終話 やり直しの神子
「ウーリ、一体こんな時間までエミルとどこへ行っていたんだ。エドもハンナも探し回っていたのだぞ」
「ごめんごめん…洞穴に居たの」
「あの洞穴か…。寝ていたのだな?仕方のない神子様だ、もう夕餉だというに」
目が覚めたらそこはいつもの洞窟だった。
外は日暮れ。僕とウル様は大急ぎで崖壁の隠し階段を駆け上った。
『さあ飲むがいい。運命は自分自身で選ぶのだ』
それを聞いてウル様は事も無げに一言。
「ウルリッヒ様早く帰ろう?きっとエドが待ってる。急いでお夕食作らなくっちゃ」
「…うん」
「遅くなるとオズヴァルト様も心配するよ?」
「そうだね。ああ見えてオジーは心配性だから」
ウル様はその水差しを手に取り、ジッと見つめながら改めて僕に問いかける。
「…本当にいいの?」
「それ以外選ぶ気にもなれないよ」
だってほら。こんなにも愛おしい…
「ふふ、ごもっともです」
「あ!」
見合わす目と目。どちらからともなく笑みがこぼれる。
「じゃあいくよ」
「せーのーで」
そうして僕たちは同時に二つ目の水を飲みほしたのだ。
東から戻ったウル様とエドは教会でささやかなお式を挙げている。
司祭の前で誓いを交わすだけのささやかなお式。それでもあの時のウル様は世界一幸せな花嫁だった。
ふたりの新居は丘の中腹。釜戸が白い煙をくゆらせる、ウル様が欲しがってたあの家屋だ。
夫夫となった二人は水入らずで夜を過ごす。
きっと今頃、すこし興奮しながらウル様もエドに話しているだろう。今日何があったか、誰と会ったか、どんな話をしたか。それをエドはいつものように、少しまなじりを下げて微笑ましそうに聞くのだ。
だから今この君主の館で夕食を共にするのは僕とオズヴァルト、そしてロタール王子とその従者だけ。
けれどこれは寂しい変化じゃない。
「そういえばオジー。洞穴で夢を見たんだけど」
「夢?どのような夢を?」
「神バルデルスの夢。次代の神子はもう生まれないって」
「神託…か。そうだな、それがいいのかもしれない」
「ううん、そうじゃなくて神の権能は神の手に戻すって」
「それはどういう…、そうか!バルデルス像に戻るのだな?」
「うん。けど古のようにもう直接与えはしないって」
神バルデルスは最後にこう言われた。
聖なる神殿にそびえる巨大なバルデルス像。その像の手は人々に奇跡を与えんと両の手を天に向けている。
その手のひらに紫水晶、アメシストを供えよ、と。
つまり奇跡は今後アメシストを通じて与えられる。僕の作った予防薬、『神子の妙薬』を遥かに超える再生薬、『神の妙薬』として。
「アードラスヘルムから奇跡は無くならぬという事か…」
「再生の奇跡は好餌なんだって」
「好餌?」
「神殿の権威を維持し神様への信仰を集める極上のエサだよ」
民の信仰とは神の力の源泉。このエサがある限り今後もバルデルスは神様序列の一位なんだろう。
「ふっ、神とそのように気安い話を…」
「神子だからね」
最後の神子になっちゃったけど。
でもそれを聞いたウル様はどこかホッとした表情に見えた。ナンナーのご当主もきっと同じだろう。
「でね、ウル様とも話したの」
「何をだ」
「この国は今終わりと始まりのはざかいでしょ?この先どんな困難や苦難があっても二人で力を合わせて乗り超えようねって」
「その二人とは誰のことだ。もちろん私だろうな?」
ニッコリ「そりゃもちろ…ん!」
言葉の続きは唇の向こう。意外とやきもち焼きなんだから。
「ウーリ、君はあの時言ったな。私たちは互いに助け助けられるのだと」
「うん」
「こうも言った。「生の喜びを教えてあげる」と」
言ったっけ?言ったかも。
「君と飛び出した大海原で今こうして私の生は喜色に輝いている。君はどうだ。「自由と長生き」それが望みだとあの時君は言ったな?私はその願いを叶えられただろうか」
僕の願い…か。さっきもそんな話ししてきたっけ。
神バルデルスが聞き届けた僕の真なる願い、それは憐れな魂が救われること。
「オジーが幸せな時点で僕の願いは叶ってるよ」
「…可愛いことを言う…」
引き寄せられる身体と再び迫りくる精悍な顔。よかった。廊下に誰も居なくて。
「夕食前だからほどほどにね…」
「ああ、ロタールが待っているな。おいでウーリ、一緒に行こう」
《《一緒に行こう》》か…
「ずっと?」
返って来た言葉に彼は足を止める。柔らかく細められたのは未来への希望に輝くヘーゼルの瞳。
「ああ、ずっとだ」
『一緒に行こうオズヴァルト』
始まりは僕のそんな言葉から。
あの日僕の差し出した手をオズヴァルトは力強く握りしめた。そのおおきな手のひらは、今僕を遥かなる未来へと引っ張っていく。
この自由なるサンクトリウムで僕たちはこれからも愛を育む。
今は安寧への道を歩き始めたアードラスヘルム。
それでもこの先にはまたいくつもの難題があるのだろう。
けれど再生された国の再生された絆の中で、再生された僕たちはきっと上手く歩んでいけると信じてる。
触れ合う温もりからはどんな時も大切な人への想いがそそがれ、目を覆うような傷でさえも僕たちは癒しあえるから。
ー終わりー
本作ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
少しだけ番外もお付き合いいただけると幸いです。




