そこにある危機
聖神殿では修道士たちが丸く固まりざわめいている。中心に居るのがエドなんだろう。
「そこどいて!」
「皆、エドヴィンの様子はどうだ」
「陛下…ウルリッヒ様…、エドヴィン殿はここに」
「動かしてない?」
「ええもちろん。あの高さから落ちたため動かさぬ方がよいかと判断いたしました」
修道士が指し示すのは四段目の足場。
「彼は一番上の足場におりました。そしてちょうど一つ下段へと下りるところだったのです。そこで足を踏み外しこの様なことに…」
「…慎重なエドにしちゃ珍しい」
「彼はひどく興奮しておりましたから」
…ったく…。多分興味深い記述でも見つけたんだろうけど…
床は冷たく硬い大理石。そしてこのバルデルス像は大人五人分くらいの高さを誇る巨神像だ。
足場はひと一人分づつの間隔で五段組みになっている。その四段目、ということはかなり高い…
「う…うぅ…」
うめくエドヴィン。参ったなぁ…骨折れてるみたい…
「口から血…臓腑をやられたか」
「エ、エド!」
「エミル揺らしちゃダメ!」
「う…、ウルリッヒ様何してるの早く!早く治して!急いで!」
…あごで神子を使う世話係…か。
けど緊迫しているおかげで誰もその違和感に気付かない。
「誰かエドの足の向き直して」
「ぼ、僕が!」
ウル様と協力しながらぐったりする身体を後ろから抱き起こす。
そのまま集中すれば何かがすぅっと抜けていく。
一瞬の淡い発光。
その直後、エドはカクンと意識を手放していた。
「意識が!だ、誰か急いで救護室に!」
「落ち着くのだ皆。再生の力を与えられた者は一時こうなる。問題はない」
「陛下はその…」
「うむ。私も奇跡を受けている」
「おお…!」
「こ、これが再生の儀か…」
一応どんなものかは、体験者の口伝えなんかで知られてはいるんだけどね。
初めて見る神の奇跡に感激する修道士たち。聞くのと見るのとじゃ感動が大違いだからね。
「エドヴィンは私が運ぼう」
こうして僕たちはエドを連れて『君主の館』へと戻ったのだが、その三十分後、エドは何も無かったかのように目を覚ました。
「…ふ…」
「エド!エド気がついた?」
「兄さん…」
「ベン。今すぐ神殿の者たちに伝えるがいい。心配しているであろう彼らを安心させてやらなくては」
「畏まりました」
父さんにとってエドは元主家であるリンデン家のご子息。そして今や息子エミルの婚約者でもある。父さんは扉の横に待機しながらずっと心配そうに見守っていた。
こうしていつもの四人きりになった室内では、ようやく人目を気にせずエドに詰めよっていた。
「もう!びっくりしたよ!あと一段高かったら怪我ですまなかったかもだし!」
「すみませんウルリッヒ様…」
「違和感は?」
「問題ありません」
「それでなにを見付けたって…?」
「お見通しですか…」
「そりゃあね」
リンデン家に居た家庭教師、彼もまた深く思考に熱中すると周りが見えなくなって、何度か階段で足を踏み外していた。まったくこの手のタイプときたら…
「じ、実はこんな記述を見付けたのです!」
いつも物静かなエドにしては珍しく声が大きい。でも次の言葉を聞いた瞬間、僕の声まで大きくなったよね。ついでにオズヴァルトも。
「ウルリッヒ様!兄さん!二人の奇跡に関わる記述です!」
「何だって!」
「エド、何と刻まれていたのだ!」
古代語とはまるで記号のように難解な形状をしている。
まだ未開の文字(絵?)も多い。
だから正確に全てを写し終え、前後と照らし合わせながら解読を進めなければ理解出来ないものなのだが、エドは文章としてはまだ不明でも、その単語だけは文字として認識できたと言う。
「『再生の輪廻』と…」
「再生の輪廻…?」
「『再生の輪廻』、わかりますか?」
「いや、さっぱり」
「ナンナーの大奥様は私にナンナーに生まれる神子を『因果応報』の成れの果て、そう仰いました。当時の私には何のことはは分かりませんでしたがナンナー伯の話を聞いた今ならそれがどんな意味を持つか、もうわかっています。神子はナンナーの因果によって生まれた罪と罰だと」
…因果応報、それは過去や前世の行い、つまり《《因果》》に《《応》》じて今世の果《《報》》が決定付けられることを言う。
前世…今世…
今世?前世?
「神子教育で習ったよ。輪廻とは生まれ変わりの思想…」
ポツリと呟くウル様。
そして今、この場の全員にエドの考えていることが理解出来ていた。
「輪廻…」
「神子の再生…」
「そうです。恐らく古の君主は生まれ変わりを繰り返していたのです!」
僕の癒しによって身体に異常のないエドだが、ウル様がどうしてもというので今日はこのまま休息をとることになった。
けれど気の逸るエドをベッドに押し込めるのがどれだけ大変だったことか。あのウル様ですら抑えられなかったんだから。
結局最後は王命をもってガツンと言い聞かせたけどね。
僕とオズヴァルトは一日の終わり、ベッドの中でいつまでもその事を語り合っていた。
「『再生の輪廻』か…」
「それこそが古の君主が神に与えられし力だったのだろう」
「けど僕の知る限り近代の王にそんな気配は微塵も感じないけどね」
強いて言うなら王の傲慢さはここ数代踏襲されていた気はするが、あれは生まれ変わり云々ではなく無言の英才教育によるものだ。背中で語る、ってやつ?
僕の意見はオズヴァルトによって強調される。
「そもそも生まれ変わりなのであれば〝癒しの神子”のようにそれは死と背中合わせに起こり得るもの。生前に王太子を選定している時点で理論は破綻する」
ごもっとも。
そして『再生の癒し』もまた、神がナンナーの神子に与えた力だ。
現在分かっている古の伝承によれば、ここサンクトリウムで起きた当時の奇跡とは、神バルデルス、つまりあの巨神像によりもたらされている…
「そう考えると神様は力の施行に媒介を要するわけだよね。古はバルデルス像。今なら神子っていう風に」
「ふむ…いつかも話し合っただろう?神の奇跡とはこのサンクトリウムを護るべき時にもたらされる。神は疫病からサンクトリウムを護るため神子を生み出した、そうだな?」
「像は移動できないからね」
広範囲に点在する罹患者を神像が癒すことは不可能だ。
だから小回りの利く媒介が必要だった。ナンナーへのお仕置きは渡りに船だったのだろう。
「が、君主が都市を放棄し逃げ出したのは神にとっても予想外の行動だったと思わないか」
「人間は弱き生き物だからね…」ピク「…オジー」
「どうした?」
ふと頭をよぎったたわいもない閃き…
「その理屈で言うとまさに奇跡の連続みたいな今こそ〝サンクトリウムを護る時”に該当しちゃうんだけど…」
「…都市の再興は順調に進んでいるが…」
「う…ん…」
護れて…る…よね?




