第九幕
フィクション、要は妄想です。
病気?こういったことをたれ流している時点でそうかもしれません。
人はそれを創作と呼びます。そして、それをさらけ出す。自分の性癖さえ反映されたそれを世間に公表するのですから、変態行為といっても過言ではありません。性格、性癖、週刊、知識、良識、、、
表現なんてそんなものです。
なので皆さん、ラブレターは夜中に書いて、昼に添削しましょう。
振られても責任は負えませんが。さて、本編最終話です。
「うるせぃ。」
熊吉に煽られて、赤面する千葉。夜中の戦闘を無事勝利で収めた一同はその後、世間にもみくちゃにされながらも普段通りの生活を取り戻し、普段通りに仕事をこなすようになった。一大センセーションを巻き起こした彼らの話題は、ゴシップなものから学術にシフトし、歴史学者が米沢藩を取り上げて解説するなど、テレビの特番が続いていた。そして、彼らは気付く。テレビの出演を断りつつ、ライブをこなし、本来の仕事をもっともっとと忙しくしている中で、肝心なことを忘れていた。打ち上げやってねぇや。
かくして、狐之巣に集まったスタッフ、演者一同は、未だ覚めやらぬタイムスリップ事件の真相特番が流れるテレビを眺めつつ、あのときを肴に杯を合わせた。
テレビでしゃべっている先生もこの場に来ていた。手には勝興の日記。内容を見ると、そこには最終ライブや、夕餉の時、何を話したかが書いてあった。彼にとって、人生を決める出来事であったと間違いなく感じ取れるそれに、一同は遙か過去の人物である勝興に抱いた仲間意識を確認する。千葉に至っては、先日行ってきた勝興の、墓参りの写真を皆に見せ始めていた。俺にとっては弟子みたいなもんだと宣う千葉に、俺も行ったんだがなと高津が乗ってくる。
セッションをした鳥獣戯画のメンバーも、かつての仲間が時空を超え、こうやって便りをよこしてきたのだから、感慨も一入。なんで、墓参りに誘ってくれなかったかと千葉に問い詰める一瞬もあったが、栄達したメンバーの軌跡を目の当たりにし、改めて歴史上の要人と接点があったことを認識したのである。
照明のことは書いてあるかしらと、小沢も加わるが、さすがに江戸時代。細かい事は出来なかったようだが、鏡を使ったフォロースポットのようなものは作っていたらしいことを目にすると、ヒャッホイ歴史に名を刻んだぜいと小躍りを始めていた。酔っ払っているだけとも言う。
かくて鳥獣戯画と、彼らを支えるスタッフたちは、自分たちがやらかした歴史的大事件を相当軽く扱いつつも、新たな伝説を作るべく、次のライブで何を仕込むかの相談を始めるのである。各々、勝興が残した日記を胸に刻み、歴史を超えた電設を、いや、伝説を作り続けるのであった。
勝興公日記・原文ママ
未来より来たりし客人ども、来たる時の如く、忽然として姿を消す。
正しくは、彼らが在りし芝居小屋の異様なる様相去り、もとの普請に戻りしのみなれど、つい今しがたまで舞台にて共に歌い、語らいし鳥獣戯画の面々も、舞台を彩りし者どもも、跡形なく失せにけり。
夢なりしやと板敷に手を置けば、夕刻の冷えのみ残る。
思えば、我が身この世に生を受けてより、「斯くあるべし」との教えに囲まれ続けたり。
殿とは斯く振る舞うもの、上杉とは斯く立つものと。
されど彼らは異なりき。
元服せし我を、殿としてにあらず、一人の人として遇し給う。
我が「何故」と問うを笑わず、疎まず、真に向き合い答えたり。
共に事を成さんと誘い、楽しきと申す心を分かち合いぬ。
幼き日より押し付けられし躾も、彼らによりて初めて我が志となりぬ。
人は替えの利く駒にあらず。
人こそ最も尊き宝なり、と。
彼らとは今生の別れなるべし。
されど遥か未来より来たりし者どもなれば、いつの日にか、この日記、その目に触るることもあらん。
その折には伝えたし。
我が道を定めしは、他ならぬ汝らなり。
我は殿としてのみならず、一人の人として生きん。
その名が後の世に残ることあらば、それは汝らの影なり。
かたじけなし。
勝興公日記・現代訳
未来より来たりし客人らは、来たときと同じく、前触れもなく消え去った。
いや、正しくは、元よりそこに在った芝居小屋が戻ったに過ぎない。だが、つい先ほどまであの舞台で共に歌い、笑い、語り合った鳥獣戯画の面々も、舞台を彩った仲間たちも、夢のごとく跡形もなくなった。
板の間に残るのは、夕刻の冷えと、私一人の影のみである。
この世に生を受けてより、私は常に「こうあるべき」と示されてきた。
殿とは斯くあるもの、上杉とは斯く振る舞うもの、と。
だが彼らは違った。
元服した私を、殿としてではなく、一人の人として扱ってくれた。
私の「なぜ」に笑わず、疎まず、真剣に向き合ってくれた。
共に何かを成そうと誘い、楽しいという感情を分かち合ってくれた。
押しつけられてきた躾は、彼らによって初めて、私自身の意志となった。
人は替えの利く駒にあらず。
人こそ最も尊き宝であると教えられた。
彼らとは今生の別れとなるであろう。
しかし遥か未来より来た者たちならば、いつかこの日記がその目に触れるやもしれない。
その時に伝えたい。
我が人生の道筋が定まったのは、他ならぬあなた方であった。
私は殿としてではなく、一人の人として、生きてみせる。
ありがとう。もし未来にて我が名が僅かでも残るならば、それはあなた方の影が残ったものであろう。
さて、時はまたもや遡り、勝興の時代から相当な時間が流れたとある藩。夜半にも関わらず、歴史が積まれたとある倉の中に佇む一人の侍がいた。名は治憲という。手には古めかしい手記があり、彼にとってのバイブルとなっていた。しかし、その内容は難解であり、いかんせん考えが追いつかない。何よりも大胆すぎるのだ。この手記の主は、人の在り方と、人をいかに活かすかを良く説いているが、宗純と言われる僧侶の考え方、「隠さず、飾らず、差別せず」と千葉という人物が説いた「人は宝」は、この時代においても、なかなか理解が及ぶものではなかった。宗純の「人は死ぬのに、なぜ偽って生きる?」が特に、だ。そして、その後に綴られた民衆をまとめる手法がまた、難い。
「人は替えの利く駒にあらず」
その一文に、指が止まる。
(替えの利かぬ、か……)
当時の藩は逼迫していた。借財は山のごとく、家臣は疲れ、領民は痩せる。倹約せよ、削れ、詰めよ――その声ばかりが響く中で、この言葉はあまりに異質であった。さらに頁を繰る。
「殿としてではなく、一人の人として生きん」
侍は、静かに息を吐く。
(この御方は……何を見られたのだ)
文中には、奇妙な記しがある。
「人・器・材・法の四つ整わば事の骨立つ。さらに五つの清き整理、整頓、清掃、清潔、躾を守り、出来・刻限・入費・無事の四つを違えざれば、万事滞りなし。」
説明は少ない。だが思想は明確である。すなわち、人を宝とし、志を忘るることなく、仕組みを整え、期限を考えよ。といったところか。治憲は行灯を引き寄せ、書院に戻ると改めて筆を取る。
「為せば成る、成さねば成さぬ何事も。」
その言葉は、この日より後に生まれる。だがその種は、すでに蒔かれていたのかもしれない。血は継がずとも、志は継ぐ。もしこの筆の主が未来を見たのならば、その未来とは、今この時のことか。侍はそっと日記を閉じる。
「人は宝なり、か」
小さく呟いたその声は、夜の書院に溶けた。やがてその思想は、藩政の根幹となる。後に世は彼を名君と呼ぶ。だがその始まりを知る者、この時に限っては、ただただ古き、一巻の書物のみであった。




