脱兎の逃走
予想以上に上出来の結果。二人排除できれば良い方だと思ってたのに…やっぱりトチノキ並木は幸運の道!
さあ!ここからは一分一秒でも早くこのギーレン領を出なくっちゃ!
エドヴィンは気を失ったエミルを家に送るため、エミルとエミルの両親を現場の荷馬車に乗せて先にこの場を離れている。
伯爵と僕はここへ来るのにギーレン邸の馬車でなく神子専用馬車を使っている。これは領民への宣伝目的もあったが、実は理由がもう一つ…
「すぐに出発されるのですかな?」
「騒動で時間も取られてしまいましたし陽が落ちるまでに宿へ向かわないと…」
「もっと有意義な時間をお過ごしいただきたかったのですが…残念なことです」
「…ギーレン伯、僕たちが立ち寄ったばかりに騒ぎを起こして申し訳ありません」
「いやいや。神子様は何も悪くございません」
そんな会話を交わしているうちに馬車は屋敷へ。伝言を聞いていたギーレン邸ではすでに僕を待ち構えている。
騎士たちは馬上で待機してるしオズヴァルトもすでに馬車の中。
屋敷の使用人が並ぶ中ギーレン伯が僕の馬車から降り、入れ替わって乗車するのはマッサージを終えた神官長だ。
「ギーレン伯、彼らは庶民を見下しています。手加減なく締め上げてやってください」
「心得ました」
そうして別れの挨拶を二言三言交わすと馬車は即刻走り出した。
さようならギーレン領!ありがとうギーレン領!必ず再訪します!数年たったら…必ず…必ず!
元気に完成した病院を見に来ますから!
さて。
神官長は気付いていないが、前を行く王子殿下の馬車は…車体が行きよりかなり沈み込んでいる。
それは何故か。
…実はあの馬車にはエミル一家が乗っている。
あの時…
私兵たちの捕縛騒ぎにその場の全員が注目する中、エドヴィンは前もって渡してあった紙片の指示通り、一家とともに彼らの家からエミルの持つ陶器の子豚を持ち出し、今度は大急ぎでギーレンの屋敷へ向かったのだ。
そしてオズヴァルトの指示を受けた騎士の誘導で、三人は誰にも知られることなく王子の車内に身を隠していた。
ここで明かそう。
何故オズヴァルトが屋敷に残ったか。それはエミル一家を馬車に隠すためはもちろんだが、主となる理由は王妹宮の騎士たちに僕との計画を打ち明けるためだ。
僕は前世軸の色々から疑り深い男だ。
たとえ宿でも壁に耳あり…あの王妃の兵たちが居る空間で油断は禁物だと考えていた。
そして貴公子たちの前でも話したくなかった。だってもしかしたら一人ぐらいは密偵が混じっているかもしれないじゃない?お家の再興を餌にされて…とか。
わかるだろうか。別動隊の彼らは《《王家が選んで》》同行させた人員、無いと信じたいけど《《異物》》が混ざっててもおかしくない。
じゃあ王妹宮の騎士はどうだろうか…
彼らは王妹ブリッタ様と長年歩んでこられた執事が、「オズヴァルト様をお護りせよ」と選んだ騎士。
そして神官長と王は今じゃ反目し合う仲だしエドヴィンは自ら同行を願い出た特別枠。こちら側だ。
そう!今ここにいるのは王と王妃の息が届かない人物!
僕のさかのぼりとか入れ替わりとか、話せないことはいっぱいある。
それでもこれが神子を見送るためじゃない、西の地に定住し自由を得るための革命なのだと、ようやく彼らに明かし協力を仰ぐ日がきたのだ。
そしてオズヴァルトの役目はもう一つ。彼はギーレン伯爵の息子マンフレートに、今から病院建築現場で何が起こるか、僕が何をしようとしているか、それらを打ち明けている。
これは以前神殿で耳にしていた情報だが、彼マンフレートは忙しい父親に代わり、領内の裁判に際し予審を全て引き受けている。(この国では領主が裁判長なんだよ)
そこでマンフレートに、裁判まで罪人には誰も近づけないこと、裁判まで一か月半、せめて一か月くらい引き延ばしてほしいってことをお願いしてもらった。
そうすれば仲間が(この場合オットー)同僚の始末を終え馬車列に戻ろうと後を追っても、土砂崩れに阻まれるってワケ。
マンフレートはオズヴァルトより四、五歳年上の実直な人だ。オズヴァルトのおかれた状況を正しく理解し、それがどれほど理不尽であるか思い遣ってくれることだろう。
さて、神官長相手に現場での出来事を、まるで吟遊詩人のように話して聞かせている間に馬車は宿屋へ到着する。
今頃オットーはエミルの居所を探しているに違いない。
けれど、町民のほとんどが『癒しの神子』そして…『捕縛される王家の近衛』という痛快な出し物を観に現場へ集まっていた状況の中、エミル一家は誰にも会うこと無くそっと姿を消した。
身の危険を感じて逃げた、誰もがそう思うだろう。
奴が逃亡の協力者を疑うとしたら一番が元主人の僕だろうけど…
ギーレンのお屋敷では僕の馬車から伯爵が降り、代わって神官長が乗り込むところを家人全員が見ている。そのために自分の馬車を使ったのだ。
そしていくらなんでも庶民のエミル一家が、面識もない王子オズヴァルトの馬車に隠れている、とはさすがの奴も思わないだろう。
となると今日明日でエミル一家を探す事はかなり難しい。だってギーレン領にある乗合馬車と貸し馬車、そのどれにも一家は乗り込んでいないんだから…
そんな僕の目の前では懐かしの対面中。
「おお!エミルではないか!」
「お久しぶりです神官長」
「まさかここに来ておったとは…」
「僕こそ驚きました!まさか神官長とウルリッヒ様が王城をお出になるなんて…」
フフフ、その件は後で詳しく!
「ところでウルリッヒ様、これは一体…」
「神官長、さっき話したグスタフに斬られた領民とはエミルのことです」
その一言で僕が癒しの力を使ったことはバレバレだろう。だから話した。エミルが色々王妃まわりのヤバイ秘密(王兄…は伏せたよ)を知っていることを。そのためエミルを殺そうとして、今も尚オットーが狙ってるってことを。
魂が浄化された神官長なら事の深刻さを察するはずだ!
「だから連れて来ました」
「ふむ…、この悪童は城内の破廉恥な話ばかりを集めておりましたからのう。まったく。だから何度も止せと言ったものを」
じぃぃぃ…
こっちみないでウル様…
貴公子たちにも事情を話すが、それを聞いた残る王妃の私兵、エーリクとフリッツはかなり動揺している。
言っちゃってよかったのかって?もちろん二人の見張りは王妹宮の騎士ラインハルトにお願いしてある。
けど、この二人は五人の中で一番下っ端。ここまでの道中、逐一オットーに指示を仰いでた。僕にもっとも従順だったのもこの二人で、今はどうしていいかわからず、オットーが戻るまでは極力大人しくしとこう、そんなことを考えているに違いない。
因みにあの暗殺未遂の夜、王妹宮までオズヴァルトを背負ったのがエーリクだ。
「皆さん、今日は色々あったので僕の部屋にエミルを寝かせてエミルの両親にも一部屋与えます。いいですね」
「承知しました神子様」
ってことで…
コソッ「エドヴィン、神官長がお休みになられたら僕の部屋に来て」
「畏まりました」
真夜中の会談が始まる。




