明るい兆し
「しょっぱ!」
「ははは、塩は海水から採れるのだぞ。塩辛くて当然だ」
「塩くらい平気だと思ったんだけど…」
「口に入れぬようにな」
僕たちはその日、暖かい気候に誘われるまま、薄手のシャツと丈の短いズボンを着衣にして初めての海遊びに興じていた。
オットー襲来のあと季節は暑期へと入り、僕たちは驚くほど平和な時を過ごしていた。
だって今から雨期の終わりまでは誰もここに近づかない。禁忌の地、それはまさに聖域!
けどここが禁忌の地なのも今年が最後。来年の夏にはこの海も人でごった返す予定なんだから、今の内に思う存分遊ばなくっちゃね!
今頃王城では徐々に病が発生しつつあるだろう。だけど蔓延までに少し時間を要するとして…うまくいけばあと二ケ月とか三ケ月で王宮は…
ああ…間近でそれを見られないのだけが残念極まりない。
「エドこっち向いて!」
「えっ?」
「それ!」
パシャッ
「わっ塩辛い!やりましたね兄さん…えい!」
「きゃっ!もう!」
エドと水をかけあいながら波打ち際で無邪気にはしゃぐウル様。
外身がエミルだけにびしょ濡れでも全然違和感がない。一緒にはしゃぐエドが意外と言えば意外だが…
背が高いのと妙な落ち着きで忘れがちだが、エドヴィンは僕たちの半年年下、十分子供だった。
「ウーリはいいのか?あそこに交ざらなくて」
「貝探し?うーんいいや、僕は大人だからね」
「そうか。前世ではもうじき十六だったと言っていたな」
「うん」
十六は正式な婚姻が可能になる歳。だから王妃とアルトゥールはその前に片付けようと、焦って誰でもかれでもウル様に送ってきたんだから。
「今世では直に二年。足して十八か…、確かに大人だ」
「でしょ?」
しみじみ噛みしめるオズヴァルト。
けど、僕が大人なのは何も年齢の話じゃない。ふっ、精神だよ。
「だが見た目がそれではな…」
「は?何?」
「いろいろと憚られる…」
「何の話?」
「こちらの話だ」
全然わからない。
「あっ、カニだ」
「ウーリ、岩場は滑る。気を付けろ」
神殿のある裏手は高い高い崖になっている。
そして断崖と断崖の間に少しだけ出来た入江。今ウル様たちが居るのはここだ。
そして岩場の方に腰掛けているのが釣りを楽しむ貴公子たち。もちろんオズヴァルトもこっち。
僕は一緒に釣りを楽しんでいたが、イマイチ面白くない。(釣れないからじゃないよ?性に合わないだけだよ?)
それで釣竿を岩の間に差し込んでウロウロし始めていた。
「どこへいくつもりだ?」
「べつに?探索したいだけ」
「面白いものなどないと思うが…」
「…っていうか…、ついて来るの?」
「ああ。海に落ちては大変だからな」
な、なんだとー!
ウル様じゃあるまいし、この機敏な僕がそんなへま…
ツルッ
「あっ、ああー!」ガシ!
「うわ!ウーr」
バッチャーン!!!
くっ!不覚!
けど意地でも誰かさんを道連れにするあたり、完璧でしょ?
ブクブク…「ぷはっ!」
ザバッ!「ふぅ!見ろ!言った通りじゃないか」
片腕で僕を支えてもう片手で濡れた髪をかき上げるオズヴァルトのカッコいいこと。
くそぅ…あの感情に気が付いてからどうもこう調子が…
「どうした?」
「いーえ別に。それより泳げるんだ?」
「釣りをしながら何度か特訓したのでね。上手いものだろう?」
ぷっ、それって岩場から落ちたってことじゃん。そう言えば何度かおかしな時間に湯浴みしてたっけ。…あれか…
「ねえ、あそこの岩まで連れてってよ」
そこには島とも言えないような大きな岩が断崖と断崖の間にちょんと鎮座していた。
「ああいいとも。いいか離すなよ」
言われなくても離さない。だって僕は泳げない。
太陽が反射した静かな水面はキラキラと輝いている。
岩に並んで腰掛ければ浜辺の方から手を振るウル様。その横ではエドがウル様の肩に上着をかけ…すっかり栄光のウル様お世話係の座はエドに取ってかわられた。
「ヤッホー!」
「ふふ、エミルもエドも楽しそうだ」
前世軸で面識のないオズヴァルトは僕をウーリ、ウル様をエミルと呼ぶことに少しもためらいが無い。
「エミルはウーリよりも小柄なのだな」
「はぁ~?ほんのちょっとしか変わんないし!つま先で立ったら同じだし!腕力ならウル様より上だったし!」
今はウル様の身体とは言え元自分。元自分の身体的特徴を突っ込まれるのはひっじょーに不愉快だ!
「私との体格差を考えたら今のウーリで良かった、そう思ったまでだ」
「な、何のこと…」
どうも今日のオズヴァルトは言うことがいちいち意味深。なんだろこれ…
「そろそろユルゲンたちが戻ろう。そうすればあちらの状況が多少は分かる」
「うん。家族を残してきた彼らも安心するね」
「上手くいけば前世軸より早く終息を見る」
「ある意味オットーのおかげかな」
「その日が来たらウーリ。大切な話がある」
「大切な話…」
「未来の話だ」
「そんなのいつだって話してるじゃない」
「いつも話しているのは大局の話だろう。国の、西の、この神殿都市の話じゃないか」
「…それ以外の未来って…」
「私とウーリ、二人の未来だ」
ドキッ!
二人の未来…
オズヴァルトはともかく、僕の未来は僕が神子である限り、王妃が消えようがアルトゥールが消えようが依然そこに危機があるわけで…(だからこそこの間叱られたんだけど)
それがあるからなんとなく今まで、僕の個人的な将来の夢や展望に関してはあまり言葉にしてこなかった。
それをあえて話そうって宣言するなら何かあるんだろう。
「悪い話じゃない。安心して欲しい」
「心配なんてしてないよ」
「まずは成り行きを見届けなくてはな」
「うん」
貴公子たちの勢いが削げないよう、見せかけの決起集会は日一日と熱を帯びている。彼らは皆、この暑期を超え雨期を過ぎれば近隣の貴族たちは禁忌の地が禁忌でなくなったことをついに受け入れ、重い腰を上げ陣営に加わる、そう信じている。
そのためこの神殿都市から不要の出門が禁じられた暑期の間、ここぞとばかり鍛錬に精を出し、予防薬を配って回った際、代わりに引き上げてきた古い武具類を傭兵たちの手ほどきを得て丁寧に手入れしている。
その気炎を出来ることなら不完全燃焼で終わらせたい。そして行き場を失くしたヤル気は国作りに全てぶつけてもらいたい。
僕の期待を一身に背負った王城。
見せてくれるよね?見事なまでの破滅への道を。




