降って沸いた災難
猶予の無い中、エミルを私の前に乗せ騎士ブルクハルトを伴に子爵邸を目指す。
昼に向こうを発ち到着したのは夕刻。陽が落ち始める頃だ。
「先ぶれも無くどうなさいましたか騎士殿」
私たちは人々を驚かせぬよう頭から外套を被りここへ来ていた。それを脱ぎ捨て正体を明らかにする。
「これは!殿下でございましたか!何用でございましょう。なんなりとお申しつけください」
「グラーツ子爵、すまないが今すぐあなたの従者、護衛、屋敷付きの人夫を集めて欲しい」
王子のお出ましとあって子爵の動きは実に素早い。
居間に集められたのは二名の従者と十名程の兵、そして五名程の人夫だ。
「人夫はこれで全てか」
「いえ。後は通いの者、臨時の者が若干名」
「もし王城への献上があればその者たちは同行するか」
「いえ致しません」
「ふむ、では参殿の際はこの中の誰かを同行するのだな?ではこれで構わぬ。エミル、後は頼んだ」
「はい」
二時間ほどの問診と視診、触診でエミルはその人物を特定した。
継続している頭痛…極度の疲労感…そして二日前から続く下痢…
「間違いありません。頭痛や悪寒は流感でも同じですけど…息切れがでるのはあの病だけの特徴です」
あの微かな息切れに気付いただと!
…やはりエミルを同行したのは正解だったか。私ではそこまで見抜けなかっただろう。
「ではこの紙に唾液を吐いて下さい」
エミルは、手に入れた唾液を木の棒きれでひとなですると、透明な牛の組織と砂糖を混ぜてあるという水のような物体に塗り付けていく。
「それはなんだ」
「これは菌を増やすためのものです。調薬などで実験に使います。念のためです」
流石は元神子と言ったところか…
こうして唾液の採取を済ませると私たちは即刻馬にまたがった。
「殿下!こんな暗闇を戻るのですか!」
「時間がない。助かったぞ子爵!」
時刻はすでに夜、私たちは夜が明けるまでに戻らねばならぬ。
馬を飛ばし、ようやくトチノキの防災林へ入ろうかという時だ。
「何者かが林の中に身を潜めているようです」
斥候として先んじた騎士ブルクハルトが小声で告げる。
「殿下、私が相手をしている間にどうか林をお抜けください」
「うむ。よいかエミル、私を離すんじゃないぞ」
「は、はい…」
林へ突入するとブルクハルトはその不審者に向かって馬をいななかせる。
「そこにおるのは何者か!ここは王子殿下オズヴァルト様、神子ウルリッヒ様が滞留される西の神殿!不埒な真似は許さぬぞ!」
ガサリ…
「私は架橋の進捗を確認するためこの西辺境へ参った者。だがどうもこの禁忌地には不穏な動きをする不心得者が多数存在するらしい」
「何のことだ…」
「…はっきり言おう。外套で隠しても無駄だ。そこに居るのは庶子オズヴァルトで間違いないな」
庶子オズヴァルト!
なるほど、王妃の私兵か!
オットーには同行者がいたらしい。
男は白昼、子爵邸へ出向く我々を隠れたまま覗き見ていたという。
「捨てられた貴公子たちを使って何をしようとしている?」
「…何のことだ」
「いまさら隠しても無駄だ。この隔離された西の禁忌地から幾人もの貴公子たちが出入りするのをこの眼で確認している」
男は予防薬を配るために西辺境を奔走する貴公子たちを、私の命を受けた何かの動きと考えたのだろう。
「オットーめ…コソコソと何を企んでいるかと思えば手柄を独り占めするつもりか!」
「我らはここでただ安穏と日々を送っている、考えすぎだ」
「黙れ!王から印を賜ったことで増長したか、この恩知らずめ!」
これを恩だというのならば、なんと短絡的な男だ。
「お前が死ねば西などはなから問題にならぬ!陛下はお喜び下さるはずだ!ここで仕留めてやる!」
「ブルクハルト!」
「お任せください!」
剣を抜き向かい来る男。ブルクハルトの重い剣を即座に躱すあたり腕だけは確かなようだ。
剣を避けながらも、ただ私だけを執拗に狙う男。
だが私の後ろにはエミルが居る。
ウーリの宝であるエミル。
彼に傷ひとつでもつけたならウーリは私を許さぬだろう。
「させるか!」
エミルを庇う私の腕には次々と剣傷が入る。
「しまった!」
「オズヴァルト様!」
不意を突き弾き飛ばされる剣。だがすぐにブルクハルトが援護に入る。
「騎士の風上にもおけぬ下劣な行い!たかが私兵ごときでは騎士としての振舞いは出来かねるか!」
「なんだと!私たちは侯爵家の精鋭!王城の騎士にも引けはとらん!」
男は易々とブルクハルトの挑発に乗ったようだ。
「ブルクハルト!息の根を止めろ!」
この男をここで逃すわけにはいかぬ!王が進軍を早めては全ての計画が瓦解する!
「!」
「エミルどこへ行く!離れるな!」
ドサッ
馬を飛び降りたエミルは上手く着地することが出来ず地面を転がる。が、すぐに立ち上がると私の剣を持ち上げた。
「何をしているエミル!」
手にしているのは唾液を含んだ紙片だ。エミルの行動、彼は剣をその紙片で拭っている。
「オズヴァルト様!これを!これをお使いください!」
「エミル…」
「致命傷でなくとも構いません。せめて一撃!」
そういうことか!
ブルクハルトと二人、前後から挟み込めば嫌でも隙は生まれる。
「うぅっ!」
背を狙った私の剣。
奴は深手を避けたが、その状況に不利を悟り逃走を図る。
「待て!」
「ブルクハルト、追わなくてよい」
「ですが…」
「手は打った。エミルの機転でな」
とんだ無駄を食ってしまったが急いで戻らねば。
夜明けとともにオットーは発つ!




