オズヴァルト
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
私の名はオズヴァルト。このアードラスヘルム国に王の子として産まれし、この国で最も歓迎されざる者だ。
母は現王妃の元側付き侍女。王妃の生家である東のフォルスト侯爵家領内において、ほんの一地区を管理する小さな子爵家の娘である。
神バルデルスを国の根幹と尊ぶこの国において、神と同等とされる王、そして神の使いとされる聖職者の長は絶対の権力を握っている。誰であろうと逆らうことは許されない。
そのような中で、一侍女であった母が王の目に留まってしまった事、それは人生最大の不幸だったのだろう。
だが今ならば何故王が母に食指を示したか…何となくだが分かる気がする。
美貌を重視して集めた三人の妃は、それぞれに大変美しいが、性根に問題を抱えていた。
気位が高く苛烈な王妃、享楽的で散財家の第二妃、そして日和見な第三妃、と言った具合に。
母は哲学書を好まれる大変博識で物静かな方であったという。
王が己の妃たちとは毛色の違う侍女に興味を持たれても無理はない。
ましてや…唯一持たされた母の姿絵は、王の目を引くに十分な美しさを備えている…
だがそれだけではない。母は困難に立ち向かうだけの気丈さを持ち合わせていた。
それをお教え下さったのは、私の養い母ともいえる王妹ブリッタ様だ。
当時どのような駆け引きがあったか、ブリッタ様はそれを全てお教えくださったわけではないが…確実に言えるのは、私の生は、この王妹宮においてのみ許されているということだ。
皮肉だな…。私をもっとも憎む王妃の住む城こそが、私の安全を保証する場であるなどと…
母は私をブリッタ様にお預けになると、王妃の生家である東のフォルスト侯爵領、そして王城からも遠く離れた西の辺境へ少しばかりの荷を持ち嫁いでいかれたという。
一歳になるかならないか、それきり会う事のない母との思い出は何一つない。私がここで生きていること、その事実こそが母の愛なのだと感じている。
だが本来ならば去就を定めるべき十八の歳を迎えた時から、私の心は日夜憂いに包まれていた。
何不自由ない安穏な生活…だが私にこの王妹宮を出ることは許されない。
籠の鳥。それが私だ。
何故王妃は私の存在にここまで憎悪を募らせるのか…
何故父である王はそれを嗜めないのか…
私には理解できないことばかりだ。
王と私が会う事はない。それも王妃が王と取り決めた約束なのだという。
それでもただ一度だけ、ブリッタ様の采配により、ほんの僅かではあるが王と対面させていただいたことがあった。
が…不思議なことにあの王を父とはどうしても思えなかった。
…人と人との絆、それは共に共有した想いあってのことなのだろう…そう感じた。
「今の私が何の脅威になるとも思えません。何故王妃は私を憎まれるか」
そう問う私にブリッタ様は仰った。
「あのような婦人にとって理屈など意味はなさないのよ。あなたはエメリン王妃にとってあってはならない汚点。あなたの存在そのものがエメリンにとっては〝王の寵愛を奪われた”という不名誉そのものなのよ」
そしてこう付け加える。
「あの手の女性は蛇のように執念深い。何年たとうが決して忘れないのよ。その汚点が無かったことになるまでは。いいことオズヴァルト。ここはあなたにとって聖域。決して出てはいけませんよ」
ああ…
学んだ知識も鍛えた身体も研いた剣の腕さえも!…何一つ無用な平穏すぎる毎日。
私は私自身を持て余していた。
息を吸って吐いて、食べて寝るだけの私の生に、一体どれ程の意味があるのだろう、と。
そんな時だ。北の辺境をお護りになる、前王の末弟であられる辺境伯閣下が、私の庇護をお申し出くださったのは。
恐らくは私の憂いをブリッタ様がご相談なさったのだろう…ありがたいことだ。
いかに危険と隣り合わせの領地であろうとかまうものか。
私は未来に一筋の光を見た。
だがその矢先、辺境伯は老衰により逝去なされ、一瞬垣間見えた私の希望はまたも潰えた。
この国が何故ここまで神を尊ぶか…それは偏に、神の奇跡とも呼べる摩訶不思議な存在、”癒しの神子”と呼ばれる唯一にして無二の存在があるためだ。
〝癒しの神子”、それは瀕死の重傷者から不治の病まで、己の生命力を分け与えることで治癒する奇跡の存在。
王と同等の権威を持つ聖職者の長には、神の教えを説く教会の長である大司教と、神子を管理する神殿の長である神官長がおられる。
何故奇跡の体現者である〝癒しの神子”本人でなく神官長が神殿で力を持つのか、それは生命力を削る神子は総じて短命であり、またほとんどの神子は成人前に神子の証である紋様を発現させるからだ。
穢れを知らぬまま育てられる純粋無垢な乙女、世の中を知らぬまま神子となり、そして世の中を学ぶ前に命を落とす神子には、その唯一無二の力を管理する存在が必要、そういう事なのだろう。
憐れな…神子とは所詮神殿の道具に過ぎないのだ…
辺境伯閣下の逝去が病を原因とするものであったなら、恐らくはもっと早く神殿に運ばれただろう。神子の再生力とは、たとえ瀕死でも鼓動がある限り与えられる。
だが神の奇跡ゆえに、神が定められた寿命、老衰という運命を歪めることはできないのだという。
ブリッタ様は私の去就を新たな辺境伯となられる、閣下のご嫡男様に訪問の際相談なさるという。
「おそらく受け入れは可能でしょう。ですが、《《前王弟による庇護》》と《《いち辺境伯》》による庇護では意味が変わってきます。あなたの安全をどこまで保証できるか…よくお考えなさい」
そう言ってブリッタ様は王の名代として辺境へ旅立たれた。
私を思い遣って下さった辺境伯閣下。ブリッタ様に代わり私を護り得た人。
なのにああ…私は王宮の礼拝室で祈祷を捧げることも献花する事も出来ないのだ!
その時ふと頭をよぎった。
…この王妹宮と王宮の間には、広い敷地を持つ王族墓所があり、王族墓所には慰霊碑がある。
その向こうには十分な敷地を持つ神殿があり、そして各々の区域は鬱蒼とした森で区切られている。
王宮に居る彼らに深夜の、それも墓所での行動がどうして知れるだろう?
王妹宮から王族墓所は遊歩道を使えば半時間はかかる距離だが…森を抜ければ十分もあれば着く。
そうだ。墓所の墓守は数刻ごとに墓所内を回るらしいが…恐らくその時刻は規則性があるだろう。
辺境伯が亡くなられたのは北の地だが…王族たる王弟の魂は、生まれ故郷であるここへ戻っているかもしれない。
この王妹宮で最も手強いブリッタ様、侍女頭のクラーラ、メイド頭のマリーが居れば到底出来ぬ無茶だが…
幸い長年勤める執事は老齢。三人が居ない今なら抜け出すことが出来るかもしれない。
毎日更新を目指しています。
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