ギーレン領での計略 ③
「お前たち馬鹿な真似を…」
「だがあれは!」
「そうだ!仕方がなかった!」
オットーはこれ以上無いってくらいの渋面をつくりグスタフたちの前に立つ。
「引っ立て牢へ連れていけ」
無慈悲に告げられるギーレン伯の言葉。それを聞いて見苦しく救いを求める二人の罪人。
彼らはオットーに王妃から取り成してもらえるよう必死に懇願している。
「頼むオットー、王妃殿下にお伝えしてくれ!」
「我々をギーレンの牢から出してくれるよう頼んでくれ!」
馬鹿だな…、あの王妃はこうなった以上簡単に奴らを切り捨てるタイプだって。そんなの分かってるじゃないか。そしてそれは王妃の信者であるオットーも十二分に理解してる。
正直僕は、剣を抜くのはこの二人のどちらかだと最初から思っていた。あの森でオスヴァルトを前後で挟み込んだ二人。そして道中もっとも短慮で感情的なのがこの二人だったからだ。
だからこそ僕はこの二人にはことさら意地悪を仕掛けてきた。
彼らが自分たちより下と見下している王妹宮の騎士たちの前で、「僕のワンワンによくも石をぶつけてくれましたね」と言って一時間立たせたこともある。
彼らの理性は限界だったろう。
そこに来てエミルの発したあの言葉…「王兄」
あれは、何故王が王妃の横暴を咎めないか、その根幹にかかわる秘密だ。
僕がエドヴィンに囁いたこと。
それは…必ず助けるから王妃の私兵に切られて欲しい、ってこと。
そして一つの指示を伝えた。「王兄は王妃の指示で殺されたと領民に聞こえるよう僕の合図で示唆してほしい」と。
それは僕の知った事実の積み重ねから導き出した推測だったのだけど…図星か。
説明しよう。
王妃は確かに美女だが、顔だけなら第二妃だっていい勝負だ。
確かに王妃の実家は大貴族フォルスト侯爵家だが、名門というなら第三妃だって相当だ。
なのに彼女がまだ王子を産んでもいない頃から、王の周辺では何故か彼女を正妃として認識していた。それはどうして?
僕の疑問はそこから始まっていた。そしてオズヴァルトのために王族周辺を調べていてその考えに行き当たった。
王には王妹ブリッタ様の他に二人の兄弟がいる。
一人は弟、彼は今も王弟宮にいて、王弟でありながら王妹とともに慈善活動と差しさわりの無い外交だけを行い静かに暮らしている。
そしてもう一人が今は亡き王兄。彼こそが本来王となるべき王太子だった人物だ。
その彼は現王がまだ第二王子リカードだった頃、何者かの襲撃により、外遊中に命を落としている。
当時は盗賊団の仕業と言われていたが…どうも匂う。
今代の王族における兄弟仲は良好ではない。当然周囲は第二継承者であったリカード王子の差し金を疑ったが、彼も彼の周辺も疑いようがないほど潔白だった。
東のフォルスト侯爵令嬢、現王妃エメリンが婚約者になったのはこの事件後だ。
新しい王太子となったリカード王子には妃が必要だしそれ自体はおかしくないけど…何か臭う…
王妃の私兵は生家に居た頃からエメリンに誓いを捧げた、元は侯爵家の護衛だ。
彼女は王子妃となって王城へ上がる際、宮廷から配される王子妃専用近衛とは別に、侯爵家から八人ほどの私兵(あと三人いるんだよ)を供なっている。彼らが敢えて「王妃の私兵」と呼ばれるのはそれが理由だ。が、…普通に考えて…必要か?
…王兄が襲撃を受けたのはフォルスト侯爵領と隣領の間にある交易路だ。
エメリンが妃として王城へ上がると、王弟はまだ独身だというのに即刻王族宮へと居を移した。
現王に第二王子が産まれない限り王弟は第二王位継承者だ。それが老王族に近い生活を?何を恐れてる?
前王と前王妃が王太子エラルドを失った失意から数年後退位を決めると、王子リカードは王となり王子妃エメリンは第一妃となる。
そしてその後の王によるエメリンへの優遇の数々…王妃の私兵による様々な闇…
それらを総合して考えれば、リカードの意を汲んで王兄を始末させたのがまだ婚約者ですらなかった一令嬢、その名もエメリン。そこに行きつくのは必然じゃない?
僕でさえ考えたんだから社交界にそれを疑う人は他にもいるだろう。でも誰も口にしない。証拠は無いしとばっちりはごめんだから。
ましてやそれを庶民が知る必要はない。裏側なんか庶民には見えないし聞こえない。
けれど小さな疑念の種はいずれ大きな悪評となる。王妃のために動く彼らにあの瞬間猶予はなかった。そこに加えて分別を失うほど溜まった鬱憤…
バイバイ、グスタフとオイゲン。もっとましな主君に仕えてればこうはならなかったのにね。
あとはオットー…
「オットー、王妃の私兵隊長として躾がなってないんじゃないの。とんだ失態だよ」
「…返す言葉もありませぬな」
「僕たちは予定通りここを去るよ。次の宿に貴公子たち待たせてるし」
「もっともです」
「オットーどうするの?」
「どうするの、とは?」
「グスタフたち放置?ここに置き去り?」
「仕方ありませぬ」
「王妃殿下に嘆願はしないんだ」
「王妃殿下をこのような些事で煩わせることはできませぬ」
なるほどね。ここで王城に帰ってくれたら一番良かったんだけど…
じゃあ二段階目ね。
「些事…ね。さっきの聞いた?」
「何をでしょう」
「ギーレン領は平和の領、だからこそ罪人にはとても厳しいんだって」
「…」
「彼らは権威を笠に一庶民に切りかかった極悪人、違う?」
「極悪人とはひどい言いようだ」
「…僕の元世話係に斬りつけたんだから当然でしょ。これは僕への当てつけも感じる。だから僕は口添えしない」
この一連の出来事にオズヴァルトの関りを疑う余地はない。これは全て僕とこいつらの問題だ。
「殺人と同じ罪で裁かれるだろうって」
「死ななかったのにか!」
「僕が居なきゃ間違いなく死んでた」
「…っ!」
なにしろ左右から二刀だ。さすがに僕も肝が冷えたよ…
「けどね、量刑を軽減する救済もあるんだって」
反応を見せるオットー。仲間への情はまだ残っていたらしい。
「自白だよ。教会の司祭様の前で自ら罪を認めて全てを白日の下に晒せば軽減されるって」
おや…?反応の種類が…変わったな。その黒目は何かを考えている。
「…神子ウルリッヒ様。私はしばしここに残っても良いだろうか?」
「どういうこと?」
「私には隊長として責任がある。彼らの処遇を見届け次第追いかけます故」
「…護衛なら王妹宮の騎士もいるから別にいいけど…」
「感謝します」
彼が何を考えているかなら分かってる。けどその一つは、悪いけど潰させてもらう!
オットーが考えたこと、それは恐らくこの地で隙を見てグスタフたち二人とエミルの口を塞ぐことだ!
王妃の助けが来ないと分かればグスタフたちは過去の悪行を洗いざらい口にしてしまうかもしれない。
そしてエミルに関しては言わずもがなだ。
けど僕はそれほど迂闊じゃない!手はもう打った!
「オットー。裁判が終わるまでここに居ることを許可します。領民、そしてギーレン伯爵にこれ以上迷惑かけないように。王家の近衛として名折れですからね」
「畏まりました」
よし!再び合流できる日(あるかどうか知らないけど…)まで…オットー!さらばだ!




