もう一つの再会
「なんという事だ…。沖合の地震によりソルトロードの橋までもが倒壊するなど…」
おまけに山は何か所も崩れ落ち海側も山側も道は完全に閉ざされている。
グレーデン伯爵はみるみるうちに顔色を失っていった。
「あなた。交易はどうなります?物資は?」
妻の問いかけに伯爵は直ぐ気を取り直し、ことさら明るく彼女を励ます。
「大掛かりな商隊は当分入れぬな…。なに、北の道がある。稼ぎ時と見れば個人の行商はなんとしても山を越えてこよう」
「では取り急ぎ北の領主様方に手紙を送りましょう」
「マクダ、海沿い、被害を受けた南西の領に至急支援を送るよう手配しなさい」
「分りましたわあなた」
善良なグレーデン伯爵夫妻には申し訳なさの極みだ。断絶理由の半分以上が僕のせいだなんて…絶対言えない…
海岸沿いの狭路は津波と本物の土砂崩れで何か所も堰き止められている。
ソルトロードを挟む両側の山も偽物の土砂崩れにより立ち入り禁止だ。
何より、商隊の通れる唯一の道、ソルトロードの橋が復旧しない限り南側の経路は完全に断たれている。
監視者も居なくなり…僕もオズヴァルトもこれで当分自由だね。
イソイソ「じゃあ僕たちそろそろ神殿に向かいますね」
「もう行かれるのですか」
「これから伯爵大変でしょうし…僕たちのことまで手を煩わせるわけにはいきません」
「そうですか…」
僕たちの前途を憂うグレーデン伯爵。彼は良い人だ。
「伯爵、もし僕たちが夏を過ぎても誰一人欠けることなく元気にしていたら…その時はどうか一度神殿を視察に訪れてくださいませんか?」
「…約束しましょう」
さて、領主邸に滞在したのは結局十日間。
その間に騎士たちは手分けして近隣貴族たちと面会を果たしている。
幻の王子オズヴァルトの決起。
何の力も持たないと思われるオズヴァルトだが、彼の持つ唯一の武器、それが〝癒しの神子”だ。
国の根幹たる神の奇跡〝癒しの神子”。それは近隣貴族の耳を傾けさせるに十分な理由になる。
最古の神殿があるせいか、この西辺境は信仰心が東より篤い。
そして橋の倒壊後それはさらに顕著になっている。
何故なら騎士たちが「あれは神子による神のご意志!我々はこの眼で見た!」そう吹聴して回ったからだ。
それでもまだ近隣貴族の腰は重い。
西辺境の人々は皆、半島部を禁忌の地と固く信じている。
神殿都市の回復と僕たちの生存、それなくして彼らの心を変えることはできないだろう。
騎士たちは交代で馬車列を抜け出し、神殿に運び入れる備蓄品を買い溜めている。
また、不足分は僕の宝石で買い足している。
後は人手…
けっきょくグレーデン伯の呼びかけに手を挙げた領民はほんの十人程度。彼、彼女らは渓谷での〝奇跡”を耳にして神のお側に…と随従を決めた敬虔な人たちだ。
足りないな…
実際には現地の貧民がすぐ労働力になるとは思えない。これではとても都市を興すには足りないだろう…
「神子様、オズヴァルト殿下、出立を一日待っていただきたい」
グレーデン伯が僕たちを引き留めたのは、今まさに出発しようとした時だ。
「伯爵…どうかしましたか?なにか不都合でも?」
「いえ。神子様に面会を願い出ている者がこちらに向かっております」
「癒しの嘆願?」
「そうではありません。つい今しがた先ぶれが参りまして…なんでも支援を持参しているとか」
「ホントに?わぁありがたい!どんな方?」
「この平原部のなかで、もっとも北に小さな領を持つホーフェン男爵夫妻にございます」
翌朝。
その人の姿を見てオズヴァルトはその端正な顔に涙を浮かべた。
その理由なら僕にもすぐ分かった。
だってその人の横顔はオズヴァルトにとても似ている。ヘーゼルの瞳までもが。
「は、母上…もしや母上であらせられるか…」
「…殿下…。あなたを捨てたわたくしは母と呼ばれるにふさわしくはございません。どうぞホーフェン夫人と」
「そのようなことを…」
「恨み言の一つや二つございましょう」
「母上…」
「恥知らずと罵ってくださってもよいのです。全て覚悟のうえこうしておめおめと顔を出したのでございますから」
「何を仰る!ブリッタ様は常々私に言っておられた。私を王妹宮に預けたのはあの時もっとも賢い選択だったのだと。「ゾフィー嬢より強く賢い令嬢を私は知らぬ」そう仰っていた。なのに何故私があなたを恨もうか!」
ブリッタ様の言う通りだ。
王妃の怒りが頂点に達していたあの時、彼女と赤子に逃げ道なんてきっとどこにもなかった。
ううん、放置すればその危険は実家である子爵家にも及んだはず。
あの王妃ならきっと草の根分けてでも赤子と元侍女を見つけ出し…必ずやこの世から抹消したに違いない。
ブリッタ様にとって赤子は同じ血を引く甥。そしてブリッタ様は有名な人道家だ。
王とブリッタ様の関係は良好で、王は今でも妹であるブリッタ様を大変可愛がっている。
そしてそれは社交界でも知られていた事だ。
王城…あそこは最も危険でありながらもっとも安全な場所。
矛盾しているが現実なんて矛盾だらけだ。
産まれたばかりの我が子を喜んで手放す母親なんて居るものか。それは身を切るより辛かったはず。
それでもゾフィー嬢は我が子の未来を優先したのだ。
ブリッタ様はゾフィー嬢の望みに従い彼に嫁ぎ先を告げなかったという話だ。
強い女性だ…
「神子の神殿替えがこの西に決まったこと…そこに王の庶子が王子として同行することを知りわたくしは震えました。こんな夢のようなことが起きるのか…と」
「母上。全ては神子の導きによるものです」
「遠くからでいい。一目その姿をそう願っておりましたが…まさか王妹宮の騎士が男爵家を訪ねてくるなど…」
「騎士に近隣をまわるよう指示を出したのも神子。ああ…神は全てお見通しか!」
こちらを見る四つのヘーゼル。う…偶然だって…
「おお…オズヴァルト…生きて会えるとは思わなかった…」
「私もです母上。王城の外であなたに会える日が来るとは…ウーリ」
「は、はい!」
「もう何度目になるかわからぬが…心から感謝する…」
ようやく再会を果たした親子は抱き合いながら涙を流し続けている。
僕はそっとその場を離れ…物音を立てないよう静かに扉を閉めた。




