大仕掛け!
運命の日。今日この日まで僕はほとんど部屋から出ていない。
そして早朝、誰もがまだ寝静まる中、僕は雑魚寝する二人へと近づきそっとその身体を揺らした。
「フリッツ、エーリヒ」
「う…むん…」
「ウルリッヒ様、我々に何用でしょう」
「大事な用事があるから今から僕についてきて」
馬に乗った二人とロバに乗った僕。休憩しながら進むこと丸一日。昨日まで降り続いていた雨はすっかり上がっている。
領主邸が街道に近いのは幸いだった。目星をつけた場所まではもう少し。
「ウルリッヒ様。もはや陽が落ちましたが…」
「ここは渓谷。危険ですよ」
ここは海へと至る川が脇を流れる山間の道。
現地に来て分かったことだがソルトロードの西寄りは山々に沿って川が流れている。そして最終地点手前で川は大きく弧を描き街道を横切り海に向かう。その川には頑丈な橋がかけられているのだが、谷を抜け橋を渡ったそこからがこのアードラスヘルムで西の辺境と呼ばれる地域だ。
この向こうに古の神殿都市がある。この谷はまるで祝福へ誘う身廊みたいだ…
だがここには祝福を得られない人物が二人残っている。
「じゃあ橋は馬を置いて歩いて渡ろうか」
「もしや…東に戻ろうとなさっておいでですか!」
「荷も持たず馬鹿な!」
それこそバカな考えだよ。なんで僕があんな地獄みたいなところに戻ると思う?アホらしい。
ズ…ズズ…
微かに聞こえた地鳴り。さて、そろそろ海岸線でそれが起こる時刻…頃合いか。
僕は考えていた。東西の分断、そして残る二人の排除、これらを同時に行えないか、と。
「どこまで行くおつもりか!」
「何をお考えか聞かせていただきたい」
文句を言いながらも追従する二人。さあもっとこっちに来い!
「こんな暗い夜道で何をするつもり…ああ、いいから止まれ!」
ピタリ
僕が足を止めれば彼らも止まる。うん。かなり離れた。もういいだろう。僕は彼らを振り返った。
「大嫌いな僕の身を案じるならどうしてオズヴァルトの身は案じなかった」
いきなり話し始めた僕に二人は様子を伺っている。
「彼は王の子、わかってたはずだ。それとも庶子の子は敬う必要ないとでも言われた?」
「なにを仰る…」
「西の果てまでノコノコと…、オズヴァルトにとってこの道中がどういった意味を持つのか…分かってるよね」
「何の話でしょう…」
「いまさら誤魔化しても無駄だ!騎士道はどうした!この薄汚い暗殺者め!」
「暗殺者だと!随分な言いぐさではないか!」
「言い逃れはさせない!」
「なんのことかわかりかねる!」
「王妃やアルトゥール殿下への憂さを我々で晴らすのは止めていただきたい!」
「じゃあ王兄の件は!」
同時に息をのむ二人。
「あ、あれは交易路を襲う盗賊団の仕業!一味は捕縛されたではないか!」
「その通りだ!頭領自ら襲撃を認め刑に処された!下らぬ戯言はよせ!」
王太子の外遊なら、その馬車列は少なくない護衛が守っていたはずだ。
その護衛をかいくぐるなら襲撃者も相応に多勢のはず。
前王が統治した当時の騎士団がそれほどいい加減だとはさすがに思えない。
なら盗賊団の襲撃は本物。
けれど斬りあう混乱の中、覆面をした悪党が何人増えようが誰が気付くだろう。
「王妃が王城へ付き従わせた八人、それは目の届くところに置いておく必要を感じた人間だ!」
「…なにを言うか…」
「お前たち王妃の私兵、おっと、当時は令嬢の私兵と言おうか?お前たちが混乱に乗じ王兄を取り囲んだ不敬者だ!神の眼を謀るか!」
「エーリヒ…」
「何も言うなフリッツ!」
返事はなくとも態度が肯定を示している。…下っ端め…
僕が先にあの三人を排除したのはこのためだ。
お前たちなら釣れるってわかってたよ!
「とどめを刺したのがグスタフだろうがオットーだろうが関係ない!お前たちは同罪だ!汚らわしい!」
「汚らわしいだと?それはお前のことだ!この化け物!出来損ないの神子が!」
「それが本音か!」
グスタフたちに比べ一見従順そうに見せていた二人。
所詮こいつらも同じ穴のムジナ。この瞬間、彼らは後戻りの出来ないところに自分自身を貶めてしまったのだ。
「神の怒りを恐れぬケダモノめ…お前たちは僕の神殿に相応しくない!」
「ははははは!西の神殿になど誰が行きたいものか!なあフリッツ」
「そうともエーリヒ。あの王子もどき共々ここでくたばるがいい!」
救いがたいな…
「この場で決めろ!エーリヒ、フリッツ!全ての罪を悔いて西の神殿で労役につくか、それともここから王城まで逃げ帰るか!」
「バカな子供だ!このような形で我々が王城へと戻れば、これは神子とオスヴァルトによる反逆と見なされ王妃殿下どころか王が兵を出される!」
だろうよ!王兄の件が公になれば困るのは王だ!
「お前は終わりだウルリッヒ!」
「それはどうかな」
ズズズ…ズ
きた!
「言ったはずだ!神の天罰をその身に受けよ!」
「何が天罰だ」
「馬鹿馬鹿し」
ドォーン!!!ド、ドドドドド
「な、何だ!」
「この音はいったい!」
これは山の裏側が崩れた音だ。今頃海側では何か所もの土砂崩れが起きているのだろう。
「神のご意思を冒涜した罰だ!地獄に落ちろ!」
「あ、足元が揺れる!」
「まさか本当に…」
奴らが音のする方を凝視している間に、僕は用意してきた爆弾の導火線に火をつけ、反対側の山に向けて全力で投げつけた!
「まだだ!神の怒りをその目に焼き付けるがいい!」
「なにをウルリッ…」
ドガァーーーン!
「ああっ!」
爆音と共に転がり落ちる岩々。
爆弾を見たこともない彼らには天罰に思えるだろう。
「か、神の怒り…」
「馬鹿!早く逃げろ!」
逃がすものか!僕は奴らの前に立ちふさがった!
「西の領地へは行かせない!東に戻って王と王妃に告げるがいい!神バルデルスはお前たちを見放した!今代の《《王家》》はもう終わりだと!」
「くっ!こうなればお前も道連れだ!」
「僕には再生の力が」
「切り刻んで川に放り投げてやる!」
なにっ!そこには強雨によって勢いを増す水流があった。
「濁流の中で再生したところで何ができる!そのまま大海まで流されるがいい!」
ゲッ!
ヤケクソになった奴らによって振りあげられる剣!
「こ、こっち来るな!罰当たり者!」
「今さら罪が増えようが同じことだ!」
ジリジリと近づく彼らは目が据わっている、こ、怖い!
ガッ「ああっ!」
もつれる足。
「泣き叫べウルリッヒ!」
ヒュッ
ぎゅっと目を瞑り身を縮めた僕の頭上で風を切る音。
か、空振り…?いやこの気配は背後だ!
「!」
「立つなウーリ!下がってろ!」
「オ、オジー!どうしてここに!」
オズヴァルトはエーリヒ、フリッツ、二人を相手取り剣を揮う。
闇夜に響く金属音。
王妹宮で憤りの全てをぶつけてきたオスヴァルトの重い剣。
命を軽々しく扱うこんな奴らの剣に負けるはずがない!
「剣士の誇りを取り戻せばと願っていたが…」
「誇りあらばこそ主を裏切るなどありえない!」
応戦しながらもじりじりと後退する二人。
そしてついに握りしめた剣は、ひとつ、またひとつと弾き飛ばされていく。
剣を受けついに地面へと倒れ込むエーリヒとフリッツ。
ああ…オズヴァルトは約束を守った。「私たちは護り護られるのだな」あの日交わした約束を。
「オ、オジー…」ジワ…
「この馬鹿!」
ビクッ!
「いくら自己再生があるとは言え…一人で来るなどなんと無謀なのだ!」
「ゴ、ゴメン…」
あ、涙が…
「説教は後だ。大丈夫かウーリ」
ヒック「…し、死んだの?」
「致命傷は避けてある。運が良ければ助かるかもな。まさに神のみぞ知る、だ」
「殿下ー!大丈夫ですか!」
そこに駆けつける騎士。なんとオズヴァルトはあの日僕が羽織っていた黒のシーツをマントにし一人隠れて先行していたらしい。
「殿下、あの二人は…」
「そこだ」
「それは上々。では山の異変が広がる前に戻りましょう」
「ちょっと待って」グス…「最後の仕上げ…」
「お貸しくださいウルリッヒ様。それは私めが」
馬の居る場所まで戻りながら騎士たちは山肌をさらに爆破していく。これは念のために山中からの侵入経路を塞ぐためだ。
そうしてこれが少し長めの導火線をもつ最後の爆弾。
「殿下お急ぎを!」
「ウーリ!手を貸せ!」
腕をとった瞬間軽々と抱きかかえられる身体。僕が走るより速いってか?く、屈辱…
鼓膜が破れそうな轟音とともに大きな橋が無残に崩れ落ちる。
それを僕はオズヴァルトの胸の中で見届けていた…
「終わった…」
「いいや始まったのだウーリ」
東西の分断は今ここに完了した。




