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第七幕

船橋「あとは頼みましたぞ!」

香坂「あいや待たれい。」

蓼沼「ご、ご無体な!」


押し出される二人。舞台中央に侍二人。


香坂「こほん……えー。此度も、何やら申し述べよとの命を受けた。」

蓼沼「命じゃありません。」

香坂「同じようなものだ。まず申し上げる。この物語、学問ではない。」

蓼沼「そこは合ってます。」

香坂「歴史を正したい者。法を論じたい者。そのような者は、もっと相応しい場所へ行かれた方がよい。」

蓼沼「たぶん本当にその方がいいと思います。」

香坂「また――、矛盾もある。」

蓼沼「ありますね。」

香坂「あるが。……今さらである。」

蓼沼「ここまで来たら気にしてはいけません。」

香坂「それでも気になる者は――」

蓼沼「諦めてください。」

香坂「それから、芝居や舞台の言葉については……」

蓼沼「我々もよく分かってません。」

香坂「うむ。」

蓼沼「本当に分かってません。」

香坂「詳しくは未来の賢者に尋ねよ。」

蓼沼「最近は何でも答えてくれるそうです。」

香坂「便利な世である。」

蓼沼「羨ましいですね。」

香坂「では、心の支度が整ったならば、第七幕、開幕である。」



蓼沼「やっと終わった……」

香坂「もう二度とやらん。」

船橋「お見事!舞台役者も真っ青であったぞ。」

香坂・蓼沼「やらんと言っておる!!」

翌日昼。引きこもり続けるのも癪なのでと、街に繰り出すことにした源田、千葉、高津、大場の4人は、昨日中身を巻き上げられた影響か、限りなく薄くなった財布を片手に物見遊山としゃれ込んだ。本物の江戸時代を肌で感じる機会など、現代人には皆無であったが、タイムスリップに巻き込まれた4人は例外中の例外。間近で本物を見、聞き、触るなど興味は尽きなかった。遅い昼食を近所のそば屋で取ってみたが、出されたかけそばは素朴というか、これが元祖の味なのかと単純に驚きがあった。しっかりと元祖を堪能し、さて、次はどこに行こうかと店を出てからフラついていると、向こうから何やら見知った顔が近づいてくる。昨日、殿と問答を繰り返していた附役の舟橋であった。


「おぉ、お歴々。」


軽く挨拶を交わすと、何やら困り顔を浮かべる舟橋に、お歴々と呼ばれた4人は問いかける。すると、朝から殿が居ないとのことだった。実は、殿こと上杉治憲、今は勝興と言ったが、彼の居場所を知っていた4人は、顔を見合わせどうするか、目で意見を交わした。バチバチッと瞬きで通信。モールスを使うなど、オジさんだから出来る、、、いや、こいつらだから出来る面妖な技、怪訝顔を浮かべる舟橋。しばしの討議が行われたが、結論は黙っていると出た。さて、どう説明したモノか。


「元服したんだから、そう躍起になって探しなさんな。少なくとも、俺たちは殿の居場所と無事を知っているから、俺らの顔に免じて許してやって頂戴な。」


黙って出来てきたと思われる殿も殿だが、鳥獣戯画のメンバーが何やら殿に仕込んでるとあっては、邪魔する、させるわけにはいかない。夕餉には、俺らが責任を以て屋敷に届けるからと舟橋に伝えると、渋々ながら舟橋は踵を返して行った。責任を以てなんて今日日あんまり使わねぇなと感想を述べると一行は、踵を会館に向けるのであった。


その日の夕方、無事に殿を屋敷まで届けた4人は、夕餉を共にしないかという殿からの申し出に快く応じると、いつもの調子で江戸時代の大名屋敷に上がり込んだ。おそらく、リアル大名屋敷に上がり込んだ経験を持つ現代人は、どこを探してもこの4人しか数えることは出来ないという、貴重な経験を積んだわけだが、その価値を理解すること無く、まるで友人の家にちょっとお邪魔するぜい、とばかりな態度を取る。殿は、そんな態度の4人が気に入ったのか、終始笑顔での接待となった。


「頭を張るって言うのは、要はケツ持ちって事だな。任せるならどこまで任せるかをきっちり決めて、相手にも自覚させてやる。やらせるか、やらせないかもあるな。頭張るレベルにもよるが、率先垂範っていうのもある。やって見せってやつだ。」


屋敷の応接間で開かれた夕餉は、千葉ら4人と殿、舟橋といった面々ですすめられていた。出された食事は、当時にしてはかなり豪勢で、饗応した4人も、江戸時代にしてはかなり気を遣ってもらったと恐縮至極であったが、責任以て届けてやるとの言葉通りに実行した4人に舟橋もいたく感動し、このような夕食会に至った。出されたメニューは、本膳料理を簡略化した二汁三菜といったところ。内容は、まずは白飯。固めに炊かれた白米は、現代にも通じるもので、これが出された時点で4人の態度は改まった。この辺に気付くあたり、経営にも通じる常識人である。次に出されたのは、鱸の潮汁。鰹と昆布の出汁を丁寧に取り、柚で香り付けをしている。まるで正月料理のようだったが、これが原点かと4人の舌を唸らせた。静かな味だなと千葉、高津は感想をこぼしたが、元料理人である源田は黙ったまま。大葉に促され感想を口にしたが、この時代に出だされたものと、現代で作られた汁と、全く通じるものがあると、ただ、冷蔵庫が無い時代だから、寝かせてない分、奥行きが無いのかもと付け加えた。大場は、音響的に余白が多い感じか?と言っていたが、なんとなくそんな感じと源田は言った。向付は刺身が出た。ヒラメと鰹であったが、まさかこの時代に刺身が出るとは思わなかった。アニサキスとかの寄生虫が心配になるところだが、この時代に居るとは思えず、おいしく頂いてしまった。だた、醤油は出ず、塩と生姜で頂いたことは興味深い。続いて出されたのは、鮎の塩焼き。これは、現代と変わらず。続いて煮物が出たが、とにかく出汁重視で砂糖は使われておらず、全体的に淡い味付けであった。源田は、こういった淡い味が中心だと、俺が作った中華がゆなんかは革命に等しいと自己評価をしていたが、殿はその味がわからないと舟橋をいじるに至り、当の舟橋はあれは旨かったと繰り返すばかりであった。


香の物と酒も出されたが、この酒が出された時に発した話が、先ほど千葉が語った「頭を張る~」に繋がる。そして、酒が出された瞬間、ほんの少しだが場が引き締まった。出された酒を伊の一番で殿が口をつけたのだ。未成年、ということもあったが、4人にとっては、やんごとなき立場の人間が毒味も経ず真っ先に口をつけたという意味を正確に酌んだ。出された酒も、歴史書に出てくる濁酒ではなく清酒。大場あたりは濁っている酒が出ると思い込んで居たので拍子抜けもあったが、それを見た源田が千葉さん、と扱いが間違いなく賓客で有ることを感じ取り、4人は態度を改めた。


「大変結構な時間をありがとうございました。」


暇を告げた4人は、徒歩で会館まで戻ることになるが、会館に着いた時、メンバーをはじめとするライブスタッフのほとんどがカップ麺だの、非常食だのをむさぼり、4人お姿を見かけた途端、半泣きになって腹が減ったと訴える連中に、今まで応接を立派にこなした15,6歳の殿が、言わずもなお、にじみ出る敬意とのギャップに、改めて殿の人となりを感じた4人であった。


ラストライブ当日。おそらく生涯でこのレベルのライブが出来るのは、これが最後と有っては、気合いの入り方もいつもと違う。。。と思いきや、全く普段と変わらない技術陣一同。曰く、常に全力なので、これ以上は出せないとのことである。千葉に至っては、「120%なんか出してみろ。発電機吹き飛ぶぞ。」全くその通りであるが、そうじゃない。

つべこべ言わないで、とっととスケジュール通りに準備を進め、本番に備える技術陣に、鳥獣戯画のメンバーは、いろいろと仕掛けを用意していた。さすがに、技術陣に隠し通すわけにいかないので、ライブスケジュールには組み込まれていたが、このサプライズを知らされた時は、さすがに驚いた。そう、殿がライブに出るというサプライズ。こんな企画が舟橋あたりに持ち込まれた日には、卒倒しかねない。しかし、殿はやる気を見せて今日まで連日、会館に通って鳥獣戯画と自分の三味線を合わせ、曲まで作って今日に望んでいる。しかも、江戸時代に合わないロック調の曲だ。


きっかけは、殿が歴史を調べた際に出てきた「宗純」という人物。彼は僧侶でもあったが、説法をする際に音楽を活用して各地を回ったそうだが、その説法の仕方がとてつもなく俗っぽく、正にロックな内容だったと伝えられていた。そんな宗純に感化され、必死になって三味線と、作詞に挑戦してでっち上げた曲を鳥獣戯画にみてもらい、仕上げてもらった逸品である。発表するのが少し恥ずかしいと殿は漏らしたが、メンバーやスタッフに、自分の性癖をさらけ出して一緒に楽しんでもらうのがライブというもの。一体感や信頼みたいなものはそこからしか生まれないと言われてしまったため、殿は、新たな性癖の扉を開かされたのである。


照明の打ち込みも、音響の調整も順調に進んでいるステージ。本番はいつもの通りに計画通りに一秒の狂いもなくスタートを、いつものように迎えるべく、順調に仕込みは続く。


さて、同時刻。楽屋では、開演まもなくとなった鳥獣戯画と殿がメイクを始めていた。hakkoに化粧をされつつ、スタイリストの姉に衣装を整えてもらう殿。この日のためにわざわざ殿の衣装を作ってみたという岸和田が持ってきたその衣装は、いつもの羽織袴の姿であるが全体的にきらめいていた。スポットを当てたら、ミラーボールよろしく光るバージョンもあったが、時間が足りないとのことで、センス良く金モールをあしらった星のきらめくような衣装であった。動けば輝くその衣装に殿はうれし恥ずかしといったところだったが、俺らの方がもっとひどいと宣う鳥獣戯画に、あたしがデザインした衣装に文句を言うのか若造が、と切り返す岸和田。まもなく開演だというのに、緊張のキの字も無い彼らに時代が違えば彼らもひとかどの武士になっていただろうと思う殿であった。


「結局、殿は最後の公演をご覧にならないのか。」

「誠に惜しい。あんなに見たがっていたのだから、少しは妥協をしても良かったのでは無いか」

「いや、草民と一緒というのがだめだというのでは無い。あれだけの人数が集まった場所というのがまずいのだ。誰が潜んでいるか判らん以上、殿をあの場所に置くわけにはいかん。」


誰とは言わないが、もうお判りだろう。殿こと上杉勝興おつきのメンバー、蓼沼平太、香坂帯刀、そして舟橋源太左衛門である。いいわけがましくいけない理由を並べる舟橋だが、結局、自分が気絶するほど毒性のある催しの味を覚えさせるわけにはいかないという思いがあって、殿には行幸を諦めてもらったのである。そう、粥もしかりだ。あんな物は、一回でも体験してしまったら二度と抜け出せない。そう、某のように。そう。


全く説得力の無い、と蓼沼、香坂は思ったが、毒を食らわば皿までと鳥獣戯画のラストライブに爪先を向け市民会館に向かう舟橋の足取りは、重いどころか戦に向かう足さばきである。ついて行くのに必死の二人であるが、その二人も船橋から聞いた話が荒唐無稽すぎて、どんな体験が出来るか楽しみで仕方が無い。会館につく頃には、期待に膨らんだ胸と、ほどよくへこんだ腹を落ち着けるために、会場にある出店で買い食いしたのは言うまでも無い。この江戸時代に1000人に上る集客と、すでに扉を開いた、それを飲み込む市民会館。混沌と一世一代のライブはまもなくの開演である。


いつの時代も熱いライブが行われた後の拍手は鳴り止まない。そしてアンコール。一度照明の落とされたステージには、再び鳥獣戯画のメンバーが立つ。そしてサプライズとばかりに新たな鳥獣戯画のメンバーが発表された。その名を麒麟、上杉勝興その人である。稽古の甲斐もあって、メンバーと勝興のセッションは実に素晴らしい旋律を奏で、その魂を震えさせるエネルギーに富んだものであった。汗だくになりながらアンコールステージをこなした5人と技術陣は、今までの人生で最もすがすがしい気分を迎える。そして静寂を迎えるステージ。すべてを終えたそこには、立ち尽くした5人とそれを迎えた技術陣が居た。終わったな。と誰かが呟く。そうだ、終わった。これからどうすべかね。笑いながら語りかける一同。そこにはやりきったという感情と、この先の不安が浮かんでいたが、それを見た殿が口を開いた。舟橋もそこに駆けつけると、改めて一同に向き合った。


「この興行は、わが日の本において、歴史を進ませるきっかけになる。諸外国に負けることの無い、新たな見識を得ることがこの新しい音楽と文化によってもたらされるのだ。」


少なくとも殿が言うには、ここに居る現代人は、軒並み米沢藩が面倒を見ると言ったものであった。イベント興行を引き続きやってもらうことで、文化の昂進をすすめ、富国強兵につなげるといった、言うなればスカウトである。いよいよ歴史をひっくり返す準備が出来たと笑いも起きたが、それでおしまいにならないのがライブというものだ。そう、撤収である。


「もう、動かすことも無いんだな。」

「代わりを探せばいいんじゃね?」

「いえてら。ただ、こいつらぞんざいに扱うわけにいかねぇから、最後は馬鹿丁寧に、な。」


舞台上に設置されたあらゆるものを箱にしまい直し、原状回復をして初めておしまいとなる。ライブとはそういうもので、市民会館にいる一同は皆、世話になった機材に改めて感謝をし、別れを告げ、上杉家の家宝として倉に収められる。歴史が流れたとき、上杉邸の敷地から、江戸時代にはあり得ない現代最新のライブ機材が発掘される訳だから、少なくとも俺たちがここにいた証拠は残るんだなといつも以上丁寧に撤収作業は続けられた。搬出は翌日であるが、運びやすいようにまとめるに越したことは無い。あらゆる機材を集め、最後、電源周りの撤収となった。60sqという極太の電源ケーブルを20m分ひたすら撒き続ける。が、最後まで電源が必要なところもあるので、とにかく最後まで発電車は仕事を続けた。そして最後。電源を落とす段になり、電源車オペレーターを担っている千葉が各自持っている無線機に話しかけた。


「各員、これで現代とお別れとなる。電源車のキーを回したら、今後は徐々であるが江戸時代に慣れていかなきゃならん。が、上杉が面倒を申し出てくれていることもあるので、さほど心配はいらん事だけは皆も覚えておいてくれ。では、電源を落とす。みんなありがとう。」


会社経営者でもある千葉茂は、どこのライブでも最後にこうやって無線機に話しかける。電源を落とす最終確認も兼ねているが、今回に限っては今後に不安を抱えているスタッフに向かってのことだった。さすが20年少々で会社規模を爆発的規模まで成長させた実力。この気遣いが若い連中を引きつける秘訣になっていたが、本人は全く気付いていなかった。そして、最後。ブレーカが落とされた。


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