王城の渾沌
「オットー!バルドルはどうしたんだ!」
「チッ!西の地で馬鹿な真似をして背を斬られた。手当てはしたがどうにも熱が下がらん」
「破傷風か?厄介な…」
王妃殿下をお守りするため侯爵家から付き従った我ら八人。
だがすでにその数を四人に減らしているのはオズヴァルト、いや違う、あの小癪な傍系神子に関わったからだ。
そして今また一人…
「勝手な真似をしおって…大人しく飼い葉小屋で待っておれば良かったものを!」
それでも二週ほどは騎乗出来ていた。
だが帰路も半分を超え、酷い酩酊と高熱を訴えはじめたころからそれもままならなくなった。
そこで王宮の紋を使い荷台を借り受け、そこからは馬の後ろに寝かせて連れ戻った。
思えばこの神殿替え…西からの帰路は必ず倒れた部下を連れ戻っている…
まさか本当にこれが天罰だとでも言うつもりか…
「ふっ、私としたことが馬鹿馬鹿しい…」
「オットー、お前も少し熱いぞ、大丈夫か」
「ああ、二頭の馬を制御し手当てをしながらの道中は骨がおれた。疲れがたまったのだろう」
おかげで予定外に日数がかかってしまった。いつになく身体が重い…
「オットー!」
「なんだ!私は今から王妃殿下への報告がある!後にしろ!」
「手当て空しくバルドルが…今逝った」
「そうか……わかった。それも報告に付け加えておこう…」
神の怒り…再度フリッツの言葉が頭をよぎった…
バルドルを見送り一週間も過ぎた頃だろうか…
「オットーはどうした」
「今日も熱がひかないんだとよ」
「こ、これではまるでバルドルと同じではないか…」
侯爵家からともに参った八人の仲間たち。
グスタフとオイゲンは神子の世話係に斬りつけ、結果的にそれは彼らに身の破滅を招いた。
エーリヒとフリッツは神子に斬りかかり…命こそあれど神子を恐れる廃人のようになってしまった。
そして神子の住まう西の地で剣を抜いたバルドル。彼もまた原因不明の病でこの世を去り、今その厄災はオットーに降りかかろうとしている。
「西に近づいてはいけなかったのだ…」
「あそこは本物の禁忌地であったか…」
一つだけはっきりしていること。これは破傷風などではない!
オットーは慕ってやまぬ王妃殿下への報告中に嘔吐し倒れたという。
「オットーどうした!そんな体調でどこへ行くつもりだ!」
「し、神殿へ行く…」
「神殿へ行ってどうするつもりだ!あそこに神子は不在なのだぞ!」
「居たとしても我々を癒しはすまい!」
「レ、レシピだ…薬を…薬を作らねば…」
「薬?その病を治す薬か?」
「よ、予防薬だ…、王妃殿下に薬を…エメリンお嬢様に飲ませなければ…」
「貸せ!私が行こう。お前は寝ているんだ!」
「頼む…。私はもう助からないだろう…だが今ならまだ間に合う。予防薬をお嬢様に…お前たちも飲むんだ、いいな…必ず飲むのだぞ!」
その一週間後、看病むなしくオットーはこの世を去った。
彼の亡骸を埋葬しながら私は気付いていた。
呼吸が重い…
ああ…やはりこれは神の怒り。我々は神を冒涜しすぎたのだ…
オットーが帰還し十日ほど。
不自由を極めているという西の様子に、わたくしは溜飲を下げていた。
なのにどうもこのところ気分がすぐれない。
王妹の庇護を持つ忌々しい庶子、わたくしの大事なアルトゥールを愚弄する神子、王朝に異を唱えた馬鹿者どもの息子、すべてまとめて禁忌の地へ送り出し、かつてないほど晴れやかなはずのに、なんなのこの倦怠感は?
「オットーが寝込むなど…あれで気がふさいでいるのね…」
どんな命にも従ってきた、決してわたくしを裏切らないオットー。
「嫌だわ…早く良くなってもらわないと」
王家に仇なす者はいくらだっているのだから。
「母上」
「あらアルトゥール。どうしたの?今夜は夜会ではなかったかしら?」
「ええ。その前に母上のご様子を伺いに来たのですよ。昨日お加減がすぐれないと仰っていたので」
「まあ優しい子ねアルトゥール」
わたくしの愛するアルトゥール、見目麗しく全てにおいて洗練された完璧な王子。
その隣に立ちたいなどと…人かどうかも分からぬ〝神子”風情が身の程知らずな!
そしてオスヴァルト!
わたくしの誇りを傷つける目障りな庶子!
王の血を分け持つ存在など…いつ王の気が変わってあれに王位継承権をと言い出すか分かったものではない。
反旗を翻してくれたのは実に好都合。ふふふ…世間知らずな青二才どもが。王に歯向かおうなど…なんと滑稽な!
「母上これは?」
「あら?わたくしのご機嫌取りにエマニエルが置いていったいちじくのコンフィテューレよ」
「美味しそうな香りですね」
「残念ね、それが最後なの。わたくしが口をつけたものでよければお食べなさいな」
「よろしいのですか?ではスプーンをお借りします」「ああ美味しい。濃厚な甘味だ」
「アルトゥール、今夜は久方ぶりに王がお越しです。帰宅の挨拶は不要ですよ」
「おやこれは。ふふ、ではどうぞ水入らずでお過ごしください」
王と一夜を共にしたわたくしがオットーの訃報を聞いたのは翌朝だった。
「神官長!薬はまだか!」
「試薬でよろしければここに」
「貸せ!いますぐ王に飲ませなければ!」
奪い取るように試薬を掴むと大股で走り去る王宮の官吏。
昨日ついに王妃殿下が寝込まれたという話だ。
他にも侍女が数人不調を訴えているという。気が気でないのだろう。
西から帰還後運ばれてきたのは、背に剣傷をおった王妃の私兵。
とうに虫の息だった私兵殿は手当て空しく心音を止めた。
そしてその十日後、やはり西から帰られたオットー殿も同じ症状を示したのち帰らぬ人に。
「これは伝承に漏れ聞く西の病ではないのか…、ならば我らも助からぬのかもしれぬな…」
「神官長そんな!」
「不敬にも神子に祓いを強要するなど…王家の驕りがこれを招いたのだ。神殿替えを止められなかった私たちにも咎はある」
だが王子殿下までもが倒れられても我らの身に変化はない。
「神官長!あの薬は何故効かないのですか!アルトゥールが!王子殿下が苦しんでいるのですよ!責任を取りなさい!」
半狂乱になって駆け込んできたのは王子殿下の、今では正式な婚約者であらせられるエマニエル様。
一時は神子ウルリッヒ様の世話係としてここに居たものだが、その合間をぬっては殿下と情を交わしていたふしだらな、そしてしたたかな青年だ。
「エマニエル様。オットー殿の手に入れたあれはあくまで予防薬。効かぬというのであれば殿下はすでに罹患なさっていたのでしょう」
「くっ…!この役立たず!」
彼もまたふらついて見えたのは気のせいか…
「ひどい言われようですね」
「王子殿下と王妃殿下、後ろ盾を一度に失いかけ焦っているのだろう」
その二日後…ついに王までもが病の兆候を示されたという。
「やはり薬は効いておらぬな。そうだと思っておったよ」
「神官長…ですが何故私たちは平気なのでしょう?何人もの患者を看ているというのに…」
「考えてもみなさい。なぜウルリッヒ様が辺境伯閣下のお名を借りてまでここに菓子を送ってくださったのかを」
王城神殿とは神子の儀式のみならず調薬を行う場でもある。
ここには様々な素材があり、また我らにはその知識も技術もある。
ウルリッヒ様はレシピを送らず菓子箱を送ってよこした。それも秘密裏に。
そして我らは誰一人病を発症していない…
「つまりあの菓子こそが予防薬であったのだよ」
「おお…!」
神は王家を見放された…だが我らはこうして救われている。ならばすべきことは…
「副神官。本宮の下働きたちに払い下げの食事に手をつけてはならぬと伝えなさい」
「ただいますぐに」
「汚物にまみれた布類は全て焼却せよと。そして修道士に炊き出しの用意をさせなさい」
「はっ」
「いいかね忘れてはならぬ。全ては内密に行うように」
それが神子のご意志なのだろうから…




