神バルデルス
こうした怒涛の歳月を経て訪れたのは平穏な日々。代わり映えの無い平凡な毎日。
……僕とウル様はね。オズヴァルトは忙しそうだよ?
「ウーリ、どこへ行く」
「…エミルと市中の見廻りに」
「つまり散歩ということだな?神官長が若い修道士に言葉を賜りたいと探していたが…」
「あっ!エミルが呼んでる!もう行くね」
ひゃー、逃げるが勝ちってね。
修道士の増えた調薬塔に僕やエドの出番はそれほど多くない。これも信頼の証ってことで。
「ウルリッヒさま」
「ロタどうしたの?今日のお勉強は?」
「エミルお兄さんが子供は少しくらいさぼっても良いと言うものですから」
ちょ!ウル様ー!第四王子に何教えてんのー!って、それ言ったの昔の僕だけどー!
けどまあ…
せっかくなので海岸で遊ぶことにした。
季節は暑季、このサンクトリウムで最も気持ちの良い季節だ。
「ウルリッヒさまー!これ見てくださいー!」
「あー、残念ー!それは食べられないやー!」
「食べられなくてもいいじゃない。せっかくきれいなのに」
食べられない貝なんて意味ないじゃん。あ、ウル様壁に飾ってたっけ。
ロタ王子とお付きの弟軍団は楽しそうに浜辺で貝探しをしている。弟軍団とはユストゥス、カーステン、アルノーなどの末弟たち。齢の近い彼らは非常に仲がいい。
「あー、良い風…。平和だねぇ…」
「ほんとう、平和だね…」
「あっ、いた!」
少年たちを護衛に任せ大人の僕とウル様が探してるのは岩場のカニね。これで作ったスープは絶品なのだ。
「エミルそっち行った」
「えい!やだぁ、逃げちゃった」
「その小岩どかして見て」
ガタ「わぁいっぱい!」
あっちにこっちに移動しながら籠をカニでいっぱいにしていく。
ふと向こうを見ればそこは例の洞穴。
「エミル、あそこで休憩しようか?」
「うん」
僕にとってもウル様にとってもそこは思い出の場所。ウル様はこっそりここを〝愛の洞穴”と呼んでいる。
「はい水筒。それとビスケット」
「ああ涼しい…」
「あっ!ねえ見て!ビオラがまだ残ってる!」
「ホントだ」
ビオラの開花期は乾季から暑季、そろそろ終わりを迎える頃だ。
「良かったぁ~。押し花にしたいって思ってたの。摘み忘れちゃって」
求婚の時は感極まって、そして翌年は皇国との緊張感で。その後も北から東への周遊とかあって延び延びに。
他にも「お花が可哀想…」と満開期には手を出さず、ウル様は摘み取る時期を見失っていたようだ。
比較的キレイなビオラを選びながら、奥へ奥へと、まるで誘い込まれるように進む僕とウル様。
けれどそれは、もしかしたら本当に誘い込まれていたのかもしれない…
だって、いきなりそれは起こったのだ。
「止まってウル様!」
「な、なに?どうしたの…」
「わからない。けど空気がなんか…」
神子の勘が告げている。これは異常な事態だと。
ウル様の腕を引っ張り足を止める。けれどその気配はそんなのお構いなしに僕とウル様、二人を包みこんでいく。
「きゃ!」
「うわ!」
いきなり起きた、それは目を開けていられないほどの光の洪水。
「エミル!」
「ウル様!僕に捕まって!」
チカチカする黄金色の海にのまれても何故か恐怖は感じない。むしろなんかこう…どこか覚えのあるような。
はっ!そうだ。これは再生の奇跡を施行するときのあの感覚!
横を見ればウル様も同じことを感じている。
しばらくするとその感覚も終わり、恐る恐るそっと目を開ければ、そこは一面の白。右も左も…上も下も。
僕たちは立っているかも浮いているかもわからないでいた。
「…洞窟の奥にこ、こんな場所が…」ギュゥ
「違うウル様。ここ洞窟じゃない」
「え?じ、じゃあどこだって言うの!」
「そ、そんなの…いくら僕だってわかんないよぉ!」
『ここはそなたたちの表現する雲の上。だが実際にはどこでもない空の場所。我らが住まう天界である』
「やっ!なんか頭に響いてる!」
頭の奥に直接語りかけてきたのは抑揚のない平坦な声。なのに不思議と冷たさも感じない。
雲の上…空の場所…天界…、まさか…うそ、まさか…!
「も、もも、もしかしてあ、あなたは神バルデルス様ですか!」
『そう呼ばれておる』
か、神様きたー!
「あなたが僕とウル様をここに呼び寄せたのですか?」
『そうだ』
「お姿は見せてくださらないのですか?」
『必要ない』
うーん、軽々しく人前に顕現はしないってことか…
「では何故僕たちをここに呼んだか教えてください」
「それよりどうして僕たちを入れ替えたか教えてください!」
僕を遮って前に出たのはウル様。彼はキョロキョロと姿なき神様を探している。
「僕は…僕とエドはずっと考えてた。いろんなことがあって…いろんな過去を知って…神子の役割はなんとなくわかりました。どうしてこうなったのかもなんとなくは…。けどどうして僕とエミルがこうなったのかは分からなかった…。どうして入れ替えたりなんか!そのせいでエミルは全部失ってそのうえ何度も死にそうになったのに!」
ウル様…
そうか…。ウル様はこの状況をただ喜んでいたわけじゃなかったのか。
エミルが持っててウル様が持って無かったもの。
それはどこへでも行ける自由。何でも知ることが出来る自由。家族の愛も、…たった一人の愛しい人すら…前世のウル様は手に出来なかった。
今ウル様が手にしているもの、それは全部僕と入れ替わって手にしたものだ。
だからウル様は僕から奪ったって、その気持ちがどうしても拭えないのだろう。
バカだな…。僕は神子ウルリッヒになったって東西南北どこだって行ったし何だってしたし、それに愛しい人だって自力で手に入れたのに…
しいて言うなら両親をお母さん、お父さんって呼べないことぐらい?けどそんなのなくったって僕たちは親子だ。
見てよこれ。僕はどれほど名前が変わったって僕のままでしょ!
だから気にする必要なんてなんにもない。今すぐ安心させてあげなくちゃ!だって僕は永遠のお世話係なんだから!
『一人目の神子よ。何故お前たちを入れ替えたか、その理由は二人目の神子がよく知っておる』
出鼻をくじかれるとはこのこと。勢い込んだ僕のこのやるせなさをどうしてくれる。
神様はぜんぶお見通しか…。僕とオズヴァルトが何を考えどう動いたか、ぜーんぶ。
チラリとこっちを見るウル様。
ウル様の優しい想いが染みわたる…
『だが教えてやろう。お前では足りなかったのだ』
「足りない…」
『運命を受け入れるだけでは到底足りぬ。我が求めたのは己が望むままに運命を引き寄せる、強き魂の神子なのだから』




