崖上の休息
オリーブの並木を抜けるとそこでは僕の力で昏倒させられた多くの皇国兵が捕縛されていた。
意識のない巨体の彼らをここまで運ぶのは相当大変だった事だろう。
だけど彼らは木と布を使い上手く運んだという。
「くそ!アードラスヘルムの脆弱な民ごときが…!」
「母国は我らを見捨てはせん!後で後悔するがいい!」
「お前らなんぞ皆殺しにしてくれるわ!」
「うるさい!」
もう一回黙らせてやろうか!
「誰かこいつらの周りに馬糞撒いといて!」
「は、はい!」
敗者を相手にするだけ時間が無駄だ。僕にはすべきことがある!
「オジー!」
大急ぎで駆け付ければそこには最後の船を沈め終えたオズヴァルトがいる。
「残党を岸に上がらせるな!弓兵!並列に並べ!」
「火薬爆弾の残数を確認せよ!」
「自兵は疲弊している。なんとしても水際で止めるのだ!」
彼は両脇を支えられながらも気丈に指示を出し続けていた。
すぐ横には用意された椅子がある。それでも民の前で弱った姿は見せたくないのだろう。
周囲には数えきれないほどの矢が落ちている。
この残骸は窮鼠の一矢。けれど船の沈んだ奴らの攻撃はもはや崖上には届かない。
下を伺えば今まさに浜に近づかんとする皇国兵と、波打ち際手前で最後の攻防が続いている。
上からも横からも正面からも狙われる奴らに逃げ道はない。勝負がつくのは時間の問題。
けど…ああ!一分一秒が惜しい!
「誰かあれを持て!」
あれ?
「陛下!お持ちしました!」
親方?
「着火までの時間はどうだ!」
「厳密に計算は済んでおります!」
「よし!それを敵兵の背後に落とすのだ!」
手にしたのは巨大な爆弾。カタパルト用の爆弾よりさらに倍くらいの大きなものだ!いつの間に!
「皆急いで下がれ!もっとだ!よし、打ち込め!!!」
浜に居る兵たちはみんな小道の入り口まで駆け足で後退する。それをみた皇国兵も何かを察するが、巨体、疲労、水を吸って重くなった衣類がその動きを鈍らせる。
着水とほぼ同時の爆発。それは大きな高波となって一瞬のうちに皇国兵を飲み込み足をすくった!
「今だ一斉射!」
後で聞いた話では、どうもオズヴァルトはこれで母船を一発撃沈と考えていたらしい。
けれどこの重さの爆弾を沖に届かせることは出来ないし、かといって浜辺に近くてはアードラスヘルム兵も巻き込むおそれがある。
そこで再考したあげくお蔵入りにしていたのだとか。
けど高波発生装置としては十分。残党兵の悪あがきもここまでだろう…
「ブルクハルト、ここにケガ人は?」
「致命傷を負ったものはおりません!」
致命傷は…か。
アードラスヘルムの弓兵が持つのはクロスボウ。これは不慣れな兵でも扱える弓だが、飛ばす距離が延びれば威力が落ちる。
そして皇国兵が持つのはロングボウ。どちらの弓も殺傷力は強いものだが、ロングボウは名前の通り遠距離の射出に向いており、その威力はこの崖上であってもチェーンメイルすら貫通させる。
見れば多くの人が血を流している。片目を押さえた布が真っ赤に染まっている人もいる…
「負傷者を集めておいて。重傷じゃなくても差しさわりのありそうな怪我人は全員」
「承知しました。それよりウルリッヒ様、一刻も早くあちらへ!」
焦りを含んだブルクハルトの声。見た目以上にオズヴァルトはギリギリなのだろう。
「オジーしっかり!」
「ふー…、ブルクハルト…下はどうなった…」
揺れる身体は彼の限界を伝えている。恐らく視界ももう定かじゃないんだろう。
「皇国軍は…」
「もう勝敗は決まった。全部沈んだ!オジーが沈めた!こっちの勝ちだ!」
「そう…か。ではブルクハルト、こちらの被害を報告せよ…」
「僕が見てきた!下にも上にも死者は居ない!」
「ならばラインハルト、皇国兵は…」
「生存兵は拘束して捕らえてある!もういい!もう終わったから!オジー今すぐ癒やしを受けて!自分の臣下が信用できないの!」
後で聞いたことだがその時僕はオズヴァルトにしがみついて号泣していたらしい。
必死すぎてなんにも覚えてないんだけど…
彼の状態はすでに歩くこともままならなかった。
有無を言わさず再生の力を流しこむ僕を見て、ブルクハルト、ラインハルトの二人はほっと息を吐いた。
意識を失い倒れ込むオズヴァルトは、用意された長椅子に横たえられる。その姿は人目に触れないよう、簡易の天幕が設置された。
その中で僕はずっとオズヴァルトにしがみついていた。
あの時と同じだ…。王妹宮の…彼の私室で…、あの時もこんな風に、癒しを受けたオズヴァルトは吐息も漏らさず眠っていた。
四年前のオズヴァルトはまだどこか頼りなかったっけ。
王妃の影に怯え未来に希望を見出せずにいた。
けど今では立派な王だ。誰もが認める立派な…人々を護り導く立派な…王…
気がつけば僕は一緒に眠っていた。




