神のお示し
神バルデルスは言う。
神が用意する運命とは必ずしも《《その者にとって最良》》とは限らないのだと。
神は神の求める未来へ導くため、いくつかの筋書きを用意している。それでも意思弱き者が導かれるのは常にもっとも安易な筋書きなのだと。
『此度我の求める未来へ導くためには解かねばならぬいくつもの難題があった。複雑に絡み合ったそれらは混迷を極めていた。全く人とは要らぬ事ばかりを考える』
要らぬこと…、あー、ナンナーのあれやこれやとか、はたまた王家と教会のなんだかんだ…とかかな?
知恵をつけた人間はいつからか利を考えはじめた。そしてそれは必ずしも〝みんなの利”とは限らないものだ。
神子を中心に絡むあうそれぞれの身勝手な思惑。神様もさぞうんざりしたに違いない。
『巨神の手は近くまで伸びていた。もはや猶予はない。その因果に絡み取られぬためには揺るがぬ想いが、確固たる意思が、強き魂が必要だったのだ』
「それがエミルですか…?」
『この者には強き願いがあった。決して揺るがぬ不動の願い、そなたを想う願いだ』
「僕を…?」
『憐れな魂に慈悲を。その願いは今も変わらぬ』
…っ!
それは神殿裏のあの小さな滝で、初冬の寒さに震えながら口にした初めての祈り。
どうにもならない運命に翻弄される、無力なウル様が見ていられなくて…
そうだ。あの頃僕はいつも思っていたじゃないか。〝代われるものなら代わってあげたい”って…
「エミルが…」
こぼれおちる大粒の涙。でも悲しい涙じゃないよね?
「そうですウル様。実はこれぜーんぶ僕の仕込みです。知ってました?勝者は神バルデルスでも巨神でもなくこの僕だったって」
「でも…」
「再生したんですよ。僕は癒しの神子だから」
「フフ…、ここは「ごもっともです」って言うべき?」
「もちろん!」
…神様には不敬だったかな?
だけど本物の神様はこんなことで怒ったりしない。そうだよね?
『だがよいか。一人目の神子よ。お前がおらねば二人目の神子へ運命を手渡すことは叶わなかった』
涙のひいたウル様に語りかけるバルデルスの声はどこか諭すようだ。
『神の権能は神子にしか貸し与えることは出来ぬ。お前を介さなければこの者を選ぶことは出来なかった』
「…こんな僕の存在にも意味はありましたか?」
『この者の願いはお前を想うが故のもの。それはお前の魂が無辜であればこそであろう』
神の言葉にウル様はその小さな手をキュっと握った。
小さな暴君ウルリッヒ様。どれ程我儘を言おうが宝石を集めようが、けれど彼はいつだって悪人にはなれなかった。
あれだけ嫌いと言っておきながら、結局旦那様を恨みきることも出来ず、ドローテア様を救い、エドを許し、唯一ウル様が許さなかったもの…それはあの王家だけ。
本当に馬鹿なアルトゥール。こんな心の美しい人なんて、世界中どこを探しても居なかったのに…
『なによりお前たちは同日同時刻に生まれた魂の共鳴者。そうでなければ他者の運命など易々と渡しは出来ぬ』
ウル様はいつも言っていた。「エミルはもう一人の僕だから」
僕はいつも思ってた。「僕たちは二人でひとつ」
魂の共鳴者…、その事実がなんだか誇らしい。横を見ればウル様もどこか満足気に見える。
『すべては巨神の遺恨を消し去るための道程よ。巨神はこの大地の守護神、敬われねばならぬ。だがかの神は命を生み出す権能を持たぬ。巨神だけでこの世を栄えさせることは出来ぬのだ。だが巨神は我に下るのを拒んだ。そしてこの地を追われた。その意趣を晴らさんと道理を曲げたのがこの諍い。お前たちにも迷惑をかけたな』
信仰が絶えれば巨神も消える。意地と生存本能、それが元凶ってことか…
「はた迷惑な。仕返しのためにこんな何千年も…」
『我らにとっては取るに足らぬわずかな時間よ』
えーえー、永遠を生きる神様にとってはそうでしょうとも。
『二人の神子、二人のウルリッヒよ』
「は、はい」
「なんでしょう」
『お前たち二人によりようやく全ては我の望む形を取り戻した。その働きに免じて褒美をやろう。そのために呼び寄せたのだ』
「褒美?」
『そこにある水差しをよく見極めよ』
え…?このフレーズってどこかで聞き覚えが…
ふと気づけばそこには二つの水差しがある。
「いつの間に…」
『片方には前世を宿した水が、片方には今世を宿した水が満たされている。どちらを選ぶかは自分自身だ』
ゴク「そ、それって…も、もしも望めば元通りの自分に戻れるってこと?」
両親を取るかオズヴァルトを取るか。僕にとっては簡単な選択。
でもウル様にとってはどうなんだろう?
本来のウル様は貴族子。そのうえ神子として崇められる最上級の地位を持つ人。
最大の障害だった寿命の問題は片付いたし、リンデン家とのわだかまりも…たぶん昇華されている。
方やエミルはただの平民。いくら神子の従者だからといって、そこには明確な線引きがある。
いまさらだがウル様はそれをどう思ってたんだろう…
目と目が合う。
静かに告げられる神バルデルスの言葉。
『さあ飲むがいい。運命は自分自身で選ぶのだ』




