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第三幕

へいへい、お立ち会い、お立ち会い。

これよりお見せいたしまするは、堅ぇ学問でもなけりゃ、お上の御触れでもござんせん。

あくまで見世物、道楽、与太話。


「そんな馬鹿な話があるか」だの、

「歴史と違うじゃねぇか」だの、

「法度はどうなってやがる」だの申されましても、

そいつぁ野暮ってもんでござんす。


細けぇことを気にしておりましたら、人生つまらなくなるばかり。

矛盾?

へへぇ、美味ぇ酒の肴みてぇなもんで。


なお、この芝居の中に出てまいりまする舞台の言葉やら裏方稼業の話につきましては、

「なんだそりゃ」と聞かれましても、あっしらも説明しきれません。

その辺りは、遠き未来の物知り箱か何かにでもお尋ねくだせぇ。

きっと賢ぇ先生が、もっともらしく答えてくれることでござんしょう。


さぁさぁ、お客人。

腹ぁくくって、肩の力ぁ抜いて、笑う支度はよろしゅうござんすか。


――それじゃァ参りやしょう。

第三幕の、お開きでぇ。

江戸町民から見たら驚天動地の出来事だった。得体の知れない建物が突然現れたと思ったら、そこから出てきたおそらく人間が、バテレンと日の元語をまぜこぜにして呼びかけを始めた。といったところか。なんと面妖な。ただ、ライブスタッフにしてみれば、チケットをもげればよかった仕事のはずだったのに、金は取らない、とにかく呼び込めと言われたらさて、人間はどういった行動がとれるだろうか。どんな動きをするかと言えば、たいした動きはできるはずも無く、会館のエントランス前にある広場の入り口にたむろし始めた町人に対して、声をかける程度しかできなかった。ふむ、どうしたもんだか。


「口上を考えてみては?」


鴉が声を上げるとスタッフ一同は、なるほどと頷いた。イメージ的にはフーテンの寅さんのような感じだが、調子が整えば、江戸町人の耳にも届くのでは無いだろうか。いくら江戸時代だったとしても娯楽はあっただろうし、芝居小屋と同じようなものと思えば、すんなりと受け入れてくれる、と思う。さて、どんな口上を唱えるべきか。んで、誰にやらせる?


「へぇいへぇい皆様お立ち会い!これからこの芝居小屋にて、とんでもねぇ一座が舞いおりやす!泣く子も笑う、笑う子はさらに笑う、江戸一番の大騒ぎさぁ!


本日の演目、名を『鳥獣戯画』と申します。人か獣か、はたまた鬼か幽霊か、得体の知れない楽器をガンガン叩き鳴らしゃあ、雷鳴よりもド派手な音が鳴り響くっ!


見るだけ損はさせねぇ、聴けば魂ふるる、明日は声が枯れてるって、お兄さん、声は大きい方?

え? お代は? …へっ、そんな野暮なこと言いなさんな。命の洗濯、心の湯治、まずは、入って楽しんで、後はお気持ちだけで結構でござんす!


さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!本日限りの一座興行、泣いても笑ってもこの一度きり!

――おっと、奥にゃまだ席が空いてるってよ!慌てず急がず落ち着いて、さぁ、入った入った!」


やっぱり、こういった口上をやらせるならば、ちょっとごっつい顔の男性にやらせるのが一番だという事で、音響の大場司が引っ張られてきた。本人は、そのことを気にしているが、周りはお構いなしに頼んでくる。ごっつい顔なら、千葉茂も同じような顔だと主張をしたら、高津がすかさず


「あいつの顔は、優しさが足りないんだ。」


かくて、にわかのテキ屋ができあがったのであったが、本人の意に反して、結構な反応が江戸町民から得ることができた。見事、観客を引き寄せた大場は、後にこのことをこう語る。もう仕事に行けない。と。悪乗りした衣装の岸和田も、その辺にある布きれを使い、即席で江戸時代に居そうなテキ屋っぽくしたのも功を奏した。余談ではあるが、このことがきっかけとなり、神田プロデュースの舞台で、テキ屋役や風来坊の様なちょい役をやることになり、その後TVドラマに出演、なぜか人気が沸騰し、最終的には映画の主演まで務めることになるのだが、それは別の話である。


かくて、客席が8割程度埋まった市民会館。いよいよライブの幕が開ける。前代未聞の江戸前ライブ。果たして彼らの音楽、エンターテイメントは江戸町民に通じるのだろうか。結論から言えば、通じた。いや、通じすぎてさらなる騒動を引き起こすことになる。


「今後できるかどうかも判らない。人生ラストになるかもしれないライブに向けて、気合いを入れよう!やるぞ!」「応!」


狐之巣でライブをやるときはかけ声から始めていたが、ラストになるかもといったのは初めてだ。まさかこんな事態になるとは思ってもよらず、図らずもこんな台詞が飛び出たが、ここに居るスタッフ一同、覚悟も意思も同じ思いであった。元に戻った大場をはじめ、皆が最後になるかもしれないライブに魂を込めようと、普段以上に神妙な面持ちを浮かべ、それぞれの持ち場に散っていった。そして、肝心要の鳥獣戯画メンバーはというと、隈取りだった。


トマト賛歌が一番ウケたかもしれない。江戸町民のツボは、普段触ることの無い言語にあったのか、はたまたノリか。ともかく、前代未聞の江戸現代ライブは、いつも以上の盛り上がりも見せ、3回はできるといっていた千葉に、あと2回だからなと釘を刺されたが、少なくとも2回はできるとあって、次回はいつかの問い合わせが山ほど来ていた。仕舞いには、市民会館がある町の庄屋?だろうか、偉い人が町を挙げてのお祭りにしたいと次回ライブの協力を申し出てきた。元々この地には芝居小屋があったそうだが、演目が単調すぎて最近飽きられていたとのこと。新たな芝居だ、とか、傾いておるだの、こういう刺激の強い、新しいエンターテイメントに飢えていたとあれば、鳥獣戯画の演目はぴったりだった。やはり、ライブ最中にかました連獅子が効いたか。と鴉が嘯いたが、きっと違う。派手な照明とたたみかける音響、バックに輝くLEDモニターと、この江戸時代に存在し得ない演出方法に度肝を抜かれた。はずである。ともかく、歴史上初となる、江戸市中におけるメタルバンドライブは成功裏に収まったのである。


一方、芝居小屋が一夜で何やら面妖な建物に入れ替わり、その中で聞いたことも見たことも無い、新たな歌舞伎とも言えない演目が行われたと、報告を受けた奉行所では、急ぎ、協議が行われていた。たまたまその奉行所に来ていた周囲の武家屋敷御用人もちらほら顔を出していたが、その中でも渋面な侍が一人、名を舟橋源太左衛門といった。彼の者、新潟は上杉家に仕え、人質とされていた若様とともに、江戸の米沢藩邸に詰めていたが、何やら近所で騒ぎが起きたとあって、ならばと、現地に赴き様子を見に行ったのだが、見慣れた芝居小屋は跡形も見えず、代わりに何やら城のような、バテレンの手がけたような巨大な建物が一夜にして出現したとあっては、その中に入ることもはばかれるものといえよう。入り口らしきところに近寄り、たのもう、と、挨拶してみたものの、反応はなし。透き通った向こう側に人らしきが見えるが、明らかに町人とは違う格好であった。仕方が無いので、話し込んでいる町人を捕まえて聞いてみると、熱気覚めやらぬ町人たちが、やれすごかっただの光がどびーんだの、音に襲われるだの、髪の毛がぐるんぐるんだのよくわからない。ただ、近日中にもう一回公演があると皆、口を揃えて言っていた。


見たこと聞いたことをすんなり若に報告をすると、とにかく次回の演目を見てはどうかと提案され、舟橋はほとほと困った。実は船橋、こういった派手というか、観劇のようなものは見たことがなく、どちらかというと、庭木の手入れ読書、川で釣りをするなどの趣味が性に合って居たのだが、仕える若の提案とあっては、やらざるを得ない。考えた舟橋は、仲間の香坂、香坂帯刀と蓼沼平太を誘ったが、ちょうど彼らは入れ替わった芝居小屋によく通っていたとあって、誘わない手は無かった。


同時刻、市民会館ではささやかながら打ち上げが行われていた。さすが市民会館ともあって、設置されていた食堂には、あらゆる食材が冷蔵庫に貯蔵されていた。せっかく、夢にまで見た市民会館のライブ、お世辞抜きに成功裏に終わったのだから、祝いの一つもやっておきたいと、千葉や高津、岸和田が言い始めたので、売店からスナック菓子をあらかた持ってきた上で、ビールで乾杯としけ込もうと話し始めたところ、ちゃんとした飯を食えと源田が言い始めた。言い出しっぺの3人、実はあまり料理が得意で無い。えー作るのーと、躊躇をしていると、窘めた源田が、簡単な中華でよければ俺が作ると鍋を振りだしたが、これが結構立派な中華であった。しかも旨い。エビチリ、回鍋肉、ニラ玉、チャーハンと、町中華の定番みたいな温かい料理が出されれば、皆の気持ちも上がるというもの。行われた打ち上げは、歴史遭難をした割には立派なものと相成った。


乾杯!と、神田が音頭をとった。缶ビールであるものの、初の会館ライブとあっては、祝いの席も盛り上がるというもの。後に生かせない事が判っているが、次に生かせずには居られないのがプロというもので、ならば、この時代に生かすとしたらどうしたらと盛り上がりを見せた。演出するなら外で舞台を作って、メラメラ感を出しつつ、とか、幕を張って入れ替えたりとか。食料についても源田から話が出た。生鮮食料のうち、野菜は意外と手に入るが、卵と牛乳は超貴重品になる、とか。特効屋のハズの源田だが、妙にそっち方面に精通していると思ったら、若い頃はレストランで調理師をしていたという過去を初めて明かした。


「源さん、うまいよ。帰ったら狐之巣でも出そうよ。」


そう言うと思ったから今まで黙ってたんだと、源さんこと源田稔は、自分が過去、理不尽な理由により、調理の道を諦めざるを得ない事件に巻き込まれたことを明かした。それは、若手 からベテランになりつつある26歳の時、務めていたレストランで食中毒が発生し、その責任を負わされた事にある。ただ、原因のそれが源田では無く、源田の腕に嫉妬した先輩が、源田の担当したメニューの材料を冷蔵庫から抜き出し、漂白漬けにしたのが後日判明したのだが、源田は、異常と思われる材料が見抜けなかったのだから同罪と、すっぱり身を引いたのだ。たまたま味見もしなかったのも、見抜くチャンスを逃がした彼の運の悪さだった。救いだったのは、継がないといっていた家業を、彼の代わりに継いでいた弟が、エンターテイメント事業をやるに当たり、人が少なくて困っていると声をかけてくれたのがきっかけで、この世界に飛び込んだことが縁となり、こうして鳥獣戯画に関わることができたのである。


ライブハウスでチャーハン出たら面白くね?あれな、酒だけじゃ無くて、餃子が出てくるライブハウス、ウケるなこれ。俺、堅焼きそばが食いたい。僕は普通の醤油ラーメン、ショウガが効いたやつ。いっそのこと、舞台で作ったらどうよ。舞い上がるコメ、はじける油、香り豊かに召し上がれ、、、と。


好き勝手に中華メニューを口にする鳥獣戯画のメンバー。そのうちな、と源田がいったが、この源田が作り出す料理の数々が、この後、江戸時代を生き抜くに当たって、市民会館に閉じ込められたスタッフ一同の、心の支えになったのはもちろんのこと、長く彼らの健康に寄与し続けたのである。


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― 新着の感想 ―
鳥獣戯画が江戸でも受け入れられてよかったです。話が進んで面白くなってきましたね。
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