伯爵家まで送ってください。それから新しい小間使いの用意を」
「畏まりました」
さーて。見せてやろうか。
無敵の力を手に入れた庶民がどれ程面倒で厄介かってとこを!
毎日更新を目指しています。
お星さまをぽちっとしていただけると大変作者の励みになります(;^ω^)




