再会前夜
さて、旅の様子をお知らせしようか。
馬車列は順調に歩みを進めている。予定より少し早いぐらいだ。これは偏に、編成の人員が体力のある若者ばかりだからだろう。
休憩三昧の甘やかされたバカ坊ちゃんなどここには一人もいない。嫡男、従者、合わせて三十名あまりの貴公子たちだが、彼らは全員が辛酸を舐めてきた身、耐久性が違う。
「あれ?もう休憩いいの?」
「はい。少し急げば日暮れまでに次の宿へ間に合いそうですし。神子様はいかがでしょう?」
「全面同意。出発しようか」
「お疲れではないでしょうか?」
「大丈夫、僕神子だから」
「ふふ、頼もしい」
こんな感じ。いやー、やりやすいわー!
そんなわけで僕と貴公子たちはすっかり意気投合していた。「ウルリッヒ様は思いのほか人間臭い」「これほど逞しいとは…」と評されたのは誉め言葉として受けとっておこう。
残念ながらエドヴィンとは未だ話せていない。というか…
彼と話すならそこにはウルリッヒ様も同席されるべきだ。今はその機会をじっと待っているところ。僕は焦らない。
そんな道中でも日々の気晴らしは必要である。
「王妃の兵グスタフちょっと」
「…王妃の兵と呼ぶのは止めてもらえまいか」
「だってそうじゃん。いいから僕の大事なワンワン軍団のお散歩宜しく」
「神子どの、我々は今休息を…」
「王妃の兵フリッツ。この子たちは神の使いである神子の使い。神聖なワンワンですよ?」
「ぐ…」
王城を出たからと言って神子の権威を手放したわけではない。事実この中で一番偉いのは、たとえ神官長がいても実質この僕だ!
「言っとくけど一頭でも逃がしたりケガさせたりしたら絶対許さないから」
「具体的にはどうなさるつもりか」
「神の天罰がくだるかもね」
「バカバカしい…」
「よせグスタフ!行くぞ!」
彼らは僕とオズヴァルトの関係に気付いてはいない。でも僕に嫌われている自覚はある。
つまりあの夜の一件のせいで、僕が彼らを『王妃の犬、低俗な暗殺者』そう軽蔑していると理解しているのだ。
おまけに僕は王妃の愛息、アルトゥールに特大の恨みを持つ身。王妃の兵である彼らに八つ当たりするのも無理はないとも考えている。
奴らは僕の嫌がらせを分っていながらも従順だ。だって任務は復路にあり。往路で僕と揉め事を起こしても奴らに得は無い。
というわけで彼らに休息は必要ない。過労で倒れるなら置いてくまでだ。悪いね。
さて、これといった大きな問題もないまま、もうじき一か月が経とうとしている。位置的には三分の二くらい進んだところだろうか。この調子なら思いのほか早く到着しそうだな…と思いながら馬車に揺られる今日この頃…
その前にひとつ、僕にはどうしても寄りたい場所がある。
…だってこの先には《《彼が》》いる。
彼とは、前世軸…というか、僕とウル様の入れ替わり前に神殿へ運ばれてきた、アードラスヘルム中央部、南西に位置するギーレン伯爵領の当主である。
「神官長。次はあのギーレン領ですね」
「さようですな」
「例の誰でもが治療が受けられる医院…最近ようやく予算の目処がついて着手したって聞いてます」
「そのようですな」
「僕はあの志に賛同します。寄付に寄りたいです」
トランクの宝石をほんの何個かね。あー、持っててよかった貢物。
「あのお方は民を思いやる非常に高徳な人物。それも良いでしょう」
おお!自戒した神官長は魂が浄化されている!
この国の貴族は東に行くほど権威が強く、また王家との関係が強固だ。そして西に行くほど権威は弱く、王家との関係も薄弱となる。(遠いし山だし禁忌地近づくし)
よってこの中央部の貴族領とは、そのギリギリでバランスをとる家が多い。
そんな中、このギーレン伯爵はあのウルリッヒ様をして「こんな方がお父様なら良かったのに…」と言わしめた方だ。
彼は自領に、身分の分け隔てなく誰でも受け入れる治療院や学び舎、孤児や老人を集めた寄合住居を作ろうと奔走されていた類まれな人格者で、王都の社交界からは「酔狂者」と笑い者にされていた人物である。
これはウル様と僕が神殿入りする前、チューターの先生とカヴァネスの先生が話していた、貴族の間ではけっこう有名な話ね。
そんなギーレン伯爵が神殿に運ばれてきたのはウル様が神子となられて一年ほどたった頃だ。
彼は重い疾患を持ち、どうみてもこのままでは助かりそうにないと、事態を重く見た彼の夫人はいくばくかの謝礼を持って神殿に癒しを願い出たのだ。
けれどギーレン領はそれまで神殿にお布施をしていない。そして当時の神官長はお布施主義。
領内の税率を他領に比べ、かなり低く設定しているギーレン領の財政はあまり豊かじゃない。
王への献上品も他領にくらべどことなく見劣りする有り様。
そんな状況下では神殿の許可も王の口添えも当然得られない。
すると伯爵の息子が、構想実現のために集めていた金銀を全て持参して追っかけてきたのだ。
「父はその財を己如きに使うなと仰いましたが…父が居なければここまでこぎつけた全ては水の泡。どうか父をお助け下さい」
後継である彼は苦悶の表情で言った。「自分はまだ年若く社交界の信頼と協力を得られないだろう。であればたとえ計画が延期になったとしてもここで父を助けるのが最善である」と。
「これは領民一同からの嘆願でもあるのです。民は父を慕っています。彼らは僅かばかりの金を父のためにかき集めようとしていました。なんとかそれだけは制止しましたが…」
さすがに聖職者である神官長はこの言葉に許可を出した。(お布施は受け取ってたけどね)
こうしてギーレン伯爵は健康を取り戻し、半日ほど神殿で過ごし自領へと帰っていったが、ウルリッヒ様はその人柄にいたく感動され、前述の発言へと至ったわけだ。
小さな領。けれどそこは、領主の慈愛に包まれ誰もが笑顔なのだとギーレン夫人はどこか自慢げだった。夫人のドレスはすっかり流行りの廃った古いドレスだったのに。
これこそ魂の高貴さ。
だからこそエミルとなったウルリッヒ様は…
僕が知っていることはウルリッヒ様も知っている。その最たるものがあの伝染病だ。
そのウルリッヒ様がリンデン家を出て、いつまでも城下に留まるだろうか…答えは否だ。
もうわかったね?ウルリッヒ様がどこを移住先に選ばれたか。
あの日届けられたリンデン家からの手紙…。そのあぶり出しに書かれていた行き先。それは…
〝ギーレン領”




