巻き戻り神子の計画
行程も十日目、そろそろ王城からは簡単に駆け付けられない距離になっている。
そこで僕はもういいだろうと、オズヴァルトに計画の全容を打ち明けることにした。
「それで…どうするつもりなのだウーリ」
「計画の肝は期間延長だよ。だいたい一年ぐらい」
「それには天災が必要だろう?いくら神子でもそのようなこと…」
「僕は何もしない。でも僕は全部知っている。少なくともこの後二年分の出来事は」
「!」
そう。人生二度めの僕だけは知っている。いつ…どこで…どんな天災があったか。
「つまり…ソルトロードでも何かが起きたと言うことか…」
「厳密には海だけど」
「南西には海があるのだったな…」
「その影響は山にまで及んだの」
「それはどのような天災だったのだ」
「えーとね」
起きたのは地震だ。南西の沖で起きた大きな地震。
それにより海岸線は高波に呑まれ、地元の主だった道はごっそり波に襲われた。さらに地震直前に降った大雨により、二つの刺激で緩んだ地盤は崩れ…海沿いの山々で何カ所もの土砂崩れを引き起こした。それらの復旧には一年以上かかったはずだ。
「っていってもソルトロードを塞ぐものじゃなかったんだけどね」
「…ウーリは正確な日付を覚えているのか?」
「覚えてる」
だってあれは特別な日。前神子マルレーン様の命日だったから。
『命日に大雨と地震だなんて…きっとこれはマルレーン様の嘆きだよ…』
『えぇー?そうですか?僕は怒りだと思いますけど?』
ウル様とそんな会話を交わしたから良く覚えてる。
そしてその一か月後、血まみれの南西領当主が神殿に運ばれて来た。復旧工事で大怪我を負った彼は重傷だった。そのため臣下は一か八かで主を王城まで運んだのだ。
南西の当主、フランケン男爵は、頑固で癖の強い、役人であっても扱い難い海の民たちを良くまとめ、国にとっては海産物の献上と言う大役を担ってきた功労者だ。
神官長は一も二もなく彼を受け入れ…そして彼は瀕死の状態から復活を果たした。
その後半日ほど神殿で休養を取られ帰っていったのだが、その間ウル様は彼に海の話をねだられ、初めて聞く津波の話に僕たちは手に汗を握ったのだ。
だから僕はその詳細を知っている。何時ごろ何があって人々がどう動いたのか、その全てを。
「ソルトロードに起きた災害でないなら意味がないだろう。どうするのだ」
「うーん…爆破?」
「なにっ!」
天災に少しばかりの人災を加えて何が悪い!
僕の行動は何人足りとも邪魔させない。こちとら命がかかってるんだよ!手段を選んでられるか!ってんだ。
「火薬爆弾を仕掛けて山のソルトロード側にも土砂崩れを起こしたうえで街道のど真ん中に大穴を開ける。だから急いでる。地震より先に西の神殿に入らなくちゃ」
そうすれば海岸線も使えない状況下で、西と東は完全に分断される。少なくとも南ルートは。
そして北ルートだが…、これは王城に出入りしていた行商人の荷下ろし人夫に、王城を出る直前聞いた話なんだけど…
「どうして交易にはソルトロードしか使わないの?」キュルルン…という、癒しの神子直々の素朴な疑問に、人夫はこれ以上ないほど顔を真っ赤にしながら教えてくれた。
西と北の間にある山道は狭く馬車での乗り入れが出来ないうえ、山々の険しさにゆえに、行程の半分以上が馬を降り徒歩の山越えしか出来ないからだと。
だからこそ北の辺境から西の辺境へは、王城からの距離より近いにもかかわらずゆうに二か月はかかるのだとか。
王城から北の辺境までは一か月、その後二か月、合わせて三か月。おまけに険しい山岳を徒歩の旅。そして季節はこれから冬。冬の北辺境には積雪もある。
流石に王妃もそこまでして私兵をださないだろう。
「だが爆弾とは遥か東の、カカの皇国における伝説の武器だろう?」
「そう聞いてる?」
「ああ。私が師事した家庭教師は、我が国に爆弾の原料は無いと言っていたが…」
「あるよ」
その主たる原料とは…硝石!
そしてそれこそが…
この国ではまだ火薬の原料だと解明されてない、西辺境の中央部で採掘される鉱石なのだ!
詳しく説明しよう。
西の辺境では硝石が採れる。これは古代から知られていたことだ。
けれどその用途は主に肥料。当時の彼らは誰もそれが武器になるものなどとは思っても見ない。
当時の君主にとって西の地とは〝命の恵み”である塩を確保できる海がある、それ以上の意味はなかった。
ましてや移り住んだ東の地には肥沃の大地が広がっている。
たかが肥料である硝石に価値など見出さなかったのだ。
そしてこれは前世の記憶になるのだが…鍛冶師の話す騎士物語を楽しみにしていた僕は、暇があれば鍛冶工房に入り浸っていた。
だから知っているのだ。
今から約八か月後、どこかの修道院で薬を調合していた修道士が、偶然イオウや木炭を硝石にまぜたものから爆発する火薬を発見したってことを。
王はさっそく西から硝石を取り寄せていた。そして鍛冶師は試作品の爆弾を極秘で作っていた。
そしてそれを見ていた僕はちゃっかり作り方を覚えていた。
え?危ないって?大丈夫。僕は不死身の神子だから。(良い子は真似しちゃダメだよ!)
僕はアードラスヘルム国、そして西の神殿について調べようと、神官長しか入れない資料室に(勝手に鍵を開けて)侵入した際、西の地で採掘される鉱石が硝石だという記述を見つけていた。
むしろこの事実に気付いたからこそ、この計画を思い付いたと言えるだろう。
この流れ。どう考えても全ては神のお導き…僕にはそう思えてならない。
だってこの国の王家は内乱が起きるほど腐敗し、神の遣わした神子をたった八年で失うほど酷使したんだから…
そこに来て爆発する火薬の発見。
アードラスヘルム国は北の辺境に隣国との火種を抱えている。となればこんな物騒なもの殺戮の武器になることは必然。
己の利になると思えば、腐った奴らは人の命なんかいくらだって踏みにじるだろう。
だから神様は火薬の発見と同時期に伝染病を流行らせた。これは淘汰だ。腐敗した人類に見切りをつけた神様からの淘汰。そんな気がする…
ウル様、やっぱり神様は嘆きでなく怒りをお示しだと僕は思います。
僕の説明を聞き終えたオズヴァルトは言葉を失っている。
「…なんと…」
「誰も傷つけないよ。道を塞ぐだけ。それだけ」
「それはそうだが…、いや、きれいごとではないのだな」
「そうだよ忘れないで!これは僕とオジーの自由と未来がかかってるんだから!」
「ああ」
当分東西の交易は無くなるだろうが、王家も商家も十分な塩の備蓄は確保しているだろう。市場価格は高騰するかもしれない。けどそんなの知ったこっちゃない。
「だが備蓄はいつか無くなる。宮廷はその前に復旧のめどをつけるだろう?」
「オジーの滞在が一年と少し延長できればいい」
「そこに何がある?」
フー…「僕とウル様が十五になって少し過ぎた頃…アレが始まったから」
「あれ…」
もう分かったね?
王都を死の色に染め上げた…そう。伝染病だ。




