病の出所
「どうしようオジー…こんな展開になるとは思ってもみなかったんだけど…」
エマニエルめ…
思えば墓所の時もそうだけど、ことごとく僕の計画に介入するな…何この腐れ縁!
「まあ待てウーリ。君が言ったんじゃないか。どうせ橋の復旧までは何も出来ないのだから気にするな、とね」
「そうだけど…」
「レシピが欲しいというならば渡せばよい。暑期はもう目の前、《《その時》》はすぐじゃないか」
「問題があってね…」
「分っている。肝心の病だな」
「使いが早すぎて罹患者がまだ居ない…」
そのために今や農奴となった先住の貧民たちには予防薬を飲ませて無かったのに…
あ、誤解しないでね。唾液さえ手に入れたら治すつもりだったよ。再生の力でね。
「それなのだがウーリ。私が思うにこのレシピはむしろ今渡すべきだ」
「オジーがそう言うなんて意外な提案。その心は?」
「これも君の言葉だが…」
黙って話を聞いていたエドがお茶を淹れる。ウル様も心配そうに、僕とオズヴァルトの、まさに今後の鍵となる話し合いに耳を傾けている。
「火薬武器と病は同時期、そう言っただろう?」
「言った…けど?」
「非情にして冷酷な王が火薬武器を知る、それが運命の歯車が動き出すきっかけ、そうじゃないのか」
なるほど…
確かに、もし運命に因果があるならこれこそがそうなんだろう。
王は硝石を肥料じゃなく武器にしようとした。それも一度に大勢の命を奪える恐ろしい武器に。
国を護るべき王が国を戦禍へ導く選択をした。だから神はあの王を、王朝を見限ったんだ。
「君はレシピを渡す旨を彼に伝えるがいい」
「オジーは?」
「騎士団と共に中央部へ行く」
「えっ!何しに?」
「レシピを手にしたオットーは硝石をも持ち帰ろうとするだろう。ここからならば行き先はグレーデン領主邸ではなく弟の子爵邸だ。硝石は乾燥地帯で採掘されるのだからな」
「うん」
「ウーリ、君の言う前世軸で硝石を病と共に運んだ者こそ恐らくそのグラーツ子爵だ」
「あ!」
そうだよ!王の命による硝石の献上。王城にあがるなら貴族が運んだはずって僕は思ってたじゃないか!
「今回当主家族たちは予防薬をすでに服用している。が家臣や領民たちはまだのはずだ」
薄めた薬は効き目が弱まる。だから予防薬入りの炊き出しは暑期の直前に行うよう伝えてある。せめて雨期の終わりまで持ちこたえられるように…
病はここ神殿都市が発生地点とされているが、同じ気候を持つ西辺境内なら熱帯病の発生条件は大きく変わらない。
「いいか。神殿都市で病が壊滅的に広がったのは雨期に端を発する」
蚊の大量発生…野垂れ死ぬ貧民…埋葬されず積み上がる遺体…腐食をよぶ湿気…さらに発生する病…そこにあるのは悪夢の連鎖。
西辺境平原部とこの半島部には間に広い乾燥地帯がある。
そこを治めるグラーツ子爵が言うには、乾燥地帯の雨期は、雨期と言っても降水量は非常に少ないらしい。
また乾燥地帯における暑期の気温はどこよりも高く、あらゆる動植物にとって厳しい季節だとも言っていた。なら虫にとっても同様だろう。
その上神殿都市は石塀により隔離された都市。
「つまり乾燥地帯は拡大を免れただけで病自体は同じように起こるのではないか?」
「その通りだ…」
「ウーリ。罹患者の特徴を言え。私が探してこよう。何、子爵に付き従う誰かということは分かっているのだ。探すのは容易い」
「で、でも!」
「ぼ、僕も行きます!」
ギョッ「ウル様⁉ 」
「兄さん!」
「あの病のことなら正直…エミルより僕の方が詳しいから。失敗は許されないもの」
確かに…アルトゥールの陰謀で次から次へと罹患者を癒し続けたウル様は誰よりもあの病に詳しいだろう…
「け、けど…」
「エミルが罹ってるのも見抜いたでしょう?」
確かに…、演技力には定評を持つ僕の罹患に気付いたウル様の視診は神業だ。神子だけに…
「ふふ、唾液を採るのも初めてじゃないし」
笑うところだろうか、ここ?
「エミル、君の言葉に甘えよう。だからウーリ、君はオットーをここで見張ってくれるか」
「分った。二人に任せる…」シブシブ…
「…そんな顔をするんじゃないウーリ」
「そんな顔って…」
「君は自分の身は省みないのに私のこととなるととたんに不安そうな顔をするのだな」
「…心配なのはウル様だけど…」
「ふふ、そうか?」
そうじゃなきゃなんだっての!
「すぐ戻る。心配するな。エド!馬の用意を!」
チュ
「!」
バタン
……今オジーは僕のおでこに…何をした?
どうやら新時代の王は手癖がよろしくないらしい…。…あれが無意識なら恐ろしいな…
いやいや!今はこうしちゃいられない!
書き上がったレシピを手に、あてがった家屋へと向かう。もとは前世軸で王城から手に入れたレシピだけに、これは返却とでも言うんだろうか?
「あれ?君は…」
「ごきげんようウルリッヒ様。良い夜ですね」
オットーの空き家の近くで出会った彼は貴公子の一人、名をゲルハルトという。
「なにしてるのこんなところで」
「メイドに代わってオットー殿に夕食を運んだのですよ。彼には以前野犬から助けていただきましたので」
以前とは共に旅した一ヶ月のことだ。あれでも一応宮廷がつけた護衛だからね。
「もうそんな時間か…」
陽が落ちる…。オジーは上手くその人物を見つけただろうか…
オットーを見張るのは僕の役目。
と言っても、オットーは一人だし、あいつらみたいに僕に斬りかかりはしないだろう。
罹患を恐れて出歩かないのも本音だろうし。
コンコン
「答えはでたか、神子ウルリッヒ」
「まあ…」
「神子とは利口なものだな。あのマルレーン様も様々なことに精通していらしたが…」
「面識あるんだ…⁉ 」
「王城神殿にいらしたのだ、当然だろう」
マルレーン様はほとんど神殿の外へお出にはならなかったようだが、オットーは王妃の使いでマルレーン様を訪ねたことがあるらしい。
「だがあの方はお前と違い植物のような方であられたよ。物静かな…何を思い何を考えているか少しも読めぬな。…気味の悪い」
リンデンの旦那様と同じことを言うんだな…
「神子を気味悪いって思う奴こそ人の心が無いと思うけどね」
「なんとでも言え」
「まあいいや、ほらこれレシピ。悪用しないでね」
「それは王がお決めになることだ。いちいち講釈を垂れるな。お前はそれだからこんなところに棄てられたのだろう」
「うるさいな」
「いくら街の体裁を整えたところで雨期に入れば全滅する。そこに残るのはお前だけだ」
オットーに予防薬のことを知られるわけにはいかない。ここは黙って言わせておくところ。
「ここには僕が居る」
「ハハハ!再生の力は無限ではない!力を惜しまなければお前は死ぬ。《《誰に》》使おうがな!」
この口ぶり。つまり王妃から僕の自己再生について聞いてるってことか。…仕込んだ情報だけど…
「お前さえ死ねばここは終わりだ。整えた街も…逃げ出した鴨もな」
「鴨…それってオズヴァルトのこと?どういう意味?何をする気!」
「おっと、無駄口が過ぎた。話は終わりだ」
つまり制圧にかかるってことね。大軍引き連れて。
馬鹿め。そんなのでいちいち徴兵される王城近隣領の農民兵が気の毒だっての!見てろ!その前に片付けてくれるわ!
お前ごとな!!!




