第八幕
この物語はフィクションであり、話を作り上げた際もどうやったらスムーズに話を進められるか相当に悩んだ結果、破綻しないような設定をとにかく作り上げることから始めました。それでもなお、人間の作り出したものは、どこかしらのバグがあるものです。致命的でなければご都合主義と笑っていただければ結構。なに、創作なんてそんなものです。
さて、次回のお話作っているのですが、スピンオフとちゃんとした話、どっちが先に読みたいですかね。
スピンオフは、船橋が料理に目覚める話
新作は、この作品の室町年間にいた破天荒な僧侶の話か、現代の消防団にまつわる話
いずれも時間がかかります。
あぁ、あと一話で終わりです。
「いや、あんときは本当に驚いたんだわ。なんせ、報道の連中が垣根からのぞき見してるんだから。」
後に千葉は語る。発電車のブレーカを落とし、発電機のキーを回したとき、訪れる静寂が江戸時代の静寂では無く、クラクションと人のざわめきだったからだ。一瞬、耳を疑ったが、目の前に広がる垣根から覗く顔3つ、そしてカメラのレンズと照明があれば、どう考えても江戸時代とは違った世界に来ているはず。ひとまず、さっき口上を述べた無線機に、そのままその場を動かないように伝え、どう考えても現代の報道クルーと思われる人物に話しかける。業界人は何人か知っていたが、さすがに報道の人間となると付き合いが無い。ひとまず、おはようございますと挨拶をかましてみると、向こうも挨拶を返してきた。どこのクルーで?と質問してみると、関東キー局の名前が出るでは無いか。千葉は、即座に踵を会館内に向けると半狂乱で走り出した。帰ってきたぞーと叫びながら走り出した。鳥獣戯画やら技術陣一同と万歳三唱、ようし、家に帰るぞーと、出口に向かったらそのまま厳つい防護服に身を包んだ警察じゃ無い団体に市民会館は制圧された。マジモンの小銃を向けられたのは、日本人広しといえども俺らしかいないと断言できる。と、漏らしそうになる小便を食い止め、ホールドアップの状態でステージまで押し込められた一同。何が原因で現代まで帰ってきたかは判らないが、帰ってきた途端、市民会館を囲む環境は一変していたのである。かくして、一同の隔離生活は幕を開けることになる。
「・・・の会館では、依然自衛隊による隔離が続いております。鳥獣戯画をはじめとするライブスタッフは世界で初めて確認されたタイムジャンプ現象に巻き込まれたと思われますが、歴史上のパラドックスがどこまで進んだかの解明が続けられています。首相官邸は、この事態を重く見ており・・・」
現代人の生活においてテレビは、情報収集をする上で欠かせないアイテムの一つである。が、しばらく江戸時代で生活をしていたライブメンバースタッフ一同は、テレビという存在をすっぽし忘れていた。従って、自分たちが置かれた状況が全く理解できず、外の世界では何が起こっているか全く判らなかったのだが、健康診断に訪れた自衛隊の医官にテレビの存在を指摘され、現代に帰還してから2日目にしてようやく文明の利器に手を出し始めた、無情報状態から現代人に戻った瞬間である。そして、夜。皆でテレビを見ながら情報収集にいそしむ傍ら、一同がやっていたこととは何かというと、いつものあれであった。
白兎「千葉さん、これはアンコったってやつですか。」
千葉「しゃべっちゃだめだから。四暗刻な。上がれたら強いぞ。」
大場「聞いたか熊吉、白兎がいくぞ、振り込むなよ。」「振り込み・・・。」
高津「練習なんだからそんなにこだわらなくてもよかろう。こっちなんかもう完全にテンパってるんだから。なぁ、」鴉「牌が全然並ばない・・・。」
源田「あぁ、それ切っちゃだめ。食われるから。」雉丸「うぉう、アブねぇ。」
麻雀である。テレビが持ち込まれた市民会館の畳部屋は、供給の心配がなくなったこともあって、ビール缶が結構な数開けられていた。まるで旅館のようになった畳部屋だが、隔離拘束されている手前、出来ることはといえば、飲む打つ寝る位しか無く、やり続けた麻雀もほどよく飽きてきたので、今度は鳥獣戯画のメンバーに麻雀を教えてみようと言うことになった。テレビをつけながらの麻雀は、まさしく慰安旅行の様相であったが、流れてくるニュースは、自分たちのことばかりで気が滅入る。いつになったら解放されるんだか、これなら江戸時代の方が自由だったかもなんて思いもしたが、ビールとテレビはやっぱりいいものだ。風呂がでかいならなおさらで、ぐだぐだしながら時が過ぎるのを待つ一行であった。
たまの刺激もあった。取り調べ・・・もとい事情聴取の時間である。相変わらず防護服で行われたが、中身が変わっているところもなんとなく感じ取ることが出来た。1度目は警察と政府関係者。2度目3度目は医療系と政府関係者、4度目からは学者系の人間も混ざって行われたし、質問も歴史的な部分が大半を占めるようになっていた。
~なぜ、江戸時代と判ったか。~
将軍様はどこの家の人?と町人に質問したら、徳川だっていうから、少なくとも江戸時代と判断した。
~江戸時代というが、いつ頃か判るか。~
なんとなくしか判らない。上杉家の殿様が良くしてくれていた。
~上杉家は他に誰がいた?~
舟橋、香坂、蓼沼っていう侍が3人、殿のお付きということでよく関わっていた。
~江戸時代に何をやった?~
ライブをした。全力で。
~詳しく~
鳥獣戯画のいつものライブ、今回のライブで仕込んでた演目そのまんまやった。3回ほどやった。現代技術てんこ盛りでやった。後悔はしていない。
~どうなった~
役人が飛んできた。それが船橋。卒倒して鼻血ふいた。介抱して朝飯食わせたらすんごく感動してた。後で殿様、勝興が来たが朝飯食い損ねてうらやましがってた。
~殿様?その後は何か縁があったとか~
技術陣の俺らがよく面倒を見ていた。一回夕飯に誘われて殿と一緒した奴が4人居る。
~結構なもてなしを受けたのでは~
三汁五菜の膳が出てきて、白米もあった。当時としては珍しかろう清酒も出てきて。いろいろ話したけど、どれも殿には興味があったみたいで。
~そのときに「所詮はケツ持ち」とか、「やってみせ」とか話した?~
なんでそのこと知ってんの?
歴史とは、時代時代の積み重ねで有ることは確かだが、後年、調べてみると何かがかけてしまい、なぜそのことが起こったか判らなくなってしまうことがある。
歴史学者曰く、上杉治憲、幼名は勝興というが、彼の者は、ある日突然君主としての自覚に目覚め、藩主になるまでには名君というにふさわしい見地を手に入れていたという記録が残っていたが、なぜそのような名君が生まれたのかの経緯が全くわかっていなかった。また、しょっちゅう出てくる異端文化的なものの受け入れというか、挑戦のようなものが日記に登場するなど、突然にしては異常とも言える歴史の謎とされていたが、まさか彼らのタイムスリップが原因とは、誰も思いつかない。このタイムスリップという事実を得た歴史学者は、口を揃えていったという。
「卑怯だー。」
ともかく、いつ帰れるの俺ら、と長々続く取り調べ、、、もとい聞き取り調査にウンザリし始めた2週間。バンドメンバーとスタッフ一同は、ようやく歴史という牢獄から解き放たれ、日常に戻っていったのである。そして、そろってすべての関係者があらゆる方面の大惨事をこの後、体験することになるのだが、ここにその一部を紹介したい。苦難の後にようやく帰れた自宅の玄関を開けた白兎の後日談。心して聞いていただきたい。
あの日、ようやく自宅に帰った僕は、玄関の鍵を回し、扉を開けた途端に開いた扉の隙間から何か得体の知れないものが、自分の部屋に舞っている事を確信したのです。このまま開けていいのか、悪いのか、ひとしきり悩んだ僕は、とにかく自分の布団でちゃんと寝たいという欲望に突き動かされてしまい、その扉を勢いよく開ける決断をします。覚悟を決めて開いた扉の先にある部屋。懐かしい僕の部屋は、ぱっと見では大して変わらない状態だったことから一瞬ほっとしますが、その後です。何かの気配がする。そして、少しだけですが煙っているのです。得体の知れない不気味さに忍び足でキッチンに近寄ると、出かける前と同じ配置の家電や器具が蠢いているように見えました。そして、そのままになった炊飯器。本来動くことのない炊飯器が少しだけ動いているように見えました。
盛大にあげられた悲鳴は、都内各所に展開していた新聞記者やテレビレポーターによって確認され、すわ一大事と駆けつけたテレビクルーに事の一部始終を中継されたという。小さな黒い点がうごめく夜中の戦闘は、ライブという形で全国に配信されたが、アーカイブは見当たらない。当然だが、そのままを映したテレビクルーが会社に帰って訓告をまじめに受けるほど、送られた画がグロテスクなものとなり、一時起爆あがりした視聴率は一気に最低まで落ち込んだのである。この惨劇はG駆逐生放送事件として関係者に語り継がれることになった。
とあるテレビ討論の一幕にて・・・
~上杉勝興という殿様は、彼らに会ったことによって大きなパラダイムシフトを迎えたことになります。元々名君の素質はあったのでしょうが、それがタイムスリップした彼らの未来的思考によって、より洗練された、、、と考えるべきでしょう。それが後の上杉鷹山による改革で花開いた、と。~
~すると、パラドックスは歴史によって正当化されたと?~
~判りません。が、今の歴史が成り立っているということは、正当化されたと考えてもよろしいのではないでしょうか。早まったといってもいい。~
~大きな歴史の謎が一つ解けたと~
~えぇ、まさにその通りです。しかし、それまで彼の日記などに現代用語のようなものが出て来る度に、何が起こったんだと眠れぬ夜を過ごしたものですから、これからは、新しい日記などが発見されても、原因はあいつらだと確信が持てますし、上杉鷹山の時になぜあのような大改革が出来たのかもこれで解説できるようになりました。~
~そんなに唐突に出てくるんですが~
~そうです。江戸時代の日記にそのままではありませんが、5Sとか、4Mとか出てくるんです。江戸時代ですよ。サ行がSなんて発想すらないはずなのに、整理整頓清掃清潔躾だって。安全第一が出てきたときには、現代の工事現場記録を読んでるんだと思ったくらいで。4Mに至っては、英語判らないと揃えられないはずなのに、どういうわけか趣旨解説まであったりして。あの当時、日本にあった外国語はオランダ語からポルトガル語に移行する時期だったハズですが、man,machine,materlal,methodを「人・器・材・法」に置き換えて、死生観も消耗品よりだった人材を「替えの効かない貴重品」としたなんて、天変地異が起こったと思いました。それだけで論文書いたくらいです。~
~ブラック藩がホワイト化したと~
~言い得て妙ですね。勝興の時にはやり遂げることは出来なかったようで、家臣がこの考え方について行けなかったと思われます。なんたって関ヶ原が収まってから代替わりもそんなに進んでいない状況なので、当然と言えば当然でした。中途半端に導入した結果、余計な経費が発生、というよりも両方やろうとして2重にかかったんでしょうね。そして財政難からの重税が発生した。ただし、管理手法があったので、取りっぱぐれることは無かったのと、娯楽、特に勝興は音楽の世界でもいろいろやっていて、民衆の不満を上手く抑えていたのではないでしょうか。様相は現代のそれとまるで同じです。間違いなく、彼らの影響でしょうし、後の米沢藩改革も、始まりはこれらがきっかけであると断言出来ます。~
「千葉さーん、なんか言われてますよ。」




