日々成長する西辺境
定期的に寄越される、西辺境平原部にあるホーフェン男爵家からの手紙。
現在あの地は辺境伯と西のグレーデン伯爵の話し合いにより、要請を受け新兵の育成場となっている。
なぜあの地なのか。
それはホーフェン領は北へ向かう山脈手前に位置するため、傭兵の訓練を兼ねた山道整備にうってつけ、といった事情と、あそこは元は二つの領地だっただけに土地だけは広いから、と言った理由だ。(可動範囲とは言ってない)
あそうそう。ついでに言うとホーフェン男爵夫妻は山に住む流浪民に慕われているから、ってのもあるかな。
まず集められたのはこれを好機と見た立身出世を夢みる多くの貴族子。
その貴族子の中にはオズヴァルトの異父弟ユストゥスもいる。
「そういえばホーフェン男爵は一段階昇爵させたんだよね?」
「ああ。初期の人材、そして不在の一年に西の宮廷を整えてくださった尽力は感謝では済まないもの、そうだろう?」
「もちろんだよ。それに王の生母として立場は整えないと」
王の母方が男爵家では侮られる。下手したら利用すようとするバカが居ないとも限らない。ゆくゆくは高位貴族にまで引き上げるんだろうけど、まずは一歩ね。
与えたのはグレーデン伯爵預かりとなっていた〝ビューロウ子爵位”。ゾフィーさんの祖父が持っていた爵位である。
それを以て、ユストゥスは婚姻が決まれば正式にホーフェン男爵を継承する予定だ。
同時に彼は騎士団においてそれなりの役職に就くだろう。行く行くは〝西辺境兵団統括”となるために。
そのユストゥス含む騎士職の彼らを指導するため、オズヴァルトが派遣したのは王の近衛でもあるローマン。元王妹邸の騎士である。
「なんでローマン?辺境伯が置いて行った騎士クリストフが居るのに…」
騎士クリストフとは御前試合の覇者だ。
辺境伯は彼に「この地で陛下を御守りする兵卒を鍛えよ!」と申し付けている。
「騎士とは人々の憧れでもある。王家を護る聖騎士なら尚更だ。であれば騎士の育成には王族に仕えしローマンが適任だと私は考えたのだよ」
「あー、まあ…、…そうだね」
五人の近衛の中でもローマンは分かりやすく気品が溢れている。確か…ある侯爵家の四男じゃなかったっけ。
実をいうと実戦に明け暮れる辺境伯の兵は総じてちょっぴり…えー…躍動的である。…肉体派…といえばわかりやすいだろうか?
そこでオズヴァルトは、前述クリストフに、扱いの難しい一般兵の育成全般を任せたのだ。
この一般兵とは主に歩兵を指す。槍兵、弓兵、盾兵、などなどだ。
そしてこの一般兵は二種に分けられる。
半分は傭兵。つまりお給金を与えて兵士に従事させる職業兵ね。
もう半分は都度近隣領からの徴兵となる。
クリストフが鍛えるのはこの〝傭兵”の部分だ。
集められたのは新しい治世に希望を見出し、国中から集まった腕自慢の若者たち。
これね、言葉を変えるとどうにもならない荒くれ者ってことだから。
そう…。古今東西、傭兵に荒くれ者が多いというのは常識である。
血気に逸る彼らはクリストフによりさぞその鼻っ柱をへし折られたに違いない。
虎のように精悍な騎士クリストフ。彼はまごうことなき漢の中の漢だ。
無謀な荒くれ者たちは舐めてかかったことを心底後悔し、また若者たちは「彼のようになりたい…」と憧れ修行に励むことだろう。
「ウーリは王城の兵舎を訪れたことは?」
「なくはないよ。けど途中から出禁になっちゃって…鍛冶場はほぼ日参してたんだけどね」
聖騎士団の統括は(形だけ)アルトゥールだった。そして王城の兵舎と鍛冶場は至近距離だ。
あれはまだウル様とアルトゥールの婚約以前。
アルトゥールの姿を求めて兵舎を訪れるウル様に付き添い、僕も何度か兵舎や訓練場を訪れていた。
そこに居たのが階級絶対主義の副団長。
彼はどう考えても人格に難ありな人物だが、如何せん、なんと奴はアルトゥールの遊び仲間だったのだ。
つまり奴はコネで副団長の座を射止めたのだろう。
副団長は平民の僕を毛嫌いし、いつもひどく罵倒してきた。それにムカついて…
「まあちょっとばかりゴシップをネタに脅したって言うか…」
「脅した?」
「僕に対する態度を改めなきゃ浮気してること婚約者にばらしてやるって」
「…それで態度は改まったのかい?」
「…数日後アルトゥールから兵舎への出禁が言い渡された」
「ふっ、だろうな」
あの時の僕はまだまだ未熟で愚かにも正面からケンカを売ってしまった…
そのうえ悔しいことに、前世軸の僕はただの世話係エミル、王族には逆らえない。
それでも不敬とか言われず出禁ですんだのは、背後に居たウル様の力に他ならない。
けど当時やさぐれていたウル様は「世話係を伴えないなら兵舎ではアルトゥール王子が付き添ってください」と申し出たのだから、意外とちゃっかりしている。
つまり何が言いたいかというと、王城の兵は半分が腐ってた、ってことだね。
えっ?城と王を護る剣と盾がまさか…って?
もちろん彼らだって初めは崇高な使命感を抱き厳しい試験を受け入団したと思うよ?
けれど、実力よりコネと媚びのほうが優遇される実情を見ればヤル気も削げてくってものだ。
当時の王城は残り半分の愚直な兵により護られていたようなもの。
…とは、鍛冶師長の弁。
「副団長も疫病で消えたし今はかなり改まってると思うけどね」
「そう願いたい。やれやれ、リュティガー様も大変なことだ」
実際…、中途半端に残滓が残る東の王城より、一から構築するこのサンクトリウムのほうがやりやすいかもね。
こうして主都、サンクトリウムの再興は順風満帆にすすんでいた。
そんなサンクトリウムのとある休息日。
僕とオズヴァルトは外神殿で心地良い春の風を全身で楽しんでいた。
エドは趣味の古代語解読に出かけている。
というわけで僕の右隣でオズヴァルト本を読み、僕の左隣にはウル様が居る。
「エミル何してるの?」
「ネコ描いてるの」
神殿をねぐらにしている犬猫たちとは、元をただせばウル様の愛玩動物だ。
今では繁殖により数を増やした彼らは、犬は狩猟や番犬として、猫は害虫害獣避けとしてせっせと働く立派な戦力である。
といっても彼らの日常は半分以上が睡眠で占められるため羨ましいことこの上ない。
え?同じようなものじゃないかって?
こう見えて僕は日課の禊にはじまり、調薬のお手伝い、アメシストへの祈り、アゴラの教会にも顔を出すし…それなりに忙しい身の上である。
カウチに寝そべり、お腹が冷えないようネコで保護して惰眠をむさぼる長閑な昼。ああ良い気持ち…
「大変ですウルリッヒ様!」
「ど、どうしたの!」
と、そこに平和を破る修道士の緊迫した声!
「エドヴィン様が足を踏み外し足場から落ちてしまいした!」
「ええっ!エ、エドは大丈夫なの!」
「今は命に別状ございませぬがウルリッヒ様にお見せした方がよいかと…」
「ちょ!すぐ行く!」
エドは僕の弟だ。修道士は僕が〝癒し”を施行すると考えたのだろう。
「ウーリを呼びに来たのであれば無傷ではないと言う事か」
「そんなっ!エド…」
狼狽えるウル様。でも大丈夫。困ったときのウルリッヒ!ってね。




