ウィッチング・アワー
さて、草木も眠る魔女の時…
人目を忍んで戻ってきたのは王子一行。
「大丈夫だった?」
「ああ問題ない」
「ウル様?」
「何も無かったよ」
「エド、着替えさせたの?」
「…え、ええ。それよりお茶をお淹れしましょう」
ピン!
この一刻の猶予もない時に着替え…?
挙動不審なエドといい…不自然すぎる。
もしや二人に何かあったな?
あとでウル様…いや、エドを締め上げて吐かせてやる。
「守備は?」
「上々だ。子爵の護衛を務める遠縁の三男がごく初期の症状を示していた」
「唾液は?」
「もちろんここに」
「よし!明日の朝食はそれを隠し味にしよう」
「あ…」
「…そうするといい」
それを聞いても様子のおかしい二人…
やっぱり何かあったな…?
後で締め上げてやる!エドを!
「ウルリッヒ様。その罹患した護衛はどういたしましょう」
「決まってる。明日にでも連れてきて」
「畏まりました」
「さて。じゃあ今度はこっちの報告ね」
ゲルハルトとオットーの件を聞いた全員が憤慨している。
けどそんなの今さらだ。オットーなんてそんなものだし、僕は最初からそういうこともあるだろうって思ってた。やっぱりね、って言うのが僕の最初の感想だ。
「そ、それで彼は?」
「あ、うん。もうとっくに神官長が認可の印を押した予防薬のレシピを渡してるんじゃないかな」
現品を手にしていないオットーには王城に戻るまで薬を服用することはできない。
ここでも他領でも服用は責任者の目の前で行い、余剰分はここなら神殿の特別室に鍵かけて、他領でも当主の権限で厳重に管理するよう言い聞かせてある。
ゲルハルトに持ち出すことが出来たのは、あす運ぶ予定の荷物が宿舎のほうに用意してあったからで、だからと言ってオットーがそれに近づくことはできない。
つまり明日の朝になれば僕の手によってオットーの命運は決定づけられる。
バイバイオットー、これで二度目だね。
「だがウーリ、予防薬のレシピが東に渡っては…」
「心配無用。あのレシピは正真正銘本物だけど東では絶対手に入れられない素材が一つ混じってるから」
「手に入らない素材?あのレシピなら僕もエドももうすっかり覚えてるけど手に入らない素材なんて無かったような…」
予防薬の素材はアメシストと石膏、二種の鉱石を中心として十種の薬草を配合したもの。
混合の順番とか煎じ方とか、色々面倒だけど珍しい素材は確かにない。
「ウルリッヒ様、もしやアメシストのことですか?」
「おっ?よく分かったねエド」
「あれは宝石には違いありませんが採掘量も多く市場には多く出回っています。手に入らないということはないでしょう」
「さーて、それはどうかな」
さあ…、ここで大きな秘密を種明かしだ。
僕が何故王城神殿からひとつ残らず根こそぎ全ての宝石を持ち出したか。それはなにも僕ががめついからじゃない。…ホントだよ?
もちろん西に来てからの活動資金として持ってきたわけだが、その中のアメシストだけは調薬の素材として持ってきたものだ。
あれは神子の石と呼ばれてはいるものの、資産としての価値はそれほど高くない。
なんならあとからいくらでも手に入れられただろう。
なのにお馬さんに負担をかけてまでアメシストを全部持ち出したのには、ガメた、以外に理由がある。
「王城で病が流行りだして神殿が慌ててオットーのレシピで予防薬を作り始めるとするよ?」
「ええ」
「ここと王城神殿の違いは何でしょうか」
「簡単なことだ。神子の在、不在、そうだろう?」
「そう。オジー正解」
「で、ですが神子の奇跡は既に症状の出ている身体の異常を治す力。予防薬との関連が…」
「…ねえエド。ここにあるアメシストはね、ウル様が日々の慰めにって神殿の壁を飾った宝石の中でも…儀式を行う聖堂の壁を飾った特別な石なの。わからない?ここにあるものだけが〝神子の石”。それ以外は全てただのアメシストだ」
「それはどういう…」
「予防薬に必要なのは〝神子の石”、つまり神子が〝癒しを捧げた石”ってこと!」
そう。前世軸で盗み見た予防薬のレシピ。そこには確かに『神子の石』と書かれていた。
僕も初めはそれを〝アメシスト”そのものだと考えていた。
だけどちょうどその日の朝、神殿には一つのアメシストが奉納されていた。
試作品第一号にはその石を用いたのだが…、あの一都市を壊滅させる恐ろしい病を防ぐ、奇跡のような力を正直僕は感じなかった。
神子の勘とでも言おうか…
「何かが違う…」そう考えた僕は何度も試行錯誤して最初のアメシストを使い切った。
そして二個目、聖堂の壁から外した〝ウル様が飾ったアメシスト”で作った試作品第四十五号。
その時、僕はようやく完成を確信したのだ。
見た目だけなら何が違うか誰にもわからないだろう。
だけど内なる神子の血の共鳴を…その完成品からは感じたのだ!
やっぱり神子って唯一無二。いつだって奇跡はこの身にあり!
「では儀式を行う聖堂に飾られていたことで特別な力を帯びたということか?」
「半分外れ」
「僕わかった。…聖堂は僕が癒しを行使した場所だもの。あの場のアメシストは漏れ出た再生の力を吸収していたんだね」
「ウル様正解!その通り!」
それが僕の到達した結論。
神子の石アメシストは神子の持つ再生の力を吸収する。
つまり今後も神子が癒しを捧げたアメシストだけが、予防薬の素材になる。
「…病を防ぐ力とは奇跡の一端であったか…」
「そういうこと」
これは僕の推測だが、前世軸の学術修道士たちは、あの伝染病を治すのに神子の力を使えないかと考えたのだろう。
そして発見したのが、アメシストが癒しの力を吸収出来るという事実。
「けど僕が完成した試作品の薬を流感の修道士に飲ませても効果はなかった」
「つまりアメシストを媒介にした時点でこれは防ぐ力しか持たぬということか」
「そう。予防は出来ても再生は出来ない」
もうわかったね?
王城神殿でどれほどレシピを真似ても予防薬は作れない。
だって彼らは自ら神子を手放したんだから。
そして試行錯誤を繰り返してるうちに彼らの順番はやってくる。
終わりの時だ。
オットーにも…王にも王妃にも。そして…ウル様の心を弄び利用して使い捨てた王太子アルトゥールにも。
「これが種明かし。さあ!夜明けが来たよ」
気が付けば空は白み始めている。
オットーは早朝出発すると言った。それならこちらも相応の準備をしなくては。
「よし!このウルリッヒ様特製の朝食でも作ってこようかな!とびっきり美味しいのを!」




