辺境の地
「つ、着いた…」
山岳路を切り開きながらの非常に困難で大変な行程…
と、言いたいところだが、捕虜である皇国兵の筋力、そして疲労困憊したら神子の癒しで夜中の内に元通り、という鬼畜かつ効率のよい仕事ぶりにより、なんと一ヶ月という期間で北への到着を果たすことになったのは、前代未聞の偉業、と言ってもいいだろう。
どれくらいの偉業かと言うと、傭兵の訓練も兼ねてホーフェンで請け負った三分の一が半年以上かかったことと比べればわかるだろうか?
ま、もっともあの三分の一は山岳区間の中でも険しい一帯だし、快適度をあげるために砂砂利での舗装なんかもしているので比較は難しいが、いやー、それにしても予想以上に早かったわ!
行程の途中では捕えたイノシシで野戦食を楽しんだり、粘土で(僕が)釜戸を自作して(ウル様が)パンを焼いたり、岩場にしか咲かないサントリナといった珍しいハーブを手に入れたり…
それなりに面白かったよ。
「ウーリ大丈夫か?」
「もちろん」
ここだけの話、人目を避け、時々生命力の補充をしているオズヴァルトは多分誰よりも元気だ。(仕組みがおかしいな。彼は与える側なのに…)
お尻に出来た馬車タコを治してあげたからウル様もね。
実はそれだけじゃないよ。
奥ゆかしいエドや護衛の面々は神子にお願いなんかしないので、途中でそれぞれ「手や足の豆を治す」という名目で回復させることにした。
捕虜が回復してるのに自国の護衛がそのままとか…逆不公平だから!
と言う事で、久々のグリムバッハ辺境伯がお出ましである。
「これはこれは神子ウルリッヒ様!聞いておりますぞ。未曾有の活躍だったとか!」
「ここでも必要があれば言ってください。僕に出来ることならなんでもしますから」
「では…その慈悲におすがりして我が兵たちに救いをお与えくださらぬだろうか」
「喜んで!」
北辺境での争いはすでに二ヶ月近くも続いている。当然犠牲もある。
僕に出来ることなんて自己満みたいな少しなんだろうけど、それでもやっぱり、こういうとき〝癒しの神子”で良かったなってそう思うんだよね…
さて気を取り直して。
辺境伯は北と西を繋ぐ山岳路が馬車道になったことをとても喜んでいた。
もちろんまだまだ快適とはいかない悪路だが、少なくともこれで有事の際には早馬をとばすことができる。
「時に神子様。この争いに決着がついた暁には一度後継の件についてご意見を伺わせていただきたい」
懐柔するなら見込みのありそうな僕、って思ったんだろうけど…あんまりしつこいとオジー怒っちゃうよ?
北の辺境伯がオズヴァルトの縁談に積極的なのは、王家の後継者を懸念して、というのが最も大きくごもっともな理由だが、自分の娘と縁付かせたいのは、多分特別自治区である北の地に相応の権威を欲しているからだと僕は考えている。
そこで後継に関してはともかく、後者に関してはある裏技を思い付いていた。
「取り敢えずその件は皇国のことが片付いてからってことで」
「そうしましょう」
二国の戦いはこの辺境から北にある国境山脈を越えた向こう側だ。二国の間にはいくつかの目立たない小国があるのだが、その中にほとんど人の住んでいない無主地がある。
ここは人がおらず特に資源もないため、アードラスヘルム国も皇国も所有権を主張しておらず、また近隣小国も二国の争いに挟まれるこの地を放棄しており、ここは正式に両国で指定された戦場になっている。
参考までに皇国とこの無主地の間にも山脈がある。(国と国の多くが山で隔てられているからね)
つまりまずはここで勝利をおさめ相手国の保守線をつぶすと、どちらもようやく山越えが出来るってこと。
さすがは神の代理戦争。どこはかとなく遊戯味がある。
因みにアードラスヘルムも皇国もかなり広大な領土を保有しているため、相手国への侵入を果たしたところで、互いに全域を占領しようと思ったら何十年もかかると思われる。
なので豊かなアードラスヘルム国からしたらそこまでして皇国を欲しいわけではない。
これはあくまで皇国からふっかけてくるイチャモンなのだ。
こちら側の提示した不可侵同意への条件とは、ひとつ、アードラスヘルム国内に巨神像の設置を許可するというもの。
ふたつ、当然それに付随して最低限の交易がそこには発生するだろうが、もちろんそれらは条約によって細かく色々なことが定められる。
そしてもう一つがこちらで身柄を預かっている捕虜を、もれなく全員無傷で返すというもの。
この効き目がどれほどかは未知数だが、なんにしても捕虜の数は多い。その全てを見殺しにしては皇国内における民の信頼は揺らぐだろう。見捨てはしないはずだ。
「敵陣には早々にその旨伝えましょう。そろそろ西からの船もいずれかへ寄港しておる事でしょうし、さて…どう出るか」
まさに神のみぞ知る、だ。




