最後の疑惑
オットーとの話を終えた僕は館に戻ると見せかけ…
クルリと周辺をまわるとすっかり陽が落ちて真っ暗な中、高さ一メートルほどあるタチアオイの群生に身を潜めている。
もちろん今では僕の外皮とも言える、あの黒いシーツを頭からすっぽりかぶってね。
え?律儀に見張ってるのかって?そうだよ。でも見張りたいのはオットーだけじゃなくてね…
ポン
「っ!ウルr」
『しー!さああっちへ行こうかゲルハルト』
そう。僕が警戒していたのはこっちだ。
さっきオットーへ食事を運んでいたバルテル伯爵家の嫡男、貴公子ゲルハルト。
この丘には修繕の済んだ空き家屋がいくつもある。
か、僕たちと入植を果たした人数は限られているし、貴族階級の彼らは神殿部が生活区域。これらは将来を見据えた予備家屋だ。
その一つにゲルハルトを押し込み聴取を始める。
僕は最初からずっと警戒していた。
王城から西へ廃棄された逆臣の嫡男たち。中に密偵が混じってるんじゃないか、って。
何度も言うが僕は疑り深い男だ。
だから橋が落ちるまで彼らの前では何も口にしなかったし、オズヴァルトも決起には乗らなかった。
分断後は「どうせ王城と連絡はとれない」と警戒を緩めていたのだが…ここにきてまさかのオットー。
だから不自然に接触をはかった人物が《《当り》》だってすぐに分かった。
「なにがメイドの代わりだ。そんなんでこの僕を騙せるとでも?」
「…」
「言い訳ぐらいは聞いてやる。いつどこで誰に頼まれた。王か、王妃か、それとも王子か」
「…」
「何を頼まれた」
「…」
「知ってるよね。あの橋は神の怒りで落ちたって。あなたも神罰を落とされたい?」
ビク
貴公子たちにはもちろんあれが爆弾によるものだとは知らせていない。
だからこそ彼らはこれが神の意志だとして決起をオズヴァルトに迫ったのだし、それ以来ここにいる全員が神子の奇蹟をより強く信じている。
「こう言えば口を割るかな?《《あなたの家族に神罰を落とされたい?》》」
「ウルリッヒ様!ど、どうかそれだけは!」
まるでこっちが悪者じゃん。まあ僕は善人でもないけど。
「じゃあ言って。オットーに何を頼まれた」
「う…」
苦渋に顔を歪めながら涙を流す貴公子。何も知らない人が見たら、その前で腕を組み仁王立ちする僕を悪玉と思うだろう。
けど観念したのか、ようやくその口は彼の正体を明かしはじめた。
まず彼は家門の存続を背負った善良な一子息ってこと。
彼の家バルテル伯爵家は今にも財が尽きそうな没落ギリギリ貴族。
それもこれも、内乱の処罰で全財産を宮廷に没収されたからだ。
王派閥が幅を利かせる社交界では、内乱で名を落とした彼の家門名では条件の良い婚姻も結べない。
おまけに今年、彼の父が治める北東の小さな領では近年にない凶作。彼らは苦境に立たされていた。
王からその依頼があったのはそんな時だ。いや、分かってて依頼を持って来たんだろう。
「王の依頼は今年の税と賦役を免除する代わりに神子に近づき弱みを握り二度と王家に逆らわぬという誓いを取り付けよというものでした。上手く事が運べば暑期より前に王都へ戻すと」
「ほほう?」
王と王妃は必ずしも一枚岩というわけではない。
アルトゥールを溺愛する王妃と違い、王には神子に対し少しばかりの未練があったのだろう。
西へ廃棄すると決めたものの二年の不在は北に火種を抱える王にとってかなりの痛手だ。神子は王の切り札。内乱だって神子が居ればこそ王派は危険を顧みない作戦がとれたのだから。
つまり王は僕の弱みを握って言うことをきかせようと考えたわけか。王妃とエマニエルに一度は言い包められたものの、土壇場でやっぱり惜しくなったと。
「どうりでやたら話しかけてくると思った」
「…私は深く考えもせずこれはあなたにとってもそれほど悪い話ではないと思っていたのです。誰だって禁忌の地、西の神殿など一秒だって早く去りたいだろう、あの頃は本気でそう考えていましたから」
甘い。甘いなゲルハルト。
王の言葉には《《誰を王都に戻すか》》なんて明言されていないじゃないか。きっとそうなれば貴公子たちには滞留の命が出たはずだ。
「ところが道中、その密命をオットー殿に気付かれてしまいました。彼は「それは都合が良い」と仰り私に取引を持ちかけました」
「どんな?」
「西の地には殿下の生母が居る。殿下が会いに行くようそそのかせ、と。そうすれば王妃殿下は喜んでバルテル伯爵家の家宝をお返しくださると…」
なるほどね。僕に近づくということはオズヴァルトにも近づくと言うことだ。
オズヴァルトを馬車列から離脱させ条項三に抵触させようとしたわけか。
「ですがその直後オットー殿は一団から離脱なさいましたので私はむしろ安心いたしました。家宝は惜しいですが…私は器用な男ではありません。…面倒事に関わるのは不本意でしたので…」
ところが突然の落橋。
橋が直るまで帰還の望みも無くなり…、彼はバルテル家の税免除さえ叶えばそれでいいと、ここでの生活を受け入れていたそうだ。
「そこにオットー再登場か」
「彼は西の神殿で我らが怯えもせず暮らせるのには何か理由があると考えたようです。そして負い目を持つ私を呼び出しこう言いました。「これは神子の力によるものなのか。神子は〝再生の力”以外に何か奇跡を持っているのか」と」
「それで教えたの?予防薬のこと…」
「い、いいえ!私の口からは!ですが…言ったはずです。私は器用な男ではない。彼は私の僅かな表情の変化に気が付きました。そしてこう脅したのです」
『秘密を教えなければ東に残った家族に明日はない』
なんて抜け目なく危険な男だろう…オットー…
あの男はここで感じた違和感に従い、もう一つ手柄を持ち帰ろうと欲張ったのだ。
「王妃の私兵が数々の暗殺行為に手を染めているのは社交界では暗黙の了解。私にはただの脅しとは思えませんでした」
「…それで渡そうと思ったの…薬を」
「…」
「出してそれ。ポケット?それともその握りしめた拳の中?」
ポケットから出した薬を僕に渡すと泣き崩れるゲルハルト。
「どうしたのこれ」
「…こ、これは明日北東部のツィルヒャー男爵領に向かう予定だったアルノーの荷から…」
アルノーとは貴公子の従者として西入りした、今は無きハルトマン伯爵家の嫡男だ。
配達任務は家門がお取り潰しとなった《《元貴公子》》たちが請け負っている。十数人居る彼らは護衛兼従者として後援貴族の嫡子に従っていたが、能力的には彼らより上だ。
「う、うぅぅ…うわぁぁぁ…」
当然分かっていたはずだ。これを渡したら全ての計画が水泡に帰すってことぐらい。
ならこの数時間、彼はどれほどの苦悩を抱え込んだのだろう。
貴公子たちは皆旧知の仲だ。
青春を共にした不遇な幼馴染たちと東に残る愛しい家族、どちらも彼には大切な人…
「ゲルハルト。薬は渡さないで。その代わりレシピを渡す。調薬のレシピ」
「ウルリッヒ様!そ、それは…」
「あなたの家族を危険にはさらせない」
「で、ですが…」
「調薬のレシピには神官長の印が押してある。本物だってわかるはずだ」
「薬を渡すのと何が違うのです、それは」
違うも違う。大違いだ。
「まあみてて」




