吉報来たる!
東へ行ったユルゲンたちが無事帰還し二か月後。
季節は問題の雨期へと入り…誰も来ないはずの神殿都市に、その日やって来たのは謁見を申し込む先ぶれ!
それもなんと!ナンナーの当主から!!!
「ど!どういうこと!」
「ナンナー伯爵が何故…」
この中にナンナーの当主と面識があるのはウル様、現エミルしか居ない。
代々神子有するナンナー家は俗世から完全に隔絶した家門。
なのにその当主がその足で、よりにもよって禁忌の地、西の神殿にやって来たって?あり得ない!
「ユルゲン、ナンナーの当主には何と言って防疫薬をお渡ししたのだ」
「「ナンナー家の息災を願う神子ウルリッヒ様からこれを託されました」と。さすがに目の前で服用していただくには至りませんでしたが…確かに手渡してまいりました」
「ご当主は何か言ってた?」
「え、ええ。ナンナー伯はウルリッヒ様の西入りを宿命だったと…。そして我らはそれを見届けなければならないとも」
「宿命…」
そもそも僕は西への神殿替えに関し、一番危惧していたのがナンナー家の意義申し立てだった。
けどナンナー家は何も言わず静観を決め込み、僕は拍子抜けしたものだ。
彼らは《《神子の》》意思によって《《神子の作った予防薬》》を西から東へと運んだ《《神子の使徒》》だ。
ナンナーの当主にとっては何かの符号に感じたのだろうか…?
「神バルデルスへのこれは贖罪…」
「なにエミル?」
「…ナンナー伯が仰った言葉だよ。ナンナーから神子が生まれ出るのは罪の償いだって」
「償い…?」
少なくとも当主の訪問が不穏なものでないことだけは分かった。じゃなきゃ雨期の禁忌地にノコノコやってくるはずが無い。
僕たちは歓待の準備を整え明日を待った。
そして翌日…ここは巨大な神バルデルスが睨みをきかせる神殿である。
ナンナーの当主を迎えるのにこれほどピッタリの場所は無いと思ったからだ。
「ナンナー伯爵ようこそ、僕の神殿都市へ」
「ウルリッヒ…久方ぶりだ。健勝であったか」
「おかげさまで」
「神官長、神子を庇護しここまで付き従ったこと、感謝する」
「なんの。神に与えられし私の役目にございますれば」
実際…小さな暴君(?)のように振舞うウル様や本物の暴君であるこの僕のワガママに対し、王家から入る苦情の大半を引き受け撥ね退けてくれたのはこの神官長だ。
「これは…オズヴァルト様、いえ、オズヴァルト殿下。お初お目にかかりまする」
「ナンナー伯、一度お会いしたいとは思っていたが…まさかここへおいでになるとは…怖くはないのですか」
「神より授かった防疫薬をありがたく服用しておりますれば何が脅威でございましょうか」
「ナンナー伯…」
「神に許されることあらば西の神殿に弔いを、これはナンナー始祖の悲願でございました」
昨晩ウル様から聞いたナンナー家の抱える重い枷。西からの薬はその枷を外す鍵に思えたのだろうか?
「お聞かせしましょう。王都の現状、この数か月で何が起こったのかを全て」
「え?」
「伯、それは…」
「私はそのためにここへ参ったのです」
知りたくてしょうがなかった王城の様子。この距離では諦めていたのに…
吟遊詩人…きたー!!!
そうとなったら場所を移して、ここは『君主の館』その一番立派な応接室である。
「全ては神の思し召し…ウルリッヒ、そうなのだな?」
「さあどうでしょう?けれど面白いぐらいに全てが嵌まって…ならこれはやっぱり神の意思かも」
「これが神の導きかどうか…全ては後の歴史が語ること。いいから聞かせてくれ伯…東では何が起きた?」
王妹宮を案じていたオズヴァルト。気が気じゃなかった彼は話を急かす。
「王妃の私兵については何か聞いているか」
「もしやあれのことでしょうか…」
「あれって?」
「王妃殿下がお倒れになる少し前、王城で破傷風の兵が二人立て続けに亡くなったと聞いております」
破傷風…そうか!
オズヴァルトに斬りかかった男は剣傷を負っていた…
そのせいでオットーはこれを〝西の病”とは気付かなかったに違いない。
破傷風は伝染しない。オットーは何も気にせず正妃宮へ出向いたのだろう。
「現在王宮では非常に恐ろしい伝染病が蔓延しております。殿下…それは正妃宮から始まりました」
ほら見ろ!
「どうしてわかる。宮廷は王朝が揺らぐやもしれぬ話を表には出さぬはずだ」
「ナンナー家は神殿との関りから宮廷に官吏を出しております。弟は自ら見聞きした内情を私にだけは包み隠さず話しますゆえ…」
病が王宮から起こることは織り込み済み。けど一応確認ね。
「初めに倒れたのは王妃殿下」
王妃…の言葉に深い息を吐いたオズヴァルト。複雑な感情が沸き上がっているのだろう…
「そして次にお倒れになったのが王太子殿下です」
グッとこぶしを握ったのがウル様。ウル様はこう見えて意外と好戦的だ。
さて、前世軸の伝染病は西の使者(多分グラーツ子爵)を起点として、数の多い下級使用人に伝染することで、結果城内城下、まんべんなく広がっていった。
けど今回はいきなり頂きが起点。接触する人物は限られている。そう、重鎮たちだ。
今までだったら厄病なんか恐れるに足りなかっただろう。
けど〝再生の力”は東に不在。前世軸でも見た大臣たちの下卑た顔が思い出される。
「ウルリッヒ、王城神殿には慈悲を与えたのだな?」
「…ええまあ」
「神官らはその真意を汲み王城で倒れたものを王城に隔離したのだよ」
「じゃあ治療は神殿が受け持ったってこと?」
「うむ。罹患したのが王家とあって事が露呈すれば民が動揺するゆえ…秘密が漏れぬよう同意したのであろう」
この国では高位の学術、医術はすべて教会の管轄となり聖職者がその任を負っている。
そうして大臣官吏たちが恐怖に怯えるなか、王城神殿ではついに、《《厄病を抱える西の神殿で、神子により調合された、前任の王城神官長により認可された薬》》が生成された。
「ですが王宮中が安堵に包まれたのも束の間、投薬空しく王はお倒れになられた。そのうえ大臣たちも残念ながら薬は効かず次々と倒れております」
病の伝染は王家と懇意な人物から。
おかげで今世軸の伝染は極めて狭い範囲に留まっているようだ。
「殿下、一部官吏と第二妃第三妃は王弟王妹の機転により無事でございますよ」
「おお…!」
病を免れた官吏たちは王弟リュテガーが王弟宮へ集めたそうだ。彼らは開放された王弟宮で王弟の指示のもと最低限の政務を行っているらしい。
恐らくその官吏たちは王弟から薬を振舞われていたのではないだろうか。
そして同じく罹患を免れた妃殿下方。考えてみれば彼女らは別に悪人という訳ではない。王妹ブリッタ様が何らかの形で投薬を済まされたのだろう。
ホッと息を吐くオズヴァルト。どうでもいいと思っていた僕とはえらい違いだ。
「殿下、私の知る西の厄災は一都市を壊滅に追い込みました。ですがこの厄災は明確な意図をもって救われる者、そうでない者が分かれております」
「うむ」チラ
こっち見んな!
「神の意思は誰の目にも直に明白になるでしょう」
「そうか…、…伯、市井は」
「王弟王妹殿下が城下全ての教会で炊き出しを行っております」
「では…」
「ええ。病はほぼ城内でのみ猛威をふるい…城下の人々はこれを〝神子の祟り”と呼んでおります」
「祟り…」
祟りは違うでしょうが!




