ギーレン領での計略 ②
「わぁ…けっこう大きな建物ですね」
「神子ウルリッヒ。この建物は病院でありながら奥に親の無い子や働けぬ年寄りを受け入れる住居を備えておるのですよ」
なるほど!学校以外の計画案を全部ぶっこんだのか!
僕たちは今、進捗2割ほどの建物の中、多分待ち合いにあたる部分で日射しを避けていた。
「あのように質の良い宝石を寄付してくださったウルリッヒ様には感謝しかございませぬ」
「運営資金の足しにしてください」
ふと見ると隣でどこか誇らしげなエドヴィン。兄が自慢なのか?可愛いな。とてもあの旦那様の血を引くとは思えない。…って、それを言ったらウル様もだった。
さて。工事現場の周りは領民に囲まれ大変な騒ぎになっている。ほら、城下がそうだったように、ここでも誰もが一目神子を拝んで長生きしようと必死だ。
「僕がここにいることバレバレみたいですね」
「ウルリッヒ様、王家の馬車が来たと街では大騒ぎをしていたようですよ」
「へー、そうなのエドウィン?」
「すれ違った人々が話しておりました」
「神子様の神殿替えは国中が知っておりますので。その馬車に乗る貴人が神子様であるとすぐに気付くでしょう」
まさしくそのために一番豪華なオスヴァルトの馬車も連れてきたんだよ!あれは客寄せだ!
それはさておき、僕が建築現場へ視察に来るとわかれば、絶対三人はやって来るはずだ!懐かしいウルリッヒ様の顔を一目見んと!
「グスタフ、オイゲン、オットー、人が押し寄せないように縄張って警護」
「ただいますぐに」
三人の兵が僕から離れたのを確認して小さな声でエドヴィンに囁く。
『どこかにエミルの両親がいないか探して』
ハッとして眼を見開き人波に視線を向けるエドヴィン。
賢いエドヴィンはこれが極秘なのだとすぐ気がついたようだ。
「あの、伯爵」
「殿下の従者はウルリッヒ様の異母弟であられたな…どうかなされたか」
「いえ、ご迷惑はおかけしませんので自由に見て回っても?」
「構いませんとも。材木にお気をつけて」
僕やウルリッヒ様とはほとんど交流が無かったエドヴィンだが、僕の両親は養育棟の使用人とはいえ、そもそも《《リンデン家》》の使用人だ。
僕たちが神殿に入ってからも両親は屋敷にいたし、本邸の雑役だって手伝っていた。さすがに顔ぐらい知ってるだろう。
時間にすればほんの十分程度。ギーレン伯爵と話しを続ける僕の袖がツン…と引かれた。
「ギーレン伯爵」
「これは弟殿」
「人夫がレンガが足りないとお困りでしたよ」
「それは…、あ、いや」
「伯爵、僕のことはお気になさらず。ここで待っていますからどうぞ御用を」
「これはこれは。ではお言葉に甘えまして。すぐに戻ります故」
エドヴィン。やっぱり彼はとても賢く思慮深い。
僕が長年世話係をしていたエミルを「連れて来い」と言わないのに、何か理由があると考えたのだろう。
二人きりになったとたん腕を引かれ、ある位置からふと視線を向ければそこに居たのは…ああ…
とうさん!かあさん!
そしてその後ろに居るのは…
エミルの顔したウルリッヒ様!
彼は深く帽子をかぶって両親の後ろに隠れている。
護衛や供回りにエミルを知る人物が居るかもしれないと、万が一の警戒をしているのだ。
「エドヴィン」
「はい」
コショコショコショ
「っ!そ、そのような…」
「いいから言う通りに」
「ですが!」
「エミルは分かってくれる」
「…」コクリ…
エドヴィンは言いつけ通りその場を去る。
さあ!残る計画はあと僅か!
「わあー!神子様だよ!」
「あれが神子様か!」
領民の前に姿を見せた僕に押し寄せる人の波。
グスタフたちが必死に堰き止めているが、その間にあるのは強固な盾でなく一本の縄。群衆の圧にはとてもかなわない。
「よせ!こちらに来るな!」
「不敬であるぞ!さがらぬか!」
喧騒の中で声を荒げる王妃の私兵。彼らは制御の利かない群衆に怒りを募らせていく。
彼らがつかえる主、王妃は王族の中でもっとも高慢だ。当然それに仕える彼らも主人に似る。そして彼らは王妃の近衛の中でも裏仕事担当…表で使うには若干血の気が多い奴らだ。
今こそ明かそう。僕がこの日までコツコツコツコツ彼らに嫌がらせをしてきたのはこの日のためだ。何も面白がってたわけじゃない。ほんとだよ?
ここギーレン領へ来る経緯と言い、彼らの不満と苛立ちは今まさに最高潮だろう。任務とは言え、これだけの長い期間、子供の僕にあごで使われ馬鹿にされ、だけどその怒りを〝国の奇跡”である僕にぶつけることはできない。
となったらどうなる?そんなの決まってる。
上役に叱責された中間役人は下っ端に八つ当たりをするのが世の常だよ。
そして今この状況…彼らの怒りが向かう先。それは…庶民だ!
「ウルリッヒ様ー!」
ひときわ高い声。これはエミルの声だ!
「あっ!あれは…エミル!城内をいつもウロウロしていた神殿の下働き!」
「神子の世話係だったあのエミルか!」
帽子をとったエミルが最前に姿を現す。今にも縄をくぐらんばかりに。
「ウルリッヒ様、今すぐそいつらから離れて!」
「エミル?」
「僕は知ってるんだ!そいつらは危ない!」
「側付きを離れたお前が何を言う!」
「エミルこっち来て」
「いけません神子様!お離れください!」
押し問答。場は混乱を極めている。他の領民は何事かと様子をうかがっているし、両親もハラハラしながら見守っている。が、その傍らにはエドヴィンが居る。
「何をしている!」
騒ぎを聞きつけてやってきたギーレン伯爵。今だ!
「エミル!どういうことか言って!」
「僕は聞いたんだ!そいつらは王兄を」
「ちっ!」
「黙れ!」
それは一瞬の出来事。
問答無用でいきなり振り下ろされるグスタフとオイゲンの剣。
ほとばしる血しぶき、群衆の悲鳴、ぎゅっと目を瞑る両親、その後ろではエドヴィンが二人を支えている。
「ギーレン伯!罪なき領民に剣を振り上げた愚か者を今すぐ捕縛しなさい!」
「ははっ!そこの者たち!その兵どもを捕えよ!」
「馬鹿を言うな!こいつはたかが庶民だぞ!」
「そして我々は王妃の近衛!この不敬者が!」
奴らは騒いでいるが知ったこっちゃない。それより急がなきゃ!
「エミルエミル…今すぐ助けるから…」
ぎゅぅぅ…っと抱きしめるエミルの身体。ウルリッヒ様…あの日と同じだね。中身は逆だけど…
消えていく傷跡。目の当たりにした奇跡に領民は感嘆の声をあげている。
カクン…と力を無くすエミルに両親が駆け寄る。
「ウルリッヒ様、久々の再会がこのような…」
「その、エミルは…」
「もう大丈夫。これは奇跡を受けた後の失神だから」
ホッ…「感謝します…」
いつの間にか背後に立ったオットーが冷たく言い放つ。
「神官長の許可も無くそのような…いいのですかな?」
「…許可の無い奇跡なら以前も見たでしょう?もう忘れちゃった?」
「ぐ…」
真っ暗な神殿の森でね。
さて、ここで説明しておこう。
この王政の国で諸侯は王より領地を賜り、それぞれが領を小さな国に見立て国主として治めていく。代わりに王へは献上品という形で様々な物資を納め、有事の際には兵を出す、そういう仕組みだ。
そのため、教会の教えに基づく一貫した国法はあれど、領内における問題揉め事に関してはそれぞれ領内の法が重んじられる。
「領主ギーレン伯、この領における法令はどうなってるの?無辜の民を殺そうとした罪人の処遇は」
「裁判のうえ規定の罰に。殺人であれば死罪に処されます」
「王妃の近衛である我々にこのような…王妃殿下の怒りに触れるぞ!」
「癒しの奇跡によって一命をとりとめたとはいえ、これは殺人も同じ。たとえ王妃殿下の近衛とは言え見逃せませんな」
「目撃者がこれだけいてその中には神子である僕と領主ギーレン伯が居る。言い逃れはさせないよ。王妃に庇いきれるかな?ここは王領じゃない!」
「…そ、んな…」
「まさか…」
もしも王妃が彼らを庇えば…それは王家の腐敗を大っぴらに宣伝するのとほぼ同義だ。やれるものならやってみろ!




