ギーレン領での計略 ①
半時間ほどで馬車は休憩場に到着する。
もちろん毎晩一緒に寝る(語弊)オズヴァルトにこの計画は共有済みだ。
けど、王妃の私兵に余計な疑念を抱かせないため、ふいに思いついたという体でいくことにしている。
ああそうそう。どうでもいいけど神官長と同室で寝てるのはエドウィンだよ。
最年少のエドウィンに雑魚寝は可哀想だし彼は僕の異母弟だし。
それに若い彼なら神官長も雑用頼みやすいしね。
ってことで…
敢えてのみんなが揃って雑談に興じる場、そこで僕はその用件を切り出した。
「すみませんオズヴァルト様」
「ウルリッヒ…どうした」
「えーと、神官長と相談して次のギーレン領では寄付をしに伯爵邸へ寄ることにしました」
「ギーレン伯爵?知り合いなのかい?」
「彼は以前癒しを受けています」
僕は考えてあった通りに台詞を読む。
こんな仰々しい馬車列で行くのは領民の邪魔になること。
お屋敷の方々にこんな大勢押しかけて気を使わせるのは不本意ってこと。
地元の農道を使えば明日の宿屋へは数時間遅れ程度で合流できること。
だから明日ギーレン伯爵邸へは別行動で行くってことを。
「貴公子の方々には先に宿屋へ向かってもらいますね」
「なるほど」
「ですがギーレン伯爵には最大の敬意を払いたい」
「もっともなことだ」
「領都へ向かうのは僕と神官長。それから王子のあなたです」
鶴の一声ならぬ…神子の一声、ってね。オズヴァルトは常に僕と一緒だ。だって僕こそが真の護衛だから。
ギーレン領へ先ぶれを出す。到着は明日の午前中だ。
神子と王子の乗る馬車が護衛なしに隊列を離れるなんてことは当然できない。
十人の護衛はもれなくこちらの守り、…と言いたいところだが、あの五人はぼちぼち排除する必要がある。
はやる気持ちを抑えて迎えた翌朝。
「王妃の兵エーリヒとフリッツ、君らは僕の可愛いワンニャンのお世話でここに残って」
「…犬猫の世話ですか…」
「神子殿、あなたは我々を何だと思っている!」
「なんだもなにもこの世には二種類の人間しか居ません。それは…神子か神子じゃないかです。この世の全ては僕以下。貴族だろうが農民だろうが商人だろうが……王妃の近衛だろうが。おわかり?」
「…」
「…」
絶句…というのを表情にしたらまさにこんな顔になるのだろう。けど事実しか言ってない。
西神殿に足を入れさせる予定の無い五人の衛兵。とは言えこのエーリヒとフリッツは五人の中ではまともなほうだ。
オズヴァルトが言っていたことだが、命を狙われたあの森の中、王家の衛兵として矜持を問うた言葉に、一瞬ためらったのがこの二人だったとか。だから残したんだよ。その性根を見極めてやろうと思って。
対してグスタフとオイゲンは王妃へ恭順を誓ったガチガチに頭の固いタイプだし、オットーに至っては王妃の狂信者だ。因みにこのオットーが隊長格ね。
そんな三人を敢えて連れていくのかって?
まあね。いろいろあってね。
さて、途中の分岐路から道を外れるのは僕、オズヴァルト、神官長、そして護衛が計八人と…オズヴァルトの従者が一人。
オスヴァルトの従者、誰か覚えてるよね?そう。エドヴィンだ。
別動隊から離れ、朝も早くから二時間も歩いただろうか。馬車はそろそろ領の街中へと近づいてきたようだ。
そしてここは曲がり角。案内板にはまっすぐ行けば領都の目抜き通り、曲がれば領主邸と書かれている。
曲がり角を曲がるとそこからはしばらくトチノキの木立が続く。
トチノキ…神具を隠した墓所のトチノキ。トチノキは僕にとって幸運の樹。ならこれは幸運への道だ!
三十分も歩くと木立の向こうに見えてきたのは古びた屋敷。
大きさはそれなりにあるのにどこかみすぼらしい。つまり修繕が出来ていないのだろう。
蹄の音が聞こえたのか、当主夫妻、その息子はすでに並んで出迎え準備に余念がない。
「ようこそお越しくださいました。神子ウルリッヒ、神官長」
「癒しを受けられたのは三年前か…健勝であられたかギーレン伯」
「おかげさまで」
「良かった。僕も治した甲斐がありました」
ギーレン伯は初めて見る顔に笑顔を向ける。特別枠の王子は少し気安く感じるらしい。
「ギーレン伯、私は初の巡行故よろしく頼む」
「お初お目にかかます。王子オズヴァルト殿下。どうぞお見知りおきを」
「うむ」
床はギシギシいうけど清潔なサロン。僕たちはご用意くださった久々のまともな食事を楽しみながら歓談を続けている。
ではそろそろ次の段階に移ろうか…
僕は伯爵にちょっとしたお願いを申し出た。
「ギーレン伯爵、実は神官長なんですが…」
「私がどうかしましたか?」
「神官長はこの一か月の長旅でかなりお疲れです。夜は宿屋ですけどベッドは粗悪ですし…」
「そうでしょうとも」
「なのでマッサージ師を呼んでいただけませんか?時間はまだ余裕があるので」
「おお!ウルリッヒ様…私の身体を気遣いくださるとは…」
「もちろんかまいませんとも」
この国では一部の修道士がマッサージ技術を持っている。聖職者と医術師の境は実に曖昧だ。
それはさておき、腹黒い思いやりの披露がすめば、いくよ!ここからが本番だから!
「神官長がのんびりしている間に僕は建設中の〝誰もが治療を受けられる病院”を見に行こうかな。案内お願い出来ますか?」
「もちろんですとも。殿下は…」
「どうしますオズヴァルト?」
「ふむ…視察をしたいのはやまやまだが私はここに残ろう。王族が出向けば警護が大仰になる」
神子は不死身だから警護は少なくていいんだよね。なんならいらないくらい。
そしてオズヴァルトはさらに続ける。
「エド、代わりに見て来てくれるかい」
「畏まりました」
「では殿下のお相手は息子が務めましょう」
一礼する誠実そうな青年。その姿は三年前と変わらない。
「じゃあそこの三人。グスタフ、オイゲン、オットー、僕の護衛に付いてきて」
「我々が…ですか?」
「フッ、不死の神子殿に護衛が必要ですかな?」
カッチーン!これ何?意趣返しのつもり?
「そう言と思った!じゃあ行こっかエド!邪魔者も居ないことだし王城のあることないこと色々教えてあげる。特に王子アルトゥールの下劣なゴシップいっぱい!」
「ま、待たれよ神子殿!」
「何?」
「弟殿がおられるのを失念しておりました。私がお供しましょう」
「なるほど僕はどうでもいいと。王妃の私兵は僕を相当軽んじているらしい。三人揃わないなら来なくていい。結構です!あーあ不愉快、誘拐犯でも出ないかなー!」
ギョッとする場の一同。けど以前も言ったけど神子に蛮行を働く命知らずは居ない。
「で、では外の騎士たちを…」
「あれは王妹宮の、つまりオズヴァルトの専属騎士でしょーが!あなたたちは王家からこの神殿替えのために派遣された兵。さて、どっちが僕を護るべきでしょうか」
「…我々です…」
彼らはオズヴァルトの見張りで刺客だが表向きは護衛だ。そして往路の護衛対象には僕や神官長も当然含まれる。
オズヴァルトを完全フリーにするのは不本意だろうが、この場合僕を放置する方が下策と判断したようだ。彼らは大人しく馬に騎乗した。
ばかめ。口で僕に勝てると思うな!




