第一幕
皆様お初にお目にかかります。エセ物書きのかひらでございます。
この度、この場を借りて拙著を公開させていただきます。
至って娯楽の為のみに書かれたものですので、内容について歴史検証だの、法律だの、そんなものはやっておりません。あくまで娯楽。ファンタジーとしてお楽しみください。
なお、作中に出てくる舞台用語などの質問にはお答えしかねます。
AI先生に聞けばわかるものばかりですので、ご自分でどうぞ。
それは、唐突に起きた事件だった。様々な人に支えられ、着実に地歩を固め、ようやくつかんだビッグチャンス。さぁここからといった瞬間に、想像もできないような大きな試練、運命に弄ばれ、出会い、別れる。この話は、悪い大人に転がされ、若年からメタルバンドを組んだ若者たちが、音楽のメジャールートを盛大に踏み外し、大人の好き勝手な行動に巻き込まれ、伝説を歴史に刻み込まされる、そんな話なのだが、そのバンドマンたちが主役ではない。主役は、彼らをはめた張本人、スタッフという名のおっさんおばさんたちである。
収容人数1100人の大ホールは、この辺では比較的大きなホールだ。若手バンドマンにとって、この地を踏むと大きくはじけるというジンクスを持った聖地であるこの会館は、彼らにとっても幼い頃からこのステージに立つことを第一目標としていたその会館でもある。観客一人はいっていない客席には、未だスタッフたちが行き交い、これから始まるライブの準備で忙しくしている。ゲネプロ、通し稽古が終わった今、最終調整をするため、各部門のスタッフが少しでもライブをよくしようと駆けずり回る、最後の時間が流れている。これを乗り越えれば、いよいよ客入れ。バンドメンバーは、セットリストを確認しつつ体力をつけるため、用意された昼の弁当を手に控え室にむかった。
「やばい、今から緊張してきた。」
バンドメンバーの一人、白兎が控えに引っ込む道すがら呟いた。彼らのバンドは、幼なじみ4人で結成されたメタルバンドだ。その名を「鳥獣戯画」というが、幼い頃からその辺に転がっていた三味線やら太鼓やら横笛やらで遊んでいた彼らにとって音楽は、切っても切れない縁だった。仲間を助けたのも音楽。結束をより深くしたのも音楽。勢い余って親戚筋のライブハウスに適当に出てみたら、中学生には受け止めきれないほどウケた事が彼らを調子づかせた。それがきっかけで、そのライブハウスにしょっちゅう通い詰めた結果、こんな大きい箱でライブをする今に至るが、まさかここまで人気が出て、この聖地といっても過言ではない会館でライブを行うとは、彼らの始まりを知る諸兄らも、当然彼ら達も、想像もできなかった。その想像もできなかった事を現実にでっち上げた犯人が、彼らの目の前に現れる。舞台監督、神田である。
「今日は、おまえらのためにいつものメンバーを揃えてやったんだから、贅沢言わずにきっちり仕上げてくれよな。」
いつものメンバー、彼らが拠点としているライブハウス「狐之巣」で公演をする際に、大抵集まる技術スタッフのことだが、大概、業界の大物であることを彼らはほとんど知らない。人しれない苦労があったことをここでは誰もねぎらってくれないのが神田のジレンマでもあるが、鳥獣戯画のメンバーにとっては至って当たり前のことで、初ライブともあれば、万難を排してスケジュールを合わせてくることぐらい彼らはしてのけるのも、鳥獣戯画のメンバーは知っていた。無理難題、言ってみるものである。なんたってガキの頃から面倒を見てもらっている親戚のおじさん、おばさんの塊。遠慮など、そこには無かった。
声をかけてくれた神田に、見事な連獅子を決めてみせるとメンバーの一人「鴉」が言ったが、おまえらメタルバンドだろと神田は心の中で突っ込みをした。いや、その破天荒なスタイルに惚れて、自ら話を持ちかけたのだが、周りを固めていた技術スタッフ、はっきりいうと、その技術スタッフの、悪乗りの集大成である鳥獣戯画という存在に、今更ながら振り回されてきたな~、と、このライブに至るまでの苦労を思い返していた。見る分には楽しいが、いざやるとなると、どっちに行くかわからない鳥獣戯画のメンバーをコントロールするのは、とてつもなく骨が折れた。はじめは隈取りメイク。歌舞伎じゃ無いんだからと言ったら、メイクを担当していたアーティスト「hakko」こと牛山が
「「kiss」みたいでイカすでしょ。」
といいのけた。まぁ、確かにそうだが。
ライブにのこぎり持ち込んできたこともあった。刃物はだめだからと言ったものの、なんか、びょんびょん言わせて歌っていたので、美術スタッフ高津に聞いたら、遠い目をしながらしみじみ語った。
「あれはあいつらが狐之巣を作った時に握っていた鋸だ。参加させたかったんだろ。」
そっかー、仲間なんだー。。。なんか違う。
別のライブハウスで興行をさせたときもそうだ。いきなり持ち込まれた溶接機を公演中バリバリやり始めた事もあった。あとで消防からくそ怒られたが、電気屋で溶接機の持ち主、千葉に文句を言ったら、
「あれは省エネ型のインバーター積んでる型でな、細かく出力が調整できる逸品だ。そして鴉は溶接がうまい。飯食えるレベルでビートが仕上がる。これはマジだ。」
免許を早めに取らせて良かったと千葉が宣ったが、免許が無かったら、もっとひどいことになっていた。何というかあいつら、ひどすぎる。神田は感慨深く控えに戻る鳥獣戯画のメンバーを見送り、この後のライブがうまくいくように祈った。なお、この祈りは、ある意味届きすぎるのだが、この時の彼に知る由も無い。
鳥獣戯画のメンバーが控えに到着すると、そこには発電担当の千葉が、一足早く昼弁当をつついていた。おう、と軽く挨拶する千葉は、メンバーの一人、鴉の叔父に当たる高津の友人でもあり、メンバーにガラクタを与え続けた、いわゆるパトロンでもある。そのパトロンが、今度はギャラをもらって彼らに関わる仕事を請け負ったわけだから、感慨もひとしお、と思いきや、いつもと変わらない態度で淡々と仕事を進めていた。今日は、何か仕込んでんのか、と、これもまあ、いつもの如く何かやらかすと期待を込めて聞いてきた千葉に、熊吉が答えた。
「さすがに初会館ライブなので、いつもの仕込みしかやりません。つか、セットリスト持ってませんでしたっけ?千葉さん」
「ん、持ってるけど、いいじゃねぇか、確認だよ確認。お前らが阿保やり始めると、発電容量があがるんだよ。ま、いつも通りにやるんだな。」
そんないつも通りのやりとりに鳥獣戯画のメンバーは緊張をほぐしてもらっていた。
弁当をつつきつつ、雑談含めて緩んでいると、千葉がそろそろ仕事すっかと席を外し、発電車に戻っていった。入れ違いに照明オペの小沢が頭を掻きつつ控えに来ると、おもむろに弁当をかき込み始めた。普段、飯はゆっくり食うべきだという彼女の様子から、メンバーは何か起きたととっさに悟り、急ぎ弁当を片付ける。小沢さん、手伝いますよ、と、雉丸は小沢に声をかける。
「いつも済まんね、上手のDMX、スプリッタから先が通信不良だわ。ウンともスンとも言わない。」
拠点の狐之巣にある舞台の照明は、小沢指導の下、自分たちで仕込んだ鳥獣戯画のメンバーだが、音響、照明の仕込みくらいならやってのける、技術スタッフ顔負けの実力を持つ。おまえら何屋だ、とよく言われるが、犯人は、好奇心旺盛な鳥獣戯画のメンバーと、それに応じて仕込むだけ仕込んだ技術スタッフ一同、すなわち、この会館に集まっている人間すべてである。あ、見ときますねと鳥獣戯画のメンバーが席を立ちヘルメットをかぶると控えから舞台に向かっていく。小沢は、「あぁ、君たち、今日は演者、、、いつもの事か、頼んだ。」と彼らに不具合を任せたのである。
照明の信号図面を眺めつつ、通信不良の機器がある場所に足早に向かっていった彼らは、この後、演者として舞台に立つはずで、当然、普通の演者ならDMX?何それ美味しいの、であるはずだが、彼らは彼らのパフォーマンスを自らの手で作り上げてきた自負がある。今更技術スタッフたちに丸投げにする様な事は気持ち悪いと、手すきになれば現場を手伝う奇特なバンドだ。後で、hakko先生にヘアメイクが崩れたと怒られる訳だが、これも彼らの持ち味であった。
通信不良の原因は、舞台上手にあったスプリッタの電源コード断線が原因だった。突き止めたのは雉丸で、別の電源を引っ張ってきて挿げ替えたのだが、本物の照明助手たちにかなり引かれていた。電源装置ぐらいは、千葉達に仕込まれてきた彼らにとって、こんなものは朝飯前の出来事で、予備のwifiルーター電源をおもむろに覗き込むと、これ使えると手早く現場復旧を終えた。メンバーは、一仕事終わったねぇと一服つけつつ、元の演者として控えに戻っていく。小沢は彼らの戦果を確認すると
「現場に技術屋がいると助かるよねぇ。」
と演者の彼らに問題発言を放って、持ち場に着いた。客入れの時間が近づくと、さっきまで弁当をつついていた制作スタッフも、三々五々配置につこうと席を離れていく。まもなく開演である。
さて、うちらもそろそろ舞台袖に控えようかとホールに足を向けた途端、正面玄関から制作スタッフの一人が血相抱えて走ってきた。何を慌てているのかと思いきや、江戸、江戸と喚き散らして要領を得ない。何を訴えたいんだろうと怪訝なメンバーは、とりあえずスタッフの飛び込んできた方向、すなわち正面玄関に向かってみる。そして、外の風景に飛び込んできたスタッフと同じような反応をする。そう、正面玄関の外に広がっている風景は、入り待ちのファンの列ではなく、怪訝な様子でこちらを覗いている江戸町民の姿であった。なんのどっきり?と怪訝な顔を浮かべる鳥獣戯画のメンバーが少しうろたえていると、彼らの後ろから舞台監督の神田が神妙な面持ちで正面玄関にやってきた。
「千葉が言ってたのはこれか。確かに江戸時代だ。こういう時に限って奴は嘘こかんからなぁ。」
おもむろにつぶやくと、無線のスイッチを入れてしばらく、相手の千葉が玄関前に合流した。ロビーにあるソファに両者が座り、何か話し込みを始める。
はじめは、発電車の面倒を見ようと、弁当を食い終わった千葉茂が、電圧のチェックを済ませ、さて、と、一息ついたときだった。会館裏に設置された電源車のそばにあった垣根から、ひょっこり出てきた顔、顔、顔。何をやっているんだと千葉は声をかけたが、様子がおかしい。誰一人Tシャツや、Gパンなどを着ておらず、薄汚れたような着物を着ている。それでもなお、見るんだったら正面のエントランスから入れと促すと、彼らは素直に従ったのである。承知?なんか返事にしては古風だなぁ。と発電車のメーターを見返してしばし、無線からごちゃごちゃと聞こえる制作の声。ちょっとだけ興味が立ち、正面へ行ってみると、さっきの顔がちょうど3つ、いや3人が古めかしい着物をまとい、制作ともめている。いや、それだけでは無い、会館の敷地の外の風景が、さっきまでの風景とがらり変わっているではないか。会館正面玄関前の広場の先に広がるのは、古めかしい建物の数々と、少ないながらも人だかりができている。異常は彼らでは無い、俺たちだと直感で悟った千葉茂は、慌てる制作を呼び止め、まずはライブに関わる全スタッフをホールに集めるように指示するとともに、神田を呼ぶため、無線のスイッチを押したのである。
「神田さん、ちっと正面来てくれ。映画みたいになってるわ。」
何事かと思う神田にさらに千葉は重ねた。端的に、より結果を想像しやすく伝えたつもりの千葉だが、言った本人も多分伝わってないだろうなぁと思いつつ、とにかく来てくれと続けたため、ライブ開演前にもかかわらず、神田に持ち場を離れる様促した。千葉がそう言うということは、確実に事件。両者の信頼関係は、案外深い。
「江戸時代だわ、俺たちやばいことに巻き込まれてるぽいぞ。」
神田に正面玄関に来るようにと無線を終えると、町民に向かって千葉は話始めた。ここに何があったか、将軍家はどちらにおわすのか、何代目か、そもそもここはどこかなど。言葉巧みに聞き出す千葉は、さすが経営者としても技術者としても数々の修羅場をくぐってきた猛者。人心掌握も現代から江戸時代までと幅広い。無線が再びしゃべり始めると、集まった町民たちにしばしまたれい、と一言残し、玄関ホールに足を向たのである。




