神殿都市の近況
いろいろ検討を重ねた結果、やっぱり念には念をでその大事な使命に教会の飛脚を使うのは止めることにした。
その代わりとして…
プリムラの花が咲く頃。
貴公子のユルゲンとフェリクス、そしてエアハルトが予防薬を持ってついにここを旅立つことになった。
彼らは嫡男たちの従者としてここへ連れて来られた、もっとも王家に恨みの深い青年たちだ。
ここに連れてこられた彼らにも大切な家族がいる。直接手渡して服用するのを見届けたほうが、貴公子らも安心だろう。そういう結論に達したためだ。
僕とオズヴァルトの送り先は王城だけに少し警戒が必要となる。
北ルートで進むユルゲンたちには、オズヴァルトからの贈り物として北の辺境伯に、ある包みを手渡すよう伝えてあった。
包みには辺境伯用の予防薬と手紙、それとは別にやはり二通の手紙と二つの箱が入っている。
一通と一箱は王妹殿下に、そして一通と一箱は王城神殿に。
それらは北の辺境伯様の名と封蝋を施したのち、辺境伯邸の持つ専属の飛脚で送られるだろう。
王城神殿への薬は砂糖菓子に混ぜ込んだ特別製だ。
王城の神官たちと宮廷に平素の交流はない。あそこは王城内にあっても独立した場所だ。僕からの特別なお菓子は神殿内だけで消費されるだろう。
彼らはいつも決まった時間にそろってオヤツを食べる。そして聖職者らしく不平等がないよう必ず公平に分配される。だから全員に行き渡るはずだ。
王妹殿下への手紙には王弟宮の分もお願いしてあり、そこには説明書きと共に例の注釈、「王宮側には絶対知られるな」との文面が入っている。
箱はユルゲンたちの出発ギリギリまで作成し続けたかなりの量の予防薬だ。
王弟王妹にはこれの残りを使って城下で大々的な炊き出しを行うよう依頼してある。
スープに混ぜればかなり薄まってしまうがそれでも多少の効果はあるはずだ。
せめて半年逃げ切ればかなり感染の危険は減るだろう。
貴公子たちの家族に渡す予防薬は多めの数を同封しておいた。
薄めて使用人に飲ませるもよし、もしくは大切な誰か、有用な誰かに飲ませることが出来るようにと。
それから…
ナンナー家へも薬を届けてもらう事にしたのは僕とウル様、二人の同意だ。
僕たちは今までナンナー家をむしろ敬遠していたのだけど…(ほら、神子選定の実行犯…的な感じ?)
従者カーステンの言葉を聞いて心象を改めたのだ。
ナンナー家にはナンナー家の事情があって、彼らは彼らで深い葛藤があったのだろうって。
彼らは王を諌め善行を施した。なら救われてしかるべきだ。
ユルゲンらの選んだのは時間のかかる北ルート。だけど三人での身軽な旅なら二か月より遅れる事は無いだろう。
そして北辺境と王城は馬車旅で一か月。以前王城の厩舎で聞いた話だと、あの荒れた路面は馬車には不向き。北の道における馬車の一週間は馬で歩いて二日、つまり北と王城の間は騎馬なら一、二週間だって話しだ。
北の山岳地帯を超えるのに二か月要したとしても、急げば二か月半で彼らは王都につく。
「後は神の意志に任せるほかはない」
「そうだね…」
「西辺境への予防薬配給はどこまで進んだ?民たちの分だ」
「いま必死に頑張ってる」
西の辺境では神への信仰が篤い。それこそ関わりの薄い王家よりも、神こそを己の主と崇めている。
これはやっぱり、神殿都市がここにあったことに関係するんだろう。
そのため神子に対しても強い畏敬の念を感じる。神子の恩恵を当たり前に享受している王城の面々よりもずっと敬虔だ。
だからこそ彼らはこぞって挨拶に訪れたのだし、物資の無い中、精一杯の支援をしてくれたのだ。
領民が全滅しては領主だけ助かったところで無意味。
なのでやはりここでも炊き出し方式で薄めたものを配ることになっている。
それでも西の辺境全域分となると必要量はかなりものだ。
「オズヴァルト様、先ほどご生母様のおられるフォーフェン男爵家に薬を持ってユリアン様が出発しました。どうかご安心を」
「すまないエド。気を使わせる」
こうして薬作りに没頭し続け、おおよその段取りがついた時には、王都への一行がここを出発してひと月半が経過していた。
「オズヴァルト様」
「どうしたベン」
「傭兵グンターより伝達が入りました」
「用向きはなんだ」
「正門に王城からの使いが参っているようです。いかがいたしましょう」
「えっ!」
「王城だと…?」
「小屋で少し待ってもらって」
王城からの勅使は想定内。
なのに何故僕たちが驚いているかというと、僕とオジーは勅使が来るなら西の盟主、グレーデン伯爵のもとと予想していたからだ。
「どうしてここに…」
「王城からの使者ならば西の神殿が禁忌の地ということはわかっているはず…不可解な…」
「それに早いよ!前世軸で硝石が運ばれたのは確かもう少し後。この時期だとまだ火薬の存在を知ったばかりのはずなのに…」
「…ウーリ。橋が落ちた時点で運命には変化があった。それに従い他も影響を受ける。だが些末なことだ」
「う、うん…」
「使いは間に合う。安心したまえ」
「…そうだね…」
「いずれにしても会わねばならぬ。王城の意向を確認しなくては」
「ま…あ…」
「心配いらない。私なら大丈夫だ」
「うん!」
正門の外側、草木を刈り整えた一角には小さな小屋が新設されている。
これは不意の来客をこうして通すためのもので様々な状況を想定している。
例えば来客が友好的な相手の場合。その場合はここで軽い問診をおこない、予防薬の使用歴が無ければここで服用してもらったりする。
また例えば来客が好戦的、または友好を装いつつもどこか胡散臭い場合。その場合はここで用件を徹底的に確認することになる。あと持ち物の検査ね。
今回は後者だ。どう考えても王城からの使者が友好的な相手のはずがない。
「殿下、所持品の確認は済んでおります。危険なものは見受けられません」
「うむ」
「身元も確認済みです。王城からの使者で間違いありません」
門番はガタイの良い傭兵たちで持ち回り。今日の門番はもっともでっかいグンターだ。
「よし、開けよ」
ギ、ギィィィ…
「あっ!」
重い重い正門の前に姿を現した王城からの勅使。それは…
「まさか…」
「お久しぶりですな。ウルリッヒ様」
王妃の私兵、オットー!




