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第二幕

ご注意:本作品はあくまで娯楽作品です。内容について真に受けると大恥かきます。歴史検証、法律検証など、まったくやっておりません。矛盾?なにそれ美味しいやつ?

また、作中出てくる舞台用語についてのご質問は受けかねます。AI先生が的確に答えれくれるでしょう。


皆さん、準備はよろしいですね。では、第二幕の始まりです。



普段から渋面と言われている神田の顔がさらに渋面となる原因は、渋面ではなくごっつい顔の千葉から発せられた状況報告によって溜息まで追加された。


「いわゆる、ファンタジーに巻き込まれた。」


眉間に深いしわを寄せたまま、会館にいたオールスタッフと演者に、現在の状況を話す神田。せっかくの初ライブなのになぁ、とメンバーの熊吉が呟くが、今はそれどころでは無い。のぞき見ていた町人1号に機転を利かせた千葉が、今の将軍家はどちらのお方だと聞いてみたところ徳川家だと帰ってきたので、おそらくだが、江戸時代にタイムスリップした迄はわかっているのだが、じゃぁ、どうするか迄は判断がつかないでいた。しばらく、ホールの中に沈黙が流れる。


「やりてぇなぁ。」


特効技師の源田がふと呟いた。普段、小さなライブハウスの狐之巣で、スモークやら雪やらを仕掛けていて、常日頃どんと火を噴かせたいと唸っていた彼が、ようやくその目標を鳥獣戯画で果たせると息巻いて今回のライブに臨んだが、この結果である。普段、寡黙な彼がまさかこの沈黙を破るとは誰しも思わなかったことから、一同はすごく驚いた。


「源さん、こういうときしゃべれたんだねぇ。」


と、失礼なことを言う衣装の岸和田も、本音を言えば、やりたい派の一人である。ずっと面倒を見てきた鳥獣戯画のステージ衣装を、初会館ライブとあって、1年前から衣装デザインを考え続け、ようやくこさえた衣装の数々。苦労の結晶がお蔵になるなど、到底許容できなかった。映像担当の岡崎も同じ思いだ。鳥獣戯画と一緒に仕事をするのは、今回が初めてであったが、彼らのパフォーマンスに惹かれ、切れのある映像をライブ中に流すと意気込んで準備してきた。他の仕事を蹴ってまで請け負ったのだから、お蔵になるぐらいならタダでもいいから世に出したい。そういう思いでいっぱいだった。


「やりたいなぁ」


鳥獣戯画メンバーの白兎も口を開く。元々、鳥獣戯画というバンドは、白兎が幼い頃、やけどで入院をした際に、彼を励まそうと鴉、雉丸、熊吉の3人が歌を練習して、病室で歌おうとしたことがきっかけで結成された経緯を持つ。実際には、白兎も歌って4人で歌い続けたのだが、そのときに歌った歌が洋楽というのだから、ずいぶんとませていたと言ってよい。いや、ソウルフルだった、だろうか。そのときの記憶が頭をよぎる。


「末恒!おい、しっかりしろ!」


熊吉が顔を真っ青にしながら声をかける。まだ幼い顔つきの4人は、1人を除き、何をするべきか必死に考えていた。事故である。よくある話だが、火にかけられたやかんが白兎こと、稲葉末恒の体に降ってきた。なんてことは無い、雨降りの日、屋内で遊んでいた4人は何も考えず、家中を走り回りはしゃぎ回った結果、3時のお茶を作ろうとしたお袋さんのかけたやかんに腕を引っかけ、自爆したのである。比較的裕福だった白兎の実家。アイランドキッチンを装備する広いリビング、さっきまでテレビゲームに興じていたといった認識、3時前というタイミング、家にいた6人という人数、ちょっと洗濯物をと思い、席を外した母親。すべてが絡み合い発生した事故は、結果として白兎の半身火傷という結果になった。そういった危機に直面した彼らは、幼いながらもできる限りのことをした。幸いしたのは、そのときとったとっさの行動が、後遺障害をさほど残さず寛解したのだから、運がいいとともに、彼らの頭の回転力も見上げたものと思いたい。鴉は、熱いという叫び声に即座に反応、服を脱がさずそのままシンクにあった桶の水をぶっかけ続けた。床が濡れるのも気にせずだ。雉丸は、そのまま2階にいるはずの母親を呼びに行き、その帰りがけに毛布を白兎の部屋から引っ張ってきた。熊吉は、動揺しながらもリビングにあった電話を使って119番をかけた。住所を聞かれたが、自分の内から4軒先が白兎の家ということもあって、自分の住所を言った後、その4軒先と告げられたのが、救急隊到着が早まった原因となった。首から下に熱湯を浴びたという状況報告も、救急病院の選定が到着前に済ませられた要因にもなり、この行動に際して、消防署から人命救助の表彰を打診されたが、主原因を作った自覚も彼らにあり、丁重に断ったのは後の話である。


救急病院に担ぎ込まれた白兎を見た医者は、応急処置が見事に決まっている事に驚愕を覚えた。これなら、幾度も皮膚移植をせずとも、回復は早く、社会復帰もそれほど時間もかからずにいけるだろう。大規模火傷で服を脱がさずそのまま冷やした点は、かなり効果的で、その後、毛布で包んだのも好感が持てる。本当は、衛生的なビニールか何かの方がより効果的だが、水に濡らした毛布は、皮膚の冷却と、保温の両方をほどよく成立させる。服を切りつつ、患部を確認する医師は、この後の治療計画を頭に浮かべながら、快癒を祈った。そして、この件が、この医者の人生を大きく決めるきっかけとなる。担当した救急医、いや、研修最後の年に、この火傷患者を担当した牛山春雄、後のhakko、その人である。


入院生活は、正直退屈極まりなかった。ろくな娯楽が無く、体も動かせない。ぷよんぷよんのベッドに寝かされ、大して美味くない病院食を食べる。歩けるのは、トイレに行く時ぐらいで、後はひたすら横になれだった。ただ、ベッドから起きると、やけど全体が痛くなる。まともに遊ぶ気にもなれず、気が落ち込むばかりだ。面会だけはできるが、たいしたことはできない。そんなときだった。あの3人が、派手な黄色のスーツ?を着込んで見舞いに来たのだ。3人は病室に入ると、おもむろに「あー」とハモり始めた。直後、英語の歌詞が彼らの口から紡ぎ出される。The Chords の名曲、「sh-boom」である。歌い終わった彼らが白兎に告げたのは、メンバーが足りないということだった。この瞬間、鳥獣戯画は結成されたといってよい。暇を持てあました彼らにとって、白兎が入院したのが病院の個室であったのも、ちょうどよい稽古場になった。その後、症状の回復とともに、病室を個室から4人部屋に移ることになったが、ロビーや広場で稽古を続けるうちに、病院内で評判になった。実質的にライブとなったわけだが、ドゥーワップから始まった彼らの音楽史は、その辺のガラクタから音が出れば何でもよいといった具合に、楽器を選ばず音楽がまともになっていったのである。鳥獣戯画のまともなボーカルがいないのも、担当楽器がめちゃくちゃなのも、これが源流だ。


この時、研修が明けて専門科を選ぶ際、皮膚科を選んだHakkoこと牛山は、白兎の担当医として彼の面倒を見続けることになる。中学の文化祭の時に、ステージを踏むことになった際、それならばと牛山の姉を紹介したのが、彼らがバンドとして成立した瞬間でもあるのだが、岸和田の仲間と、鴉の親戚であった高津がつながっており、それならばと飲みに行った席で千葉と合流、中学でドゥーワップを歌うやつがいると面白がった千葉が狐之巣でステージ踏ませようと画策したのが、彼らの本格ライブデビューなのだから、いかに周りに遊ばれ、、、支えられて来たかがわかる。なのだから、Hakkoの今を形作った彼の言葉は、Hakkoに強く響いた。


「千葉さん、電気はいつまで持ちますか。」


思い入れもスタッフの中で最も高かった。確認するかの如く、牛山は電源担当の千葉に問いかける。とりあえず、会館の電気は、太陽光発電と、蓄電池でどうにかなるものの、ライブをやるとなると太陽光発電ではまかないきれない量の電気を使う。発電車から供給される電気が、このライブの生命線であり、有限の資源でもある。


「うーん、全力ならば4、5回分ってとこかな。」


千葉は、度々給油のために電源車を移動させる様なことが起きないように、終演後に給油できるよう、タンクローリーを呼んでいた。1時間に20L消費する電源車も、1kLあれば、計算上は50時間、調整を考えると1公演8時間程度発電し続けられる。ローリーを途中1回給油させれば、余裕を持って全8公演を消化できるはずであったが、いきなり供給が止まってしまい、この1kLでいつ終わるともわからないこの時代の漂流を続けなければならなくなった。ただ、業界歴の長い漢、千葉茂57歳。伊達や酔狂で会社役員を背負っておらず、やるなら徹底的に、が彼のやり方でもある。業界随一のホワイト企業、富士見電機株式会社はこの千葉の考えの元、電源車、車両整備、照明機材、機材修繕、電機施工迄を手がける大会社になったが、資格とるにも有休取るにも徹底的にやらせるのが千葉流である。半ば鳥獣戯画、千葉の弟子のようなものなので、彼の薫陶も受けていることから、この千葉の見立てに鳥獣戯画のメンバーは、当然の如く反応し、顔を見合わせたた。ただ、トドメの台詞は、鳥獣戯画のメンバーで無く、意外なスタッフから上がったのである。


「じゃぁ、この時代に、現代ライブが5回はできると。」


大場である。元々バンドマンだった彼は、音にこだわりすぎてバンドをやめたくらいの変人で、音響の世界で飯を食うことにエクスタシーを感じると嘯いているが、腕と思いは一流である。


「神富さん、やろうよ、ライブ。江戸時代でさ。」


ますます眉間のしわが深くなる神田。舞台監督として、また、プロモーターの責任者としてこのライブ計画を進めてきた彼の決断は、いつ終わると判らない今の状況も加味しなければならなかった。総責任者としての決断だから、生殺与奪を握っていると言っても、今の状況では過言とは言えない。ここで、欲望を果たすべく、すべての油を使い切るか、はたまた、徹底的に温存か。


「3回な。3回やろう。それ以降は、ここで何ができるか、どう生活するかの研究をせにゃいかん。だから、3回。」


神田が下した苦渋の決断。幸い、この会館は公営であるので、非常設備は幅広くそろっており、公民館も兼ねていることから、風呂も宿泊も可能だ。ガスはプロパンなので、発電車の燃料と同じく温存しなければならないが、節約して使えば、3ヶ月分くらいはあると会館管理。太陽光で一般電気はまかなえるし、水道は厳しいが、すぐ裏に川が流れているから、ポンプで会館の上水タンクに供給すれば、トイレすら使用可能となる。食料は、非常食を出しつつ、会館のレストランにある冷蔵庫に残っている食材を生鮮品から消費していけば、当面はどうにかなる。ここまで希望が持てるのであれば、ライブをやらないという選択肢は、浮かばない。せめて、最後の3回、全力でやって、現代技術と別れを告げれば、心残りは少なくて済む。その後は、今は考えたくない。


こうして、鳥獣戯画のライブに集まったスタッフ一同は、江戸時代に受け入れられるどうか判らない、一世一代のライブを開催することに舵を切ったのである。

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