オズヴァルト②
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
そして始まった真夜中の小さな冒険。
初めの数日は森の小枝を分け折るところから。そうして一人分の道を作ると、墓守の目を盗んでついにとある深夜、慰霊碑へと追悼を捧げた。
おりしも一か月後には『死者の日』と呼ばれる特別なミサが王宮の礼拝堂では執り行われる。せめてその日までは…
そんなある日のことだ。
「もういい加減にして!」
甲高い青年の声。これは…?
珍しいことに今日の墓所には先客が居たらしい。
一体誰だ…
キィキィと揺れる裏木戸は神殿側の森に面している。
様子を伺うに、彼は誰かを探しているのだろう。
そしてその相手は意図して隠れている。恐らくはこの声の主を怯えさせるために。
目を凝らせば草むらの中には蠢く黒い塊。
ははん、あの黒い外套で闇に紛れているのか。
おやおや、怖がる令息の足首をご丁寧にも濡らした手で握りしめるとは…念入りなことだ。
「ウ、ウルリッヒ様の仕業でしょう!あああ!もうイヤ!助けて誰か!助けてアルトゥール!」
ウルリッヒ!そしてアルトゥール!
そうか分かった!
この妖艶な青年は老執事ヨハンが忌々しそうに顔をゆがめていた、王子アルトゥールの情人か!
『いくらこれが機嫌取りの婚約とは言えご自分の情人を世話係につけるなど…アルトゥール殿下は戯れが過ぎまする」
ヨハンはそう言って事の成り行きを案じていた。
つまりこれは…彼をアルトゥールの情人と知って、神子ウルリッヒが嫌がらせをしている、そういうことなのか…?
本来であれば〝癒しの神子”とは代々ナンナー伯爵家にのみ生まれ出るもの。
そしてナンナーの屋敷で何事からも護られ、誰よりも清浄に、誰よりも気高く、誰よりも無垢に育てられる。
そうして十から十五の間にこの王城にある神殿へと居を移し、王と神官長の望むまま奇跡を与え続け…そして十年ほどで次の神子へと使命を手渡す。
その意味はもはや説明無用だろう。
だが今代の神子は異例に次ぐ異例の不適格者だという。
王妹宮より一歩も外へ出ない俗世と無縁の私にさえ聞こえてくるほどの我が儘者。
神殿に関わる人々を嫌い、あれが欲しいこれが欲しいと多くの要望を突き付け、それでも当初は子供の我儘と聞き流せる程度のものであったらしいが、ついにその我儘は限度を超えた。
第一王子アルトゥールとの婚約、これは今代の神子最大の我儘にして最大の失敗といえる。
アルトゥールを溺愛している王妃が、たとえ〝癒しの神子”であっても容認するわけがない。
彼らは、日頃から神子を道具のように扱い、あまつさえ王妃は神子を「化け物」と、そう嘯いたというのだから。
だが不幸にもこの婚約は王の一声で決定してしまった。
王子の情人を世話係とする、そこに王妃の淀んだ意思を感じるのはうがった見方だろうか?
そうこうする間に情人は泣きながら逃げ帰っていく。
そして草むらから姿を現したのは…まだ年若い、けれど神子の名にふさわしい神秘さを携えた、紫がかったブルーの髪を持つ一人の少年。
彼は手に目玉を模した卵をもち、ケラケラと楽しそうに笑っている。
どれほど暴虐無人な我儘神子かと思ったが…私の目にはただの悪戯な少年に見える。
「さっき笑ったのは誰?出てこい」
やはり聞こえていたか…うっかり漏れ出てしまった含み笑い。人気のない静寂の墓所では予想外によく響く。
「…さすが神子だな。幽霊が怖くないのか」
「僕が怖いのはいつだって生きた人間だよ」
「!」
…ああ…そうか…
人を嫌い動物に囲まれた神子。
彼もまた犠牲者なのだ。尊き使命の名のもとに命を削られる本物の犠牲者…
驚くべきことに、彼は私のために墓所へ出向いたのだと言った。
「墓所を挟んであっちは神殿こっちは王妹宮、年の頃十代後半の色男ときたら該当するのは一人です」
神子は世慣れぬと聞いていたが…彼は十歳になるまで普通に育った傍系筋。その物言いはどこか小賢しい。
「僕はあなたの味方です。何かあったら…僕のとこまで来てください。そこのトチノキに洞があります。必要なものは入れておきました」
味方…
馬鹿なことを。この王城の中で王妹宮以外に、これほど王妃から憎まれる私に味方など居るものか。それは使用人に至るまで全てだ。皆苛烈な王妃を恐れている…
だが…
私はたった今感じたばかりではないか、彼もまた犠牲者なのだ、と。
望まぬ出自のために、生きる場所も、生きる手段すらも決められた私と彼、二人は籠の鳥。
むしろ彼は私より悪い。彼の命には明確な期限があるのだ。静かに暮らせば《《生きることだけは許される》》私と違って。
王妃が私を憎むように私もまた王妃を憎んでいる。だが彼は…
全てを憎んでいるのだろう。彼の命を搾取せんとする全ての者を。
その彼が味方と言いうならば…少なくとも彼は王妃を恐れていない。そういうことだ。
翌日、またもや私は墓所を訪れたが、再びの会遇はおこらなかった。
あと十日ほどで私の小さな冒険も終わりを迎える。
だがあの時の言葉が耳から離れない。
『忘れないで。僕は味方』
そうして十日後、その日王宮の礼拝堂では盛大なミサが執り行われていた。
我が国を狙う最大の敵国レスプブリカ皇国、そのレスプブリカに対峙する北の辺境を護ってこられた叔父上には、王もひとかたならぬ想いがおありなのだろう。
そして日付の変わらぬ深夜。私は私だけのミサを執り行う。辺境伯閣下の安らかなる旅路を祈って…
慰霊碑の前で膝をつき祈りをささげる。聖書の一節を終え立ち上がろうとし、うっかり体勢を崩す。
と、その時だ!背中に一筋の熱が走ったのは!
「うっ!」
「馬鹿!何してる!」
「一撃で仕留めろと言っただろうが!」
ガサガサガサ
四方から姿を現すのは城内の衛兵。恐らくは王妃の私兵だ!
「逃がすな!」
駄目だ!相手は五人。ましてこちらは丸腰、王妹宮への道を塞がれ逃げられるはずがない!
はっ!
『必要なものは入れておきました』
トチノキ!裏木戸を越えてすぐの横手にあるトチノキ。
必要なものとは何だ!だが今すがれるのはそれしかない!
「反対に逃げたぞ!」
「追え!」
彼らにとっても神殿は聖域。そちらへ向かうことに一瞬の躊躇があったのだろう。その隙をつき私は全力で木戸を目指した。
「あった、洞だ!」
奥深い洞に差し入れた手が掴んだもの、それは長さ三十センチほどのスティレット!
彼はこうなることを見越していたのか⁉
「そこまでだ!」
「観念するんだな!」
「城の衛兵が悪党のような物言いをする。罪なき男を前に近衛の矜持はどうした!」
一瞬躊躇う一部の兵。だがどうして彼らを責められよう。騎士や近衛とは己の主に忠誠の誓いをたてるもの。そして何があろうと任務を遂行する。それがどんな命であれ…
遠くに震える墓守の姿が見える。ああ…彼はとうに知っていたのか。私の小さな冒険を…
何度も剣を躱しながら森の奥深くへと確実に歩を進める。
が、所詮短剣と長剣、その身体には一つ、また一つと傷が走る。
よろめいた身体は地面に倒れ傾斜を転がる。だがそれは運よく私の姿を彼らから隠してくれたようだ。
微かに聞こえる水の音…はっきりとわかる清廉な空気。神殿は近い。だが目の前がかすむ…もう…駄目なのか…
ザリ…
気がつけば目の前には一人の兵。スティレットを握りしめるが…両手に力はない。
その後のことは全てが朧気だ。
どこからか現れた神子、ウルリッヒは毅然と王妃の私兵を退け、その時すでに一人では上体を起こす事すら出来なかった私を両脇に手を差し入れ抱きあげた。すると…
それは今まで感じたことのないような、甘く温かい、そして苦く切ない、何とも表現出来ないマーブル色の何か。
流れ込むそれに身を任せるうちに…私は意識を手放していた。
彼だけは信じられる…
そんなことを考えながら…
毎日更新を目指しています。
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