それぞれの任務
翌日、僕は途中ですれ違った商人から荷馬車の荷台部分を買い入れていた。父さん母さんの移動手段を確保するためだ。
クッションを敷き詰めたそこに両親が乗る。荷馬車を引くのはここまでポテポテ歩いて来た僕とウル様のロバ二頭。
その日から神官長はオズヴァルトの馬車に乗り、神子の馬車にはウル様が、つまりエミルが乗る。
エミルはもともと神子の世話係。なにも不自然じゃない。
そしてエドはウル様の異母弟。道中を通して関係が向上したとなれば、エドが神子の馬車内で休憩をとってもやっぱり不自然じゃない。
こうして二人は馬車の車内で予防薬を作りため荷馬車に隠している。
予防薬には様々なハーブや鉱石が使われるのだが、中でも要となる素材、それはこの国において不老長寿の象徴と呼ばれる紫水晶だ。
この国でもっとも不老長寿に近い奇跡をもたらすのが癒しの神子である。
そこで人々はアメシストを神子の石と呼んで大切にしている。
神子の石によって病は防がれる。これは何の暗示だろう…
補足だが、ウルリッヒ様がどれ程宝石を保有しているかというと…質の上下はあれど、数にしてざっと五百個ほど。
だってこれは王城神殿に居た四年間分の貢ぎ物。
ウルリッヒ様はやり場のない諸々の鬱憤を、神殿の大人たちを困らせることで晴らしていた。
犬猫を求めたのは最初だけで(ほら、増えすぎるとさすがに大変だから)、後はいつだって宝石をお望みになられていた。この宝石は神殿の壁という壁に「彩りのハンギングアミュレット」お守りとしてぶら下げられていたものだ。
何故なら、金銭のお布施は神殿が受けとるが神子の装飾品は神子に直接納められる。これは小さな嫌がらせだ。
けど神官長たちは、どうせ神子亡きあとそれらは神殿が接収するのだから同じことだと考えていた。
いやー、今回僕が全部持っていくと主張した時の、あの副神官(現神官長)の引きつった顔ったら。
その五百個の内、二百個ほどがアメシストだ。アメシストは癒しの儀式を行う聖堂の壁を飾っていた。貴族たちはそれを自分たちの名誉と考えこぞってアメシストを送ってよこしたのだ。
一回の調薬に使うのはそれを粉にしたうちのほんのひとつまみ。それで十人分は賄えるのだから当分無くなる気がしない。
そしてオズヴァルトと王妹騎士たち…
「オジー、今夜も集会?」
「ああ」
「ここのところ毎晩だね…」
「淋しいのか?」
「ばっ!」
バカ言っちゃいけないよ!なにその自惚れ!
「ウーリ、私は自ら立つのでなく彼らに推されて立った。そういった形にしたいと考えている」
「なんで?なにか意味があるの?」
内心の動揺を誤魔化す、これはいい転換だ…
「彼らは先の内乱で家門の名誉ごと貶められた貴公子たちだ。この決起は私を自由にするためのものではなく彼らの尊厳と矜持を取り戻すためのものでなくてはならない。そう思うのだよ」
「東の都は伝染病で自己崩壊をおこすから彼らが倒すことにはならないと思うんだけど…」
「それは単なる結果だ」
オズヴァルドの言うことは所詮庶民の僕にはなんだか難しい。
けど、彼らが自発的に王家を倒そうとした、その事実こそが彼らの誇りを取り戻すのには必要なのだと彼は言う。
そうして毎夜彼は、貴公子たちを集めて正しい国の在り方、求められる王家の在り方を演説している。
オズヴァルトは王から印を賜った正統な王子!
王妹宮の騎士を両脇に従えて高らかに説く彼はまさしく先導者だ!
その姿を見れば見るほど、彼の言葉を噛みしめれば噛みしめるほど、貴公子たちは現王家に与えられた理不尽さに対しての不満を高めていく。
いずれ誰かが言いだすだろう。「オズヴァルト殿下、貴方こそがこの国を治めるべき器だ」と。
馬車列が西の領地へ入ったその時こそ騎士たちの出番だ。自由に動ける彼らの役目は西側有力者との折衝。
西側の諸侯は力を持たない代りに王家の影響力も薄い。説得次第で協力を得られるかもしれない。いや、してもらう!
よおーし!僕も負けてられないな!
「ようやく着いた…ここが西辺境への入り口…」
そこはまるで西へと誘う門のようにそそり立った、両側を山肌に挟まれた暗い峡谷である。
と言っても、この先は西辺境でも平原部。領主邸などのある拓けた区域だ。
ここから神殿のある半島部へは乾燥地帯を突っ切りあと五日はかかる模様。
いったん僕たちは領主邸で身体を休めることになる。神殿入りの打ち合わせ、人員の補充、必要なことは多い。いきなり何も無い神殿に入ることは出来ないのだ。
先ぶれによって僕たちを受け入れてくれたのはグレーデン伯爵、この西辺境の統括といえる盟主だ。
調度品は少ないが、部屋数だけは多い無骨な屋敷。けれどこの地の屋敷は扉の無い開放的な部屋が多い。
グレーデン伯爵はこの神殿替えを面倒な事だと考えている。
なにしろとんだ出費だ。
まして半島部は禁忌地。一人の領民だって出したくはないだろう。
「伯爵、僕はこの地の民に迷惑をかけるつもりはないです。神殿に仕えるのは神子を尊ぶ敬虔な者だけでかまいません。無理強いはしないでください」
「それでは誰も手をあげますまい。あそこは特別な事情を持つ地。東の方々はお分かりないだろうが」
「それなら現地に居る人々の手を借りるだけです」
「神子どの…彼らは静かに死を待つだけの行き場を持たぬ者たち。税も払わぬ彼らは領民ではない。それも誤解があるようだが」
「分かってますよ。伯爵、僕は全てわかってます。そこが病によって放棄された古の神殿都市だって」
「!」
伯爵は淡々と語られる僕の話に目を見開いた。
ここに来たのは王子に毛嫌いされ王に用無し扱いされた使い捨ての神子、王妃に憎まれ人生を奪われた幻の王子、先の内乱で現王朝の恨みを買った家門の嫡子たち、これは不要物の廃棄行列なのだという、その事実に。
「そうであられたか…宮廷の腐敗はそこまでに…、ああ!だからこのような禁忌地に神子を…!なんと罰当たりな!」
「だからって黙ってやられるつもりはありません。僕たちは生き延びます」
「しかし何が出来る」
普通に考えたらそうだろう。伯爵は僕の言葉をただの負け惜しみと考えているようだ。
「勝算はあります。ですが事がある程度進むまで迷惑はかけたくありません。食材もできる限り自家栽培します。なので肥料を…硝石をご用意くださいますか?出来たら今すぐ」
事情に驚き戸惑う伯爵は「出来たら今すぐ」という部分の不自然さに気が付かなかったようだ。
彼は屋敷の納屋から桶一杯分程度の硝石をお持ちくださった。
僕はそれを持ち部屋へ籠る。僕や神官長、オズヴァルトの部屋はさすがに扉のある個室だ。私的な空間は守られている。
「僕は二か月弱の強行軍に疲れ果てています。生命力回復のためにこれから三日眠り続けるでしょう。決して僕を起こさないよう、この部屋には誰も近づかないように」
「神子殿食事は…」
「僕は自己再生で守られています。気遣い無用です」
「分りました。家人にも近寄るなと言い聞かせておきましょう」
というのはウソで、僕は王城の鍛冶場からコッソリ拝借したある素材を部屋に持ち込んでいる。
ここで種明かしね。
『私室の家具は全部僕のモノだ!全部西の神殿に持っていく!』
無茶を通してすべて持ち込んだ私室の家財。その引き出しという引き出しには予防薬の素材、そしてこの爆弾の素材が詰め込まれていたのだよ。
今からするのは爆弾作り。
誰も近寄ってはならない。たとえオズヴァルトでさえも。
最後の仕掛けが全て終わるまでは。




