慎重な夜
「これは…」
エドヴィンからの手紙、それは一切の装飾を取り払った…とても真摯な慚愧の手紙だ。
僕たちより少し年下のエドヴィン。けれどある意味気ままに育った僕やウル様と違い、貴族教育や文法学校を通し規律や礼節を知る彼はとても大人びている。
そうだ。ウル様は貴族である以前に神子の血筋として、規制はあれどとても無邪気に過ごしてきた。僕、エミルも便乗して。
それを考えると精神年齢では逆転するかもしれない。
交流が無さすぎてエドヴィンのことは今まで考えたことも無かったけど…
旦那様の無駄な《《神経質》》は、エドヴィンに《《繊細》》と名を変え受け継がれた…。そして消極的平和主義とも言えるドローテア夫人の事なかれ主義だが、それはエドヴィンによって思慮深さへと形を変えた。
彼らは自分たちの負の遺産が、賢明な息子によって真の財産に昇華されたことを神に感謝すべきだろう。
『どうにかしてあなたを救えないか』…か。
彼に分かったこと、彼が知ったこと、それらは僕に何をもたらすだろうか?
その日の深夜、程よく顔を上気させたご機嫌なオズヴァルドは少し饒舌になって戻ってきた。泥酔と言うほどでもないが酔っているのだろう。
「楽しかった?」
「ああ。年の近い貴公子と話すのも酒を酌み交わすのも初めてでね」
「王妹宮には誰も来なかったの?」
「ブリッタ様のご友人はいらしていたが…みな王妃に目を付けられぬよう歳の近い息子や縁者は同伴されなかったのだよ」
「そっか…」
「皆とても気持ちのいい貴公子たちだった。彼らはこの赴任を嘆いていたが私は彼らと過ごすあちらでの生活が楽しみだよ」
彼らの家、それはあの内乱で反乱軍側に付き王家から睨まれている家門だ。
当時内乱を先導した主たる家門はとっくにお取りつぶしになっている。幾人かの当主は処刑されたという話で、今回来たのは当時なんとか刑罰を免れた、目立たぬように後方で支援していた家門の嫡子たちだ。
そして彼らに許された各一名の従者だけど…
これは彼らに教えてもらった内密の話なのだが、彼らの従者はお取り潰しにあったり当主が処刑されたりで、暮らしに困った家門のご子息たちなのだとか。
その姿は紙一重で自分たちだったかもしれない…。そう思えばとても放ってはおけなかったんだろう。
ああ。だから目をつけられてしまったのか。恐らく王宮はそれも分かっていて命じたに違いない。
嫡男たちの西への随行は王宮による指定だ。そこへ嫡男が伴う一名の従者ときたら…
くそ!胸糞悪い!
不穏の芽は徹底的に排除するのがあの王家のやり方だ。だからこの世の終焉、西の神殿へってね。
けどこれはある意味おあつらえむき!大歓迎だ!
そして翌日の夜。
オズヴァルドは大人しく部屋で過ごすようだ。
「オジー、王宮からの公務依頼書と誓約書見せて」
「ああ」
公務依頼書、これは僕を送って西の辺境まで行ってこい、という至って普通のものだ。問題は誓約書…
カサ…
誓約書
宮廷は王の命により、王子オズヴァルトに神子の神殿変えにおける見届け人を申し付ける
尚王子オズヴァルトには、王妹宮における身柄の保護と引き換えに禁足令の誓約があるが、下記条項下においては一時無効となり、この誓約書が優先される
一・期間は王城をでてから半年間。但し不慮の天災などに見舞われ下記条項を遵守出来ぬ場合は状況に応じて延期とする
二・往路の安全においては常に神子が優先されると心得よ
三・公務における王子の安全は王の名のもとに約束され順守されるものである
なるほど…要するにこれは…
「オジー分る?これは〝ここに記されている内容だけは保証する”っていう意味だよ」
「つまり?」
「その条件を外れた途端、誓約の効力は無くなるってこと」
「そういうことか…」
王の名のもとに結ばれた誓約は何人足りとも破れない。
だからこその抜け道。
この手の姑息な言い回しはエマニエルの入れ知恵な気がする。
「半年以内に戻れって。つまり西に居座って帰らないとか言ったらその場で殺されたって文句は言えないってさ」
「しつこい女だ…」
「それから公務じゃなければ保証しないって。これは癖の有る一文だよ。だって「ちょっとそこの景色を観に」って道を外れても公務外だ」
「一の項目は意外だった。王妃らが天災を考慮に入れるとは…」
「あ、それ多分僕のせい」
「そうなのか?」
「これも計画のうちね」
ある計画のため、僕は王宮の回廊で宰相を呼び止め、さりげなく質問を投げ掛けていた。
「もしも台風や竜巻なんかで往路足止めを余儀なくされたら、その期間は二年の修養期間からさっぴかれるの?」
「…失念しておりましたな。少々お待ちください」
そして一時間ほどで戻って来た宰相が「差し引きはされぬようです。祓は二年、これは変らぬと」そう口頭で答えるのを受け、僕は更に「口約束ならどうとでもなるか…」と唇の端をニヤリと持ち上げながら意味ありげに独り言を呟き…、奴らが「ウルリッヒは何かを狙っている!」と深読みするように仕向けたのだ。
すると二日後、宰相は「天災等で足止めを食らった際には期間延長」と王の印がデカデカと入った正式な書状を持参した。
つまり僕にその約束をした以上、オズヴァルトの条項にも入れざるを得なかったのだろう。
まあ…入って無かったらなかったで、僕の手渡された書状を盾に計画は遂行したけどね。
「あの五人は見張りであり刺客だよ。きっと復路で仕掛けてくる」
「だろうな」
「けどこの旅に復路なんてのは存在しないから問題ない。気にしなくていい」
西の神殿に捨て置いて、ジワジワ病に懸かるのを待つ…なんて悠長なことはしないってさ。それはこの文面が物語っている。
「君の言葉には力があるな。妙に安心する」
「それ…ウル様にも言われた」
『君の言葉にはいつも救われる』別れの時そう仰ったウルリッヒ様。あの言葉は一生の宝物だ。
「次は君の番だ。手紙には何と?読んだのだろう?エドの手紙を」
「それなんだけど…オジー、彼と何か話した?」
「まだそれほどは。私たちはあの朝方はじめて顔を合わせ挨拶を交わし、彼はそのまま馬に乗ってしまったのでね」
うーん…見せるか見せないか…いいや見せよう!オズヴァルドは相棒!僕は彼を信用するって決めてるんだから!
手紙を読む彼の横顔はとてもきれいなラインを描いている。
スッと通った鼻筋。引き締まった口元。ここに意志の強い目が加わったらむかうところ敵なしだ!そしてその時はきっともうすぐ…
カサリ…「なるほど…だから彼は志願したのか。君との時間を持つために」
「そうみたい」
「これだけははっきりしている。君に何らかの形で救いが無ければ彼もまた救われないのだろう」
「でも僕じゃない。彼が救いたいのはウル様だよ。ドローテア夫人を助けたのもウル様だし」
エドヴィンと話すのはいいとして…僕を救って彼の救いになるだろうか?甚だ疑問だ。
「オジー、彼と話す時同席してくれる?」
「私でよければ」
眼の裏に浮かぶウルリッヒ様…、ああ…会いたいな…




