お役立ちの洞窟
本人の希望でひっそりと(二人きりね)行われたエドの誕生日だが、実は派手に行われた誕生日もあったりする。
それはオズヴァルトの誕生祭だ。
お祝いの祭りはサンクトリウム全域をあげて行われている。
先ず朝からお昼まで、盛装したオズヴァルトは、馬に騎乗し都市内をぐるりと周回することになっていた。
その後ろに続くのはロバに乗る僕で、その後ろに馬に乗るエドとロバに乗るウル様という、大小大小の愉快な行列。
これも平和で安全な神殿都市ならではの長閑な光景である。(もちろん近衛は一緒だよ)
「オズヴァルト陛下ばんざーい!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう皆」
「おお!お声をおかけくだされたぞ!」
ところでこの誕生祭だが、彼は当初あまり乗り気ではなかった。
何故なら彼は天災と厄災(人災とも言う…)により手に入れた玉座を、「私は何もしていない」と感じているからだ。
「何も己を卑下しているわけではない。だが事実だろう?権威をひけらかすような行事など今の私には不釣り合いだ」
けれどその意見は顧問である祖父、シャルム子爵により却下された。
「民は期待をこめて王オズヴァルトを歓迎しているのです。あなたはその期待に結果を以て応えればよいこと。権威をひけらかす必要はございませんが希望を信じられるだけの威光は示さねばなりませぬ」
さすが含蓄がある。
玉座において謙虚は美徳…などとはならないのだろう。
かといって前王朝みたいに謙虚の欠片もないのは問題外だし、加減の難しいところだ。
なにはともあれ、馬車道や小道に並んだ多くの都市民から心のこもった祝福を受け、神殿部に戻ったのがおよそ昼過ぎ。
その後アゴラでは祝いのパンが振る舞われ、神殿部ではささやかな宴が開かれた。
言わなくても分かってると思うけどお祝いのパンは母さんとウル様のお手製だよ。
アプリコットサイズの小さな丸いパン。それを母さんとウル様は丸二日間かけて焼けるだけ焼いたらしい。
しばらくは真正面に座って宴の様子を見ていたオズヴァルトだったが…
「ウーリ。少し抜けないか」
「疲れちゃった?良いよ。どこ行く?」
「では例の場所へ」
例の場所…とはあの洞窟である。
海に面した神殿部の突き当りは崖になっているわけだが、実はつい最近海へと下りる隠し階段が完成している。
これは何かあった時の脱出経路。
辺境伯の進言によるもので、東の王城をはじめとして大体どこの城にも隠し通路とは存在するものらしい。
崖肌を段々に削り手すりを付けただけの傾斜が急な階段。生い茂る木々により、海側からは隠されている。
ちょっと怖いけど、ここを降りると人目を避けたまま海岸の岩場付近に降りられる。
この階段が出来た時、一番喜んだのは行動に制限のあるオズヴァルトだった。
「やれやれ。せっかく自由を得たというのに王とは不自由なものだ」
「庶民に混じって釣りってわけにはいかないからね」
気の毒だが、方々から都市民の増えた現在、王がそんなことをすれば秩序が乱れる。
こればかりは祖父、母、宰相、全員から却下されている。気の毒に…
そう思うとここへ到着して初めの一年とはまさに楽園生活だったわけだ。
「ふふ、このビオラはエドの名残か?」
「ビオラは丈夫だからね」
僕が首から斜めに下げた革カバンにはお食事セットが用意されている。
中にはカップが二つ、ワインが一本、エミルのパンとハムにチーズ、干し肉もある。
「ウーリ、来年も…そして再来年も。私の誕生日はここでこうして二人きりで祝いたい」
「みんなあんなに祝福してくれているのに」
「民には感謝している。王城中から望まれぬ子と呼ばれた私がこうして生を祝福されるのだから」
「嬉しい?」
「ああとても」
細められる目。
彼の視線は未来を捉える。
そして、その口から語られるのは数々の理想。
「西の地が発展しないのはここが閉鎖的だからだ」
「それは人柄じゃなくて立地の問題だよ」
「分かっている。だからこそ活路は海なのだよ」
「…オジー、ここは閉鎖的だから安全だったとも言えるんじゃないの?」
広い世界が運ぶものは良い文化だけとは限らない。
「それも分かっている。だが外を知らねば広がらぬ見識がある」
「フランケン男爵と話し弾んでたもんね」
海の漢である南西の当主フランケン男爵。
彼は当主でありながら冒険者や開拓者といった匂いがする。オズヴァルトはえらく感銘を受けたようだ。
年齢的には父親ほどの開きがあるフランケン男爵だが、戴冠式典で初めて会ってからのオズヴァルトは、まるで友人のように彼を慕っている。
それに応えるかのように、立地が近いこともあって、男爵はその後も二度ほどやって来ている。
そういえば前世軸のウル様も目を輝かせながら話を聞いてたっけ。
あの領の男があれほど当主に心酔するのはその人間的魅力がゆえだろう。男殺しめ…
「ねえオジー。僕とフランケン男爵どっちが好き?」
「…馬鹿な質問を…」
細められる目。
「その答えは今から教えてやろう」
誕生日はまだまだ終わらない。




