忙しくも平穏な日々
丘の頂となるこの神殿部は日一日とかなり整備が進んでいる。
柱だけになっていた海側の神殿。現在五分の一ほど屋根の掛かったこれは、オズヴァルトが言ったようにまるで大きな四阿で、そこは屋外会議場として使われている。
集うのは辛酸をなめた貴公子の面々。彼らはこの小さな神殿都市の役人たちだ。貴族子の彼らは多くが領地経営を学んでいる。まさにうってつけと言えるだろう。
特に力を発揮しているのが内乱罪により爵位を失った家門のご子息たちだ。
だが彼らの父親こそが国の未来を憂い行動をおこした真の志士といえる。そして行動を共にした彼らもまた…
「カーステン、なんかご機嫌だね」
「ええ。実はオズヴァルト殿下が家門の再興をお約束くださったのですよ。もっとも働き次第ですが」
「臣下の頑張りに応えるのが王の役目だもんね」
「二度と陽の目は見られぬと諦めておりましたが…このような機会に恵まれるとは」
「ご家族は?」
「父は処されましたが母と弟妹は遠縁の家に身を寄せております」
反乱側の家門といっても処分は様々。平民落ち…労役…。後方支援の家門などは財の没収で済んでいる。(それはそれで没落まっしぐらだけど)
処刑されたということは…彼の父親は中核の人物だったのだろう。
「こう言っちゃなんだけど…よく君たち生き残ったね…」
「…王は一族郎党の処分を望まれました。それをお止めくださったのが大司教様、そしてナンナー伯爵です」
「ナンナー伯爵⁉ 」
い、意外な事実…
あの偏屈そうな伯爵は神子しか頭にないと思ってたのに…
「伯爵は王にこう仰ったそうです。神子の命だけではまだ流れる血が足りない、そうお考えか、と」
「!」
直系のマルレーン様は現当主の孫娘。そもそも彼は三女だった娘も神子として亡くしている。
…平気じゃなかったってことか…
彼はあれほど軽々しく搾取される孫娘をどんな気持ちで見守ってきたのか…
「ナンナー家にそう言われては王や大臣も強行できなかったのでしょう。その腹いせがこれ、西送りです」
フー…「そう…」
「家族が助かっただけでも感謝しています。母は言っていました。今代の神子が傍系なのはマルレーン様を失ったナンナー家がお示しになった答えだと」
神子を選ぶのはナンナーじゃない。だけどそこに神の意志は確かに働いたんだろう。
それで選んだのがウル様…いや後ろに控えるこの僕とは…神様なかなかやるじゃん。
「早く呼び寄せてあげたいね」
「ええ。そのためにも殿下には必ずや勝っていただかなくては。私の持てる力全てでお支えします」
オズヴァルトはうまく彼らの士気を高めているようだ。
そして壁はあるけど屋根が無かった一番小さな神殿。ここは屋根をかけ終え予防薬の調薬も含めた衛生棟として使用し始めている。
ここの管理者は僕で、実働はエドとエミルだ。
「兄さん、咳止めの薬出来上がりました」
「はーい。デニスさんこれを朝晩二回飲んでね。お大事に」
「ありがとうよエミル」
「仕事は慣れましたか兄さん」
「うん。パン屋といっしょだもの、楽しいよ」
「調薬に問診…朝から続いてお疲れでしょう。お茶をお淹れします。休憩にしませんか?」
「エ、エドも…その…疲れた?大丈夫?」
「ふふ、兄さんの笑顔で私の疲れは癒えました」
「ばか…」ポ
…うん。兄弟仲…は順調だ。
「あー、ゴホン!僕も居るんだけど…」
「も、もちろんウルリッヒ様にも濃いお茶をお淹れします!」
そんなついでみたいに…
この衛生棟、早い話がみんなの治療院ね。
ちょっとした体調不良はここで問診して生薬を出すのだが、まさかここであの問診票が役に立つとは…
ここを衛生棟にすると発案したのはオズヴァルトだ。彼は僕に再生の力を使わせないよう考えているのだろう。
『君主邸』の庭にそのためのハーブ園を整えたのはウル様とエドの二人。このハーブ園をどうやってニャンコたちから守るか、それが目下の悩みだそうだ。
そうそう。ニャンコはこの神殿部をきままに出歩いている。
けど不思議なことに彼らはこの神殿部から下、広場には下りていかない。
「ねえエド、神殿のネコが他の場所行かないのはどうしてだと思う?ネコは自由な生き物でしょう?」
「兄さん。神殿に飾られたレリーフの文字を解読したのですが古代あの神殿で猫は厄除けとされ大切に飼われていたそうです。それも何匹も」
「厄除け?」
「恐らくは病を運ぶネズミや毒を持つヘビと言った害獣から尊い方々を守ると考えられていたのではないでしょうか」
ピクリ
…病避け…なるほど、意味深長だ。
因みにワンコは緑の丘まで自由に駆け回り都市民の癒しになっている。
ウル様のワンコはビーグルやダックスなど狩りの手伝いをする犬種が多い。配達犬のシュナウザーといい、みんな働き者だ。
うちのワンコたちだが王城神殿では外部の人が来るたびキャンキャンと吠え続けていた、大変気の強い番犬である。当然ここでも不審者避けの番犬である。
そのため半分は神殿の入り口に、もう半分は麓で飼われ、あの重厚な大門を監視している。
街が整っていく様は見ていて気持ちがいい。
西の辺境、特にこの半島部は一年を通して温暖な気候。王城のある東のように凍える冬を迎えることがない。
十分な燃料を確保できない僕たちにとっては何よりだ。
農奴たちが住むのは丘のふもと付近。彼らは割り当てられた農地で小麦ライ麦の栽培を始めている。収穫となるのは暑期頃だが楽しみで仕方ない。
丘の中腹に住むのが自由民である、ホーフェンやグレーデンからやって来た人たちだ。
男性たちは力仕事と大工仕事全般を請け負い、そして女性たちは家屋周りを整え、また交代で神殿の雑役を引き受けている。
「ウルリッヒ様。ジャガイモもあと少しで収穫できそうですよ」
報告に来たのはお仕着せをきたメイド長、僕の母さんだ。もっとも今は〝ハンナ”と呼んでいるので妙な気分…
「よし。これで暑期までの食糧問題はなんとかなりそう」
「ウーリ。本当にイモを食べるつもりか?」
「麦代わりの主食になるし腹持ちの良い食材じゃない」
「家畜の餌だと聞いているが…」
「オズヴァルト様、ジャガイモはどこでも育って大量に収穫できる不作時の救世主です。私の田舎ではそう言われていましたよ」
助け舟をだしてくれたのはこれまたお仕着せを着た僕の父さん。今は〝ベン”と呼び捨てているが愉快な気分だ。
お仕着せを着た父さん母さんは五歳くらい若返って見える。
人目をはばからずイチャイチャする両親。それを見せられる子の照れくささを少しは考えて欲しいものだ。
野菜以外の食料を調達するのは意外にも貴族子たちだ。だってほら、貴族って狩猟や釣りを嗜むものだからね。
四角い家の四角い煙突。修繕の終わった家屋の釜戸からは煮炊きの煙が漂いはじめている…
「エミルのパン屋ももうすぐだな」
「…なんで知ってんの…」
「エドが微笑ましそうに話していた。ウーリがパン屋?フフフ…」
「…」プク
ハッキリ言うが、僕はウル様の前で少しばかり可愛こぶっている。
何が可笑しい!




