南西に向けて
さて、サンクトリウムの戦いが一応の終わりを迎えたからといって、南西を含めた全ての争いが終わったわけではない。
と言っても北の辺境に関しては今も昔も丸投げだし、万が一の救援は東の王城から派兵される。
つまり問題は南西!
危機を脱し目を覚ましたオズヴァルトは僕の服を見て眉をひそめた。
「…何度も斬られたのだな…」
傷は塞がっても服は塞がらない。ましてオズヴァルトは、どれほど再生されようと一瞬の痛覚があることを知っている。
「僕は神子だけど王の伴侶でもあるからね。これはオジーだけの戦いじゃない。僕たち二人の戦いだよ」
「…君の想いに水を差すのは無粋か…」
気を取り直したオズヴァルトはすぐさま新たな指示を出す。
「ウーリすまない。君を酷使するが許してくれるか」
「望むところだよ!」
「急ぎ南西に向かって欲しい」
「初めからそのつもり!」
「私も行きたいのはやまやまなのだが…」
「予断を許さぬ中で王が城を動いてはなりません!」
「これ以上の無茶はお止めください!そのために我々臣下がいるのですから!」
一同猛反対なのはさっきのことがあるからだろう。
「心配しないでオジー、僕が爆弾以上にお役立ちだってもう分かったよね」ドヤ
「…ああ。まさか癒しを武器にするとは…恐れ入ったよ」
ふっ、僕は今も昔も、持てる全てを状況の打開に全振りする男だ。
「神は君のその機転こそを期待して神子に選んだのだろうな」
「そうかな?そうかもね」
違いない。
僕はその日のうちに残った重傷者を全て癒やした。
そして回復させたカーステン、ユリアンたちの兵団を率い明朝、南西領へ向かう。
その日の夜半に到着した使者。伝えられたのは膠着した南西の戦況。
アードラスヘルム、皇国を含むこの近隣諸国では、十分な視界を確保出来ない夜間の戦闘を条約として禁止している。(味方までうっかりやっちゃうからね)
膠着と言うなら戦況は大きく変わってはいないはずだ。
捕虜が言うには、ここサンクトリウムに送られた自分達と比べ、南西に向かった兵たちは、国でも屈指の強者揃いだとか。
「仲間は一両日中に俺たちを解放に来る。お前たちの天下もそれまでだ!」
ムカッ「舐められたもんだな…」
ポン ドサリ
「ああ!ガスパルしっかりしろ!」
神子の前に武力など無意味!まだ学習しないのか、この筋肉ゴリラ!
「ウーリ、再生力の無駄使いはよせ」
「ごめん。ムカついてつい…」
「すべては読み通りだ。奴らの思い通りにはならぬよ」
そのために南西にはこの入り江の数倍もの、それも皇国との実戦経験をもつクリストフが、天塩にかけ育てた正規軍を送り込んだのだから。
爆弾も十分送ってあるし…善戦していると信じたい…!
「さて、捕えた皇国兵をどうするか。ここは年中温暖な西領内だが…」
「このまま鎖で縛って野ざらしでもいいんじゃない?頑丈そうだし」
鳥の糞でも降ればいいのに!
人格者オズヴァルトは、仮の収容場所として材木小屋に捕虜を押し込めている。(もったいない…)
けれど木製の小屋ではこのゴリラたち相手では耐久力に不安が残る。
そこで西辺境中央部のグラーツ子爵領へ送ることにしたようだ。
乾燥地帯でもあるグラーツ領は、硝石の他にも銅などの鉱物を採掘している。
そのため砂漠地帯に幾つもの石造りで頑丈な採掘小屋を保有している。
捕虜の収容にはもってこいだ。
そして北の状況を鑑みながらその後の扱いを決めるらしい。
「ではカーステン。私は今から二時間ほど仮眠をとる。誰も部屋に近づけるな」
「承知しました」
仮眠後オズヴァルトは夜を徹して待機するのだろう。南西からどんな要請があってもすぐに動けるように。
…と思ったら。
ベッドに入ったとたんツ…と引かれる腕。
「ウーリ。こんな時に不謹慎ではあるのだが…」
「え?まさか…ウソでしょ…」
「すまない。だが万全を期したい。万が一にも途中で枯渇など起こしては事だ」
「や、大丈夫だと…」
「言い切れるか。どれ程の怪我人が居るかもわからぬのに」
ま、まあ武器代わりにも使ってるし…そう考えれば確かに必要っちゃ必要だけど…
…生命力の補充…
だからってねぇ?この状況下で?
不謹慎極まりないよ!!!
…二時間の仮眠を一時間に減らしオズヴァルトは執務棟へ戻って行った。
「しかし元気だな…ああ、するたび回復するんだった…」
体力の無限ループ。良いんだか悪いんだか。
そして翌日まだ陽が明けきらぬ中、オスビーの命を受けたブルクハルトの馬に乗って南西を目指す。
「ウルリッヒ様、私たちは馬を変えながら休みなく一足先の到着を目指します。よろしいか」
「問題ないよ!」
背中にはウル様が持たせてくれたフカフカのパンがある。手綱を握らない僕にはそれを食べる余裕がある。
だから一刻も早く到着したい。だって南西にはユストゥスがいるんだから!
馬を変えての早駆けは、一日の距離を半日に縮めた。着いたのは夕刻、折しも休戦に入る時間だ。
「フランケン男爵!騎士クリストフはどこ!」
「神子様、我はここに!」
「状況は!」
「悲観するような状況ではないかと」
「じゃあ新兵ばかりでもなんとか戦えてるんだね?」
「これも先んじて備えあればこそ」
「こちらの犠牲は…」
「さてどこまでを犠牲と言いましょうか。重傷者は多い。ですがほとんどの者が神子様を信じかろうじて命だけは繋いでおります」
かろうじて。
くっ…!安心していいのか悔しんでいいのか…
「遅くなってごめん…」
「神子様、希望あればこそ皆無謀な特攻を押し留まったのです。皇国相手に死者が出ぬなど通常考えられぬ事。十分意味はありましたぞ」
「ありがと…猶予の無い重傷者を教えて…」
「皆待ちかねております。こちらへ」
「そうだ、ユストゥスは」
「無傷…とは言えぬのですが無事でございます」
フー…「その言葉があれば今は十分」
負傷者を集めた救護用の小屋のなかにユストゥスはいた。
右肩から左わき腹にかけての大きな傷は見るも痛々しい…
「このような姿をお見せすることになるとは…情けない…」
「騎士の負傷は民を護った名誉の負傷!誇っていい!」
ユストゥスは「重傷者を先に」と僕の癒しを受けなかった。
こういうところがこの兄弟の美点であり損なところだ。
「じゃあこれをあげる」
「エミルのパンですね…」
「ユストゥスが平民だったらきっとエドに負けてなかった。カッコいいよ!」
「ふふ。そう願いたいものです」
さあ!あとは最強不死身昏倒武器、神子ウルリッヒ様に任せておけ!




