南西の終戦
南西の海岸にはかき集めるだけ集めたカタパルトとバリスタが、板を目くらましにして前後二列に並べられていた。
そして皇国の主船による開戦の狼煙を受け、板の向こうに現れたのはまさかの投擲武器。
それも爆発を伴う火薬弾とあっては、皇国軍が慌てふためいたのは想像に難くない。
前衛カタパルトからの砲撃は母船、上陸船の接近を徹底して拒んだ。
それはロンブグボウによる威力を弱め、海上からの攻撃を半減させている。
そして攻撃を掻い潜り上陸を果たした兵を待ち受けるのは後衛バリスタによる集中攻撃。
ここで皇国は一気に歩兵の数を減らすことになる。
運よくバリスタの集中砲火を抜けたとして皇国の兵は濡れネズミだ。まして内陸育ちの皇国民は砂浜に慣れてはいない。
この砂浜には西中央部から運んだサラサラの砂が増量されている。絡みつく砂。沈みこむ足。その動きはどこか鈍い。
そこに襲い掛かるのが、騎士クリストフ率いる槍兵隊と騎士ローマン率いる西辺境騎士団。
頑強なる皇国兵には数で対抗するのが北辺境の戦い方だ。
騎士一人に歩兵三人、これを一組として皇国兵一人に対峙する。
僕の到着を信じるアードラスヘルム側は、回復ありきで傷を受けた兵を後ろに下がらせ入れ替えていた。
僕にとっても何よりの良策だったよ…
「ローマン、クリストフ、戦線復帰の優先者を選定して。先に回復する。僕の力は別の使い方をするから一度に自軍の全ては癒せない」
「別の使い方とは一体…」
僕の戦い方を知った二人は仰天、開いた口が塞がらないとはこういう顔を言うのだろう。
「そ、そのようなことが出来るとは…」
「出来るも何もそういうものだから。再生の癒しって」
「貴重な奇跡を皇国軍如きに使うのは些か不本意ではありますが…」
「同感だよ。でもこれは何より確実な一手だ」
だって僕は斬られながら近づくことだってできるんだから。
「もっとも手強い相手を教えて。そいつは僕が引き受ける」
「よいのですか?」
「斬られる傷みならもう慣れた。それより早く終わらせたい」
オズヴァルトの危機、燃やされたサンクトリウムの美しい入り江、血を流した罪の無いアードラスヘルムの民、僕は怒っている!
その怒りはフォルスト候に閉じこめられたあの地下なんかと比べ物にもならないものだ!!!
「司令塔は母船に残ってるんだよね?」
「はい。皇国でもかなりの有力貴族ではないかと」
「ふーん…」
有力貴族ね。ニヤ…交渉材料にもってこいだな…
明けて翌朝、間髪入れずに始まる三日目の戦い。僕はクリストフの援護により、戦況を左右する強者に近づき昏倒させていく。
「ウルリッヒ様、お背が!」
「こんな擦り傷!」
「こ、この仔ネズミが!」
「隙あり!」
ペタ ドサリ…
ネズミはネズミでも最強の窮鼠だけどね。
「あ、あれは何だ!」
「あの小僧はどんな武器を隠し持っているのだ!」
「皆!同士ラースローを取り戻せ!」
「させるか!」
パン! ドサリ…
「うっ!皆下がれ!」
こうなると現場は鬼ごっこだ。
僕から逃げ惑う皇国兵。それは隙になり死角からの攻撃を許すことになる。
また果敢にも立ち向かう勇猛な兵は、傷すら瞬時に塞がる僕に恐れおののきながらなす術がない。
「はぁ…はぁ…後は…」
「しばしお休みくださいウルリッヒ様。雑魚兵は我々で片付けましょう」
「うん…、けど夜にはもう一度出るから」
「夜ですと!ですがそれは条約に反します」
「接触は夜明けまでしない。船体を黒く塗った小船を用意しておいて」
獲物は皇国の重鎮!奴を手に入れる!
おりしも今夜は新月、海上は暗い。
そして夜間の停戦条約が功を奏し、海上の警戒は緩い。
海に慣れた三人の兵と共に、船に伏せ背中から黒い布を被る。
そうして監視を避け皇国の母船にゆっくり近づくと、朽ちた小型艇を目隠しにして、少し距離を取り待機させた。
泳ぎを得意とする一人の兵と共に、板につかまり静かに母船に近ずく。
重鎮貴族の風貌、母船内の位置関係は既に捕虜から仕入れている。
皇国兵は直情的。カマをかければ簡単に口を滑らせる。簡単なものだ。
北の辺境伯が言っていた〝知の利”とはこういうところなんだろう。
通常こういった船に個室は無い。が、そこはさすが有力貴族。無理を言って作らせた個室にその人物はいる。まさに好都合。
この部屋はもっとも争乱から遠い船の後方、船尾の下に位置している。
そしてその外側下方向にあるのは舵のみ。けど停泊中の舵は動かない。まさに死角!
小さな小窓か…
呆れたものだ。現場で戦う兵が雑魚寝なのに一人優雅にベッドとはね。
投げた縄は窓枠の出っ張りに上手く引っ掛けられた。
王城でこそこそしていた僕は、こういったことも割りと器用だ。
小柄な身体はまるで蜘蛛のよう。
舵の裏に姿を隠しその時を待つ。
すると…水平線の彼方にオレンジがうっすらと頭を出し始めた。
カタン…
「む、何やt」
ペタン ボスリ
瞬殺。意識さえ奪ってしまえばこっちのもんだ。全ては静けさの中で行われる。奴らもまさか自軍の司令官が無抵抗で攫われるとは思ってもみないだろう。
ず…ずず…
「重…」
「代わりましょう」
「あっ!助かるよ」
合図で登ってきた助っ人兵が担いで先に降りる。注意深くその後に続いて…あとは脱出あるのみ!
薄暗いと言っても夜明けの海上。さあ、どれくらい誤魔化せるか…
僕は昨夜、目眩ましのために幾つかの破損した板切れを拾い上げていた。
伏せた背にこれらを乗せれば…遠目にはとばっちりを食って漂流している漁舟に見えないだろうか。
…あと少し…もう少し…
ヒュウゥゥ…トス!
げっ!
トス!トス!トス!
「不審な船だ!沈めろ!」
立て続けに射られる弓矢。あっぶな…板切れ無かったら一巻の終わりだったわー!
トス!ボッ!
「あっつ!」
火矢か!
「全員起きろ!パドルを持て!」
「ウルリッヒ様、なにを…」
「いいから全速力!」
カチッ!カチッ!
持ってて良かった火打石!と、ウル様から取り上げたスリング!それも爆弾付き!
「波のカーテンだ!」
爆発音とともに上がった波は煙幕代わり、奴らの動きは一瞬止まる。
「よし!岸だ!」
「誰か!援護を頼む!」
こうして僕たちの接岸は四日目開戦の合図になった。が!
司令塔を失った皇国兵は徐々に統率を失っていく。
戦況はこちらに有利。それでも退かないのが皇国レスプブリカという国なのだろう。
「埒があかん!誰かこの書状をあの船に射ちこめ!」
「私めが!」
南西軍の統括、フランケン男爵の指示で皇国側には捕まえた皇国貴族、イシュトヴァーン侯爵引き渡しの条件が提示された。
その条件とは即時撤退。
さあどうなるか…
が、待てど暮らせど返事はない。
イライライラ…仕方ない…最後の奥の手といくか。
「イシュトバーン侯爵、あなたにももうお分かりだと思うけど僕には神から預かった生命を司る力がある。実は僕の行った攻撃とは人の生命力を奪う力だ」
「なにを馬鹿な…。我々皇国の民を謀るか!やれるものならやってみるがいい!」
「じゃあ」
ペタン バタリ
目が覚めた侯爵は真っ青になりながら直筆の命令書をしたためた。
この侯爵、どうも皇国の王族らしい。
軍の長なんて往々にして権威付けの名誉職だ。現場の指揮官は他にいる。驚くことでもない。
が、これは大きな決め手だ!
結果、改めて同意書が交わされ、ついに奴らの船はこの南西の海から姿を消すことになった。




