最後の大仕事
「答えってなにが?」
「遥か悠久の彼方、何故ファルセッティが巨大なバルデルス像をここに作らせたか…」
「オズヴァルト様、もしやそれは…」
「そうだエド。ファルセッティはこれを二者の諍いを鎮めるために建造させたのだ」
「!」
人の五倍はある巨大なバルデルス像。確かに深く考えれば違和感しかない。
いくら神への恭順を示すためとはいえ、今よりもっといろんなことが難しかった当時の神殿都市で、これだけの像を作るのは相当骨が折れたことだろう。
それでもファルセッティはこれを作らせた…
オズヴァルトの考えはこうだ。
当時のファルセッティはまだ『再生の輪廻』の中で生きていた孤独な男。けれどいつかその輪廻を断ちたいとその時すでに考えていたのだろう。
だからこそ後世の人々にその戒めが残るよう、この像を残したのだ。像に刻まれた創成期、神話期の出来事と共に。
「この世に命を生み出したバルデルス、そして地を支える巨神、どちらの神をも尊び奪い合ってはならぬ、ファルセッティはそう説いたのではないだろうか」
だけどこの地はその後、未曽有の危機、例の厄病に侵され彼らは神殿都市の放棄を余儀なくされてしまった。
「いくらこの地が神を祀る地でも人が住めなきゃ意味ないもんね…」
「その通りだエミル。だがそれ故にファルセッティの教えは徐々に形を変えてしまったのだろう…」
「再生の輪廻を手放したことで教えを繋ぐ導き手が不在となってしまった…。なんということでしょう」
オズヴァルトは神話をもっと分かりやすくしようと提案した。神話のままではとても抽象的だと。
確かに…神々の戦いとか言われても何をどう解釈すればいいのかさっぱりわからない。
「では簡潔に述べよ。エド、ファルセッティの願いはなんだ」
「人々が奪い合わず平和に共存することです」
「ではエミル、神バルデルスの願いはなんだ」
「この地…、世界を生命でいっぱいにすること?人だけじゃなく…動物も植物も…いろんな生命が楽しく自由に暮らすのを見たかったんだと思う」
「うむ。この二つの願いは通じている。ではウーリ、巨神は何故この地を攻めた。巨神の望みはなんだ」
「え」
僕だけ質問むずかしくない?
「うーんと…この地、大地を…えーと支えてるのは自分たち巨神だからよこせってことは…う、敬え?もっと崇拝しろ、ってこと?」
「近からず遠からずといったところか…」
つまりあの古代文字が伝える神話の伝えんとするところは…
「信仰地域の奪い合い!そうでしょ!」
「まさしく!」
古来より、神々とはどこの国の何神であっても、人々から得られる信仰の強さによって力が増大したり弱体したりすると言われている。
巨神を祀る民が少なければ蓄えられる力も少ないということだ。
「だからこそ古の世から巨神を祀る国は何度も繰り返しこの地を狙ったのだろう」
「なんでここ?他に行けばいいのに」
「神バルデルスは生命を司どる。つまりバルデルスの地は必ず繁栄する」
「巨神の力だけでは民を増やせない、そういうことですね」
つまり横からかすめ取ろうってことか…そういえば皇国の民も短命とか言ってたっけ。
「だからって今さら皇国と仲良しこよしは出来ないよ」
「だが和平のため無期限の不可侵条約を結ぶことは不可能ではない」
不可侵条約…それはお互いに相手を侵略しない、させないための正式な国同士のお約束である。
「不可侵…」
「そうか!古の伝承にも残されていましたね。神バルデルスと巨神は不可侵の約束を結んだと」
そういやそうだった!
「不可能じゃないって…可能なの?」
「その交渉材料こそが信仰の自由化だ」
「えっ!」
この周辺の国々ではそれぞれの国に信仰する神様がいて、それは国教として尊ばれ、国を挙げて保護し支援される。
信仰の自由…それは一つの国の中で人々が各々好きな神様を信仰してもいいという思想だ。
もしそれが通れば、過去に例を見ない前代未聞の大改革となる。
「オズヴァルト様、そのようなことが出来るのでしょうか…」
「だが我がアードラスヘルムでは神子に関する経緯があり教会は一切の政治的関与を禁止されている。これは他国では見られない我が国特有の形だ。であるならば可能ではないかと私は考える」
アードラスヘルムでは神子の所有権を奪い合う、という醜い争いが過去にあったため、国の二分を回避すべく政と教会が分離されたが、通常どの国であっても教会とは大きく政治に介入するものだ。
主権を握っている国さえあったりする。
つまり教会が脅かされるような条約など成立するはずが無い。
「さすがに無理じゃな」
「ふっ、前代未聞の西への神殿替えを行った君がずいぶん及び腰じゃないか。教会が相手では勝手が違うか」
プク…「別にぃ?全然平気だけどぉ?何なら僕から話そうかぁ?」
舐めてもらっちゃ困るよ!
オズヴァルトは言う。
バルデルス神の教えとは、自由であり寛容こそが神髄である、と。
「確かに…このサンクトリウムこそが神の望まれた都市であるのならばそうかも知れません…」
古の神殿都市サンクトリウム…
ここには君主ファルセッティの庇護のもと、人々は身分の差など持たず、あるがままを受け入れ当たり前のように助け合い、そうやって自然に溶け合い暮らしていた。
始まりがあり終わりがある人生の中で、人には精神の柱、支えが必要である。
彼らにとって神バルデルスこそがそうだったが、それはバルデルスが「我を信仰せよ」と言ったわけではないだろう。
「むしろ信仰の自由、それこそがバルデルス神の望みに叶う形だと私は思うのだがね」
信仰の自由とは思想の自由、つまり心の自由だ。そして文化の自由でもある。
神バルデルスが自由を尊ぶ神であるのなら、きっと強制された崇拝なんか望んじゃいないだろう。
オオズヴァルトの考えとは、そこに神々の意志が介在するなら、巨神にとっての満願成就はこれで十分というものだ。
そして皇国の王が僕や彼のように、もし目に見えない力に導かれているのなら、これを以て必ず同意するだろう…と。
「そんな上手くいくかな…」
「そこでウーリの出番だ。仕込みは上々なのだろう?」
期待が重い…




