巻き戻り神子の計画②
その事実を知って彼は絶句だ。王城が、城下にある王都が、まさか伝染病によって壊滅的な痛手を受けるなんて思いもしなかっただろう。
「…なるほど分かった…だから一年なのだな…」
「そう。道中二か月、向こうで一年、それだけあればほっといても宮廷の崩壊は始まる。誰かさんの命を狙ってるどころじゃなくなるよ」
だって東には神子が居ないんだから…自分たちが追い出したせいでね。
「…ねぇオジー、その伝染病ってどこから来たと思う?」
「…西か!西なのだな!」
「そう。今から行く西の地だよ。西から硝石を運ぶ彼らが病も運んだんだ」
西の地で拾ったか…それとも途中で荷に紛れた密航者、蚊に刺されたか…いずれにしてもその死神は東の地へと運ばれた。そして今世軸では計画的に運ばれる。僕の策によって…
「だが君は西に病は起こらないと言ったじゃないか!」
「起こらないんじゃない。今は流行ってないって言ったんだよ」
そもそも人がいないんだから。
風土が変わらない限り熱帯病はいつだって発生する危険をはらんでいる。もちろん今後だって。
「安心して。対策はあるから」
「…それはなによりだ…」
前世軸の末期、そう。ウル様が最後のお茶会を開いたちょうどあの日の朝だ。
王家の、それも上から三人が神殿の貴賓室へやってくるとあって、神官長はそちらの準備に全神経をとがらせていた。
その時届けられた一通の封書。
貴賓室の前室に居た神官長はペーパーナイフで封を開け、中身を引き出…そうとしたところで王の近衛に呼ばれその部屋をほんの五分ほど留守にした。…僕を残して。
ゴシップ集めを生業、ゴホン、趣味とするのがこの僕だ。手紙を盗み見るのなんて五分もあれば事足りる。
そこに書かれていたもの…。それは城下の修道院より届けられた、あの伝染病に有効な予防薬の、まだ未承認のレシピ!
ここで説明しておこう。
この国における科学は主に学術修道院で研究される。
そしてそれは化学であれば大学(文法学校のさらに上)へ、医学であれば《《神子の居る王城神殿》》に送られ、精査され認可を受ける流れになっている。
予防薬と言うからには既に罹った病気を治す薬じゃない。
けどあの薬があれば、前世軸でも病の広がりを抑える一定の効果はあったことだろう。
もっとも直後…宮廷は王家全員の感染でそれどころではなくなっていただろうし、予防薬が市井に公布されるより先に……王家の訃報が公布されただろうけど。
「予防薬…」
「事前に飲めばいいみたい。それで大丈夫」
「どうやって作る」
「問題ない。僕はレシピを覚えてる。試作品なら作って持ってきた」
これでも神殿暮らしは長いからね。修道士たちの手伝いとかも時々してたから調薬は得意だよ。
ホッ「では時期が来たらそれを王族宮へも送ってもらえないか」
「もちろん。神殿の修道士にも送るつもりだったし」
「市井の民にもなんとか配れないか…」
まっさきに〝市井の民”がでるあたりオズヴァルトは善性だ。さすが僕の見込んだ男。
もちろん僕だって罪なき人々を見殺しになんかしたくない。だから、高貴な人々が決して口にしないような下々の食べ物に混ぜて、炊き出し…とかの体で配給してもいいかも。そんな風に考えていた。
「あとは見捨てるのだな…」
「王都で病が流行ればどうせ大半の貴族は領地に避難する」
「領地を持たない貴族や王宮を離れられない貴族はどうする」
「宮廷貴族や大臣のこと?さぁ?僕は別に救世主じゃないし」
「それはそうだが…」
「オジー、宮廷はすでにまともじゃない。王と王妃の顔色を伺う腰巾着かすり寄って利を得ようとする強欲者しかいない。国を憂うまともな人は先の内乱でとっくに粛清されてる」
眉を寄せながらも納得するオズヴァルト。そうだ。あの宮廷にはどのみち未来などない。
「だけどその生き残りの嫡男たちはここにいる!これは神の思し召しだよ!」
「思し召し…神の意思だというのか」
「いい?西の神殿こそが遥か古、アードラスヘルム国にとって始まりの場所だったの。その西から病は来た。これが神の思し召しじゃなくて何だって言うの?」
「ウーリ、だがそれはあまりにも極論」
「だって僕の知るあの病は多分王城を起点に王都全体へと広がったんだから!」
「まさか!もっとも美しく整えられ神殿を有する清浄な王城でだと!あり得ない!」
「絶対そう」
でなければあれほど多くの病んだ下位貴族がアルトゥールによって神殿へ連れて来られるわけがない。
末端貴族の彼らが王太子の目にとまったのは、彼らが王城に職を持つ宮廷貴族だからだ。
「いい?王城の使用人たちが食べるご飯は王族や王族のゲストたちが毎夜豪華に繰り広げる晩餐の残りものだよ?それは知ってる?」
「無論だ」
食べきれないほど並んだ豪勢な料理。その食べ残しは貴人から上級使用人へ、上級使用人から下位使用人へ、下位使用人から下層使用人へと下げ渡されて行く。もっとも下層使用人に行き渡る頃にはろくなものなど残ってないだろうけど。
硝石を運んだ西からの使い。王城に入るからには、たとえ爵位が何だろうと貴族に違いない。であれば当然労いの食事が振舞われただろう。
そして食い散らかされたそれは、《《病原菌》》という隠し味と共にそのまま下へ下へと渡されたろう。
下位使用人は王城中のいたるところで仕事をこなす。窓ふき…床拭き…暖炉の掃除…ゴミ集め…、貴人の目には触れないように、でも間違いなく王宮内ならどこにでもいる。
そうして病は王城中を包んでいったのだ。
そうこうするうち病は出入りの業者などから城下へも運ばれ…、環境の良くない庶民街の、それも下層にいくほど爆発的に猛威を振るうことになる。
これこそ僕が知る前世軸から考えた結論だ。
「すべては王城から…だから神の思し召し、そう思うのだな」
「僕はね、この病は神様からの贈り物だって思ってる」
「贈り物だと!」
「腐敗しきったこのアードラスヘルム国の王家と宮廷を一掃するための贈り物」
国と国に住む人々をまるで自分の遊具かのように扱う傲慢な王。その横に並ぶのは歪んだ自尊心を矜持と信じる冷酷な王妃、そして次代の王たる王太子は…狡猾なキツネに操られるだけの暗愚。この国に未来はない。
長い長い沈黙の時間。彼の胸には今何が去来しているのだろう…
「オジー、新しい王朝、西に立つのは誰だと思う?」
ハッっとした表情のまま固まるオズヴァルト。…時期早々だったか…
でも次の瞬間。何かを決意した顔で彼は僕の手を取った。その目は真剣だ。
「ウーリ、私は簡単にやられない。だから力はあまり使わないでくれ…すでに一度使わせておいて言うのもなんだが…」
「言ったでしょ。貴族が運ばれてこない分余裕だって」
「無理はしないと約束してほしい。神子は民にとって心の支えだろうが…私にとっては君こそが心の支えなのだから」
「僕たちは運命の共同体だからね。分かってる。ちゃんと慎重に、あっ!」
抱きしめられる身体は一回り大きな彼の身体にすっぽり包まれる。
「一緒に歳を重ねよう…約束だ!」
「…う、うん…」
ドッドッドッ…胸の鼓動が収まらない…でも…
…なんか…悪くない。




