第六幕
ここは本文を読む前の注意前置きを書く場所として活用しようと考えていたのに、演者が出しゃばって、スタッフ諸君まったく。仕方がないので、上杉家に仕えしは上杉勝興附役舟橋源太左衛門殿に前口上をお願いしましょう。
では、僭越ながら、拙者が承る。まずは一つ、お断り申し上げる。
此度の物語、学問にあらず。
あくまで酒の肴、道中の暇潰し、されど少しばかり胸躍る作り話にござる。
ゆえに、
「史実と違うではないか」
「法度はどうなっておる」
「その頃そんな物は無い」
などと申されても、拙者ども、返す言葉を持ち合わせておらぬ。
矛盾?ふむ。
美味なるのであれば、一つ膳へ並べてみたいものよ。
また、芝居にまつわる言葉の数々につきては、詳しく問われても答えかねる。
その折は未来の賢者に尋ねられよ。
おそらく見事に解き明かしてくれるであろう。
では諸君。刀の鞘を締め、背筋を正し、そして肩の力を抜かれよ。
第六幕、いざ開幕。
舟橋源太左衛門は中華粥を食したこと、この日のことを日記にこう記していた。
『御側用人日記抜書』 寛永四年 某月某日 於 伴天連之間
粥一椀
胡麻炒リ砕キ、上ニ散ラシ有之。出汁ハ鰹及鶏骨ニテ引キ、澄明ニ候。米ノ粒立ヨク、粘ラズ。炊キ上ゲ後、水通シ致候様子。
火加減穏ヤカニテ、焦ゲ無ク、口当良シ。味、柔ニシテ深シ。香、胡麻ノ薫高ク、作リ手ノ心根、粥ノ内ニ宿レルガ如シ。
右ノ粥、異国之調理ト聞ク。然レドモ、其味、和ノ粥ニ勝ルモノト存候。
御側用人 船橋源太左衛門 記
以下現代語訳
芳醇な香りは胡麻だろうか。ただの胡麻では無く、炒ったものをすりこぎで丁寧に下ごしらえをし、膳に出す寸前に振りかける。鰹と鶏ガラで出された出汁で炊かれた粥も、ノリのようにならない様、炊いた後にしっかりと洗われたものを使って居たのでは無いだろうか。ほどよい火力でゆっくりと炊かれた粥の優しさは、米の持つ本来の魅力だけでなく、作り手の優しさがあふれた逸品。一口食めば、そのふわりとした食感と、なにより今まで体験したことの無い味わいに、誰でも虜となるだろう。
感涙にむせぶ舟橋を尻目に、早めに起きたスタッフたちが中華がゆを源田から受け取り、各々、朝餉に着く。なんか源さんのお粥を食って感激している侍がいるけど、今日の朝飯、そんなに旨いの?と余計な期待を皆にさせたが、実際は普通よりも旨い、いつもの粥なので、変な期待をさせた分、より普通の粥になってしまった。
特別のライブを開けというのだけは勘弁いただきたい。そう、神田は答えた。会館一同にとっては、生涯最後のライブになる可能性があるだけに、限りなく多くの観客に見てもらいたいと思うのは当然で、鳥獣戯画のメンバーも、神田も同じ思いであった。殿だけにといった願いは当然聞き入れられるわけも無く、交渉は決裂したかに見えた。何卒、って何度繰り返したってこれだけは譲れない。ひたすらすったもんだを繰り返して埒があかなくなり、双方肩で息をし始めかけたそのときだった。舟橋が、突然固まり、おもむろに席を立ったのである。神田は一瞬、椎間板ヘルニアにでもなったのだろうかと思ったが、実際はそうでは無い。舟橋が君主、上杉勝興その人がそこに居たのだ。
「舟橋、無理を言うでは無い。先方がお困りの様子では無いか。そち、我が家臣が無体なことをしたようで、誠に済まぬ。」
年若い様子の殿は、無理強いをしていた舟橋を窘めると、紹介を舟橋に頼んだ。落ち着いた様子の殿は高校生くらいに見えたが、その内面はさすが江戸時代、精神面の成長は、現代の若者に比べかなり早いのかもしれない。舟橋は、そんな殿の願いに応え、神田殿、と続く。紹介された神田は、いつもの如く手を差し出したが、そこは江戸時代、握手の文化は無く、手を差し出された若は、任侠者が仁義でも切るのかと、身を構えている。私たちの挨拶の仕方で、手を握ります。と説明すると、得心したかのように若は神田の手を握り返してきた。顔はニコニコ、異文化に触れるのは嫌いではないようだ。
ほどよく席を勧めると、殿は神田の脇に腰を下ろす。江戸時代の殿様はワンマンのイメージがあった神田だが、目の前の殿を見ると、比較的人の話を聞く御仁らしい。プロデューサーとしては、大変ありがたいお人柄。ひとまず、ここまでの経緯と事情を話すことにした。
「人生最後になるかもしれない舞台の観客が、それがし一人では確かに勿体ない。それに、民共も最後とあっては、見たいに決まっておろう。それがしも、その雰囲気を味わってみたいし、何より、民がそれを望むというのであれば、なるべく叶えてやるのも、主の務め。皆と一緒に拝見させていただきたい。」「いや、しかし殿、それでは、、、」
勝興と舟橋は問答を始めた。片や民と一緒の雰囲気を味わいたい、片や、大切なお方を守りたい。双方の利害はなかなか一致しなかった。そこに遅まきながら朝飯を取りに来た鳥獣戯画メンバー、話を聞いて口を出す。双方納得する提案は、最も彼ららしい妙案となり、かくて最終ライブ公演は、江戸時代にとっても前代未聞のライブとなる。
夜、ラストライブが決まったことで、どうしたら自分たちの持ち味を生かして現代のライブ納めができるかみんなでネタを出し合っていた。彼らが歩んできた歴史を考えると、仲間を励まそうとむずび着いた縁から始まり、いろいろな人の支援を受けて独り立ちし、いよいよこれからと意気込んでいたところに突然、突き落とされた様なものであった。だが、不撓不屈の彼らのこと、将来を悲観していなかった。ライブの先、これからも含めてそれは様々なやりたいことが出ていた。
「雅楽と三味線はどうよ。」
「鉄砲鍛冶があるなら、金管楽器は可能でしょ。」
「和太鼓風ドラムは、ソッコーで作れそうだな。」
「全国ライブやっちゃう?」
現代技術を元に思いっきり歴史改変をする気満々のようだが、彼らは一向に気にする気配は無かった。帰れないなら帰れないなりに生活をしなければと思い至るのは必然といえようが、前のめりに前向きとはこれ如何に。上杉家との縁もできたわけだから、その辺、頼るだけ頼って、新たに産業を作ればいいと意気込んでいた。おい歴史。
そんな真面目な馬鹿話をしていた彼らの元にふらりとやってきた人物がいた。hakkoこと牛山春雄その人である。
「相変わらず元気だねぇ。結構結構。」
あ、先生。と反応したのは白兎である。つられて他のメンバーも顔を向けたが、皆一様に普段と変わらない。帰れなければ、この世界で暮らさなければならないが、彼らの中には、どうすれば自分を生かして生活ができるようになるか、すでに組み立てが済んでいるようだ。無邪気にも、白兎はhakkoに質問してくる。帰れなければどうするか、を。
「そうですね、私は医学者ですから、医術と薬をいろいろ駆使しましょうか。手始めにペニシリン抗生剤の生成をやってですね、それから、手術用具を揃えて、麻酔薬を作りましょう。さしあたってはリドカインあたりが有効でしょうかね。消炎症薬としては、イブプロフェンかアスピリン、アセトアミノフェンを合成して、ヘパリン系製剤もほしいですね。皮膚科なんで。うん、ボロ儲けですね。」
先生、歴史ひっくり返す気ですか。と、白兎は返したが、何の因果か引きずり込まれたのにおとなしくしているのも癪ですと言ってのけた。続けて、あなたの経過を見られるのだから、それでいいじゃ無いですか、とも。
「引き攣れ、最後まで面倒見られないかもしれません。」
白兎の背中を診る。自分が救急では無く皮膚科を選んだそのきっかけをいつも思い出す。前に比べれば大分よくなったから、と白兎は言うが、この時代で生きるとなれば、あと1回やりたかった皮膚移植は諦めなければならない。医者として、最後の最後まで自分の患者が快方するまでの面倒を見たかったが、歴史がそれを許さない状況とあっては諦めざるを得ない。なら、せめて自分の持てる知識を全開に撒いて、歴史をひっくり返してやると、このエンターテイメント業界で生き抜いてきた強かさをみせていた。
さて、一方。例によって相変わらずの部屋があった。
岸和田「ローン!リーチ一発、三暗刻、九蓮宝燈、ドラ2だね。はい、払った払った。」
岡崎「」
神田「」
小沢「」
千葉「容赦ねぇなぁ。だからあいつの卓に行かなかったんだ。俺。」
高津「ありゃだめだ。3人トラウマになっちまう。」
大場「岸和田は人を弄ぶからな。俺も泣かされてる。」
千葉「泣かされたって、何されたの?」
大場「俺がテキ屋みたいなことをやらされたのは、あいつのお遊びだからな。」
高津「やられてたねぇ。いいできだったけど。」
大場「あいつの旦那も、おんなじように弄ばれた口だからな。ロケバスのドライバー捕まえて、いろいろやったそうだ。」
千葉「一体何やったんだ。」
大場「逆送り狼。ロケ帰りに自宅まで送ってもらったついでに自分の部屋に引きずり込んで、襲いかかったそうだ。」
高津「マジか、大胆だなぁ。けど、らしいな。」
源田「」
大場「どうした源ちゃん。なんか静かだな。そんなに岸和田に驚かされたか。」
源田「ん、あぁ。次のライブでおしまいだろ、その後どうしようかな、と。」
千葉「なんだ、こないだの蒸し返しか。まぁ、俺もそろそろ考えなきゃだけどもなぁ。」
源田「ゆうて、大人しくするか、暴れ回るか。」「そりゃ、暴れ回るだ。」
3人が口揃えて同じことを言う。各々得意を生かして江戸時代を生き抜いてやるという気概に満ち満ちているが、その内容が中々過激だ。とにかく歴史をひっくり返そうとして止まないのだから、こちらもエンターテイメント業界を生き抜いてきた猛者といえる。
大場は、いよいよ役者としてやってみようかと思っている。松竹だったら雇ってくれるかもなといっているが、彼は後日、実際に松竹から呼ばれて役者デビューを果たす歴史が待っている。のだが、この時点では誰も知らない。
源田は、江戸時代に中華飯店を開く気でいて、時代の食文化を根底から変えようとしている。和と洋、中華を旨く融合させて、食文化の発展をものすごく早く起こそうと躍起だ。火を扱うという分野においては、火薬も中華鍋も変わらないと豪語するが、かつて夢見た自分の店で笑顔を作るという夢を、今更思い出したとも言える。
高津は、己の建築技術を使って、コンクリートを実用化させて、鉄の代わりに竹を使った竹筋コンクリート構造の建物を作ろうとしていた。絶対儲かるし、とてつもなく便利だと言うが、江戸時代にコンクリートはあまりにも似合わない。廃れ始めている刀鍛冶職人集めて、そのうち鉄筋作らせそうだし、それができれば、反射炉も比較的簡単に出来上がる。
極めつけは千葉だ。水力で旋盤を回したら軸が量産できるから、刀鍛冶からピストン、ボイラーを生み出し、それを船に乗っけて帆走を廃止させて物流革命。重機を作って、高津の建築に回して都市開発。重機で鉱物を掘って、船で持ってきて、高津が反射炉を作れば、鉄と銅が生産できるから、後は刀鍛冶を細かく仕事させてモーターを作らせ、さらに産業を発展させる。どうだ。すごいだろうと宣うが大概である。
この4人の悪巧みは、100年以上早く産業、文化の両方で革命を起こさせるという、歴史を大きく改編させるという事で有った。歴史的ひずみは、如何ほどか。
源田「茂さんが一番過激だよな。さすが技術屋。伝説作るつもりかい?」
千葉「レジェンドは作らねぇよ。俺が作るのは、エンジニアリング。差し詰め電気設備の電設だな。」
岸和田「せっかくタイムスリップしたんだから、無双したいわよねぇ。」
大場「お、ここにも挑戦的な奴が一人。神様は一体、何を考えて俺らを召喚したんだか。」高津「なんも考えてねぇと思うぞ。何せ、このメンバーだ。」
岸和田「いえてる。なんかしたいのなら、このメンバーじゃ言うこと聞かない。」
そもそも、夜中に煌々と明かりを点け、麻雀をやりこむこと自体が時代から見れば異端甚だしいのだが、そんなことはどうでもよく、とにかく、この時代に強制的に引っ張られたのだから、いつもの仕事よろしくご指名を受けたと解釈して、持てる技術と知識をできる限り全開に巻いてやろうという魂胆。通じなければクビというのが業界の常識とあって、異端が過ぎればそのうち歴史からクビ宣告でも食らうだろうと、少なくともここに集った8人は楽観していた。さて、最終ライブは10日後である。貴重な電気を贅沢に使い、この瞬間を楽しむ8人に訪れる未来は、いかな物になるのか。江戸の夜は更けるばかりであった。




