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3章26話

 城の研究区画では、その一面に血が飛び散っていた。

「ひ、ひどい……」

  激しく負傷し、血まみれになった魔脳科学士が倒れている。

 そのうちの一人に、クリフは問いかけた。

「暴走した半神は!?」

「……お、おくの……け、検査室に……」

「わかった。医療班を呼んだから、ここで待機するように。アダム、ゼファー。ミエルは僕が……「処理」する。君たちも待機してくれ」

  処理の意味は否応でもわかる。クリフは眉を顰め、真剣さのなかに悲しさを隠した顔をしていた。

「ダメだ、半神を倒したら神食される! クリフが危ない!」

「そうだよ、ボクたちも行く!」

「ゼファー、君は特に忌神だから神食が進みやすい。危険だ」

  だが、ゼファーは一瞬がくりと首を落とす。彼の体がミチミチと服を突き破り、人狼の姿となっていく。

「……四の五のうるせえな。俺は血が欲しいんだよォ!」

  狼と化したゼファーが走り出す。クリフは驚愕して叫ぶ。

「ぜ、ゼファー!?」

  「まずいっ!! あれって、わざと?」

「いや……。確実に神食の影響で自我をフェンリルに明け渡した! 早く止めないと……」

  クリフは背中の触手を伸ばし、ゼファーの行く手に突き刺し、棘の罠のようにして進行を阻む。

「くっ! 止めんな!」

「それはこっちのセリフだ。邪魔は許さないよ。友人であれど……今は立場をわきまえろ!」

  クリフはそう言って、ゼファーの首に触手を突き刺す。

「うぐ!!」

「おい、クリフ! そんなことしたらゼファーが!」

「心配はいらない。記憶消去用の触手は痛みを感じないから。……なぜここに来たのか、フェンリルの好戦人格の目覚めとなった記憶を消去!」

  そう言ってクリフは触手を抜き去る。瞬間、人狼化して荒れ狂っていたゼファーの動きが止まる。

「あれ……王様? どうしてボク、ここに……」

  クリフはポケットから小瓶を取り出し、それをゼファーの鼻の前に近づけた。

  不思議な……花のような、煙のような匂いがした。

  するとゼファーが瞼を閉じ……眠った。

「クリフ、それ何?」

「炎龍陛下にもらった、微量の睡眠魔香だ。それよりアダム、君もついてくるな! 来るようなら……」

  炎龍を思わせる香りのなかでクリフの顔を見ていると、また頭の奥が痛む。

  『彼女に……触るな!!』

 何者かの声がぐるぐると繰り返し頭を巡る。

  『H.O.Lによるドレナージュを開始します』。

 脳内に機械的な音声が響いたと思うと、再び自分ではない何者かの思考が襲いかかる。

 金の髪や紫の目に、煙と花の混じった香りが混じることがひどく許せなく感じる。

  同時に、目の前にいるこの美しい少年を傷つけたくなる。か細い首を絞めたくなるほどに……。

  ――これは、誰の意識だ?

 そうだ、俺は言わなきゃいけない。『本音』を……。だって、家族なんだから。

 気づくと、存在しないはずの、もうひとつの世界でのクリフを思い出しながら告げてしまった。

「じゃあ、ここまで来た俺の記憶も、勝手に消すの? 兄弟にそんなことをするなんてひどいよ」

「えっ……アダム?」

 一瞬クリフは戸惑った。

「それは……そんなことしない!」

 だが、おそらくは図星だったのだろう。動かしかけていた触手が空を遠慮がちに彷徨っている。

 クリフの戸惑う顔を見ていると、なぜだか、愉悦が襲う。

『そう、その顔だ……。傷ついて、私のことが気になって仕方がない、その顔を見たい』

 また、クリフを責める言葉が止まらなくなる。

「ゼファーにはしたじゃないか。『友達』なのに」

「……じゃあ、もう帰って。アダムを危険な目に合わせたくないだけだったんだ……」

 アダムは思わず、はっとした。

 クリフは明らかに傷ついた顔をしている。

「ご、ごめん……なんか、おかしいな。最近……」

「いいよ。気にしてない。じゃあ、また後で」

「そ、それはダメ! 俺は半神だ。クリフを守るし、一人にさせない! だから一緒に行かせてくれ。記憶なんか消して誤魔化さなくたって平気だ」

  クリフはいつもと違って踏み込んできたアダムを不思議そうに見つめ、そして覚悟したようにうなずいた。

「わかった。ついてきてもいいよ。でも、ミエルに攻撃はしないで。いいね」

  2人は検査室を目指して走り出しながら、話す。

「さっきの魔香だけど、なんであんなものを持ってたんだ?」

「最近、すごく寝つきが悪いんだ。嫌な夢を見て一睡もできないことがある」

「嫌な夢?」

「アダム……いや、クトゥルーのね。だから眠りたいと相談したら、これをくれた」

「平気なの? 魔香は中毒性があるんだろ?」

「微量だって言っただろう。アダム、そんなにあの人が嫌い?」

「……さあ、わからない。胡散臭いなと思ってたけど……最近はなんだか、もやっとする」

「もやっと?」

 炎龍がクリフに近づくたび、『俺じゃないもの』が嫌がってるとは、クリフには言えなかった。

 倒れていたり、呻きながら壁にもたれかかった研究員たちをよそに研究区画の回廊を進んでいくと、検査室にたどり着いた。

  自動扉が開くと――。

 そこには頭が三つある人猫の半神の……あきらかな成れの果てがいた。

  全ての頭の口は血まみれで、体じゅうに神食の限界を表す触手が生えていた。

「み、ミエル……!?」

 頭の内の一つ、最も猫に外見が近いものが話し出す。

『くだらない苗床だったわぁ。アタシ……バステトの力を分けてやる意味もなかった』

  荒い息を吐き、狼と化したゼファーが人猫に向かっていく。

  ミエル、いまは猫神バステトの意識で動く神食された半神は触手を放つ。

「させるか!」

  アダムはクリフの前に出て槍を構えてミエルの元へ駆け出す。

  だが、間髪入れずに、威厳が滲み出たクリフの声が響いた。

「ダメだよ、アダム。この国の王にして、最高神性の形代となった僕を差し置くだなんて……越権も甚だしいっ!!」

  そして、クリフの背を突き破り、クトゥルーの青紫の触手がアダムを避けながらバステトの触手を全て断絶し、その心臓を突き刺した。

  先を越されたアダムは呆気にとられてその光景を見た。

  やはり、クリフは強い……。創生神クトゥルーの力を見事に使いこなしている!

  バステトが悲鳴をあげ、辺りに血まみれの触手を飛び散らせながら息絶えていく。

「うっ……」

  背後から、クリフの呻き声が聞こえた。アダムが思わず振り向くとーー

  クリフの首から、触手が一本生えでていた。

「クリフ!? 神食反応が……!!」

  クリフはそれでも冷静に分析するように、途切れ途切れに言う。

「そ、そうか。忌神を殺せば、神食がこんなに進むのか……アダム……に、逃げて……」

「く、クリフ……?」

  腕や足からも触手が溢れて生えてくる。クリフは血の涙を流す。

「せっかく……待ってたら兄さんに会えたのに……残念だなあ……」

「クリフ、クリフーー!!!」

 そんな、また、クリフを失うのか!?

 そんなの、嫌だ……!!

  その時、どこか懐かしい、煙と花の混じった香りが漂った。

「はぁ。ホンマに。親子そろって、無茶ばっかりでしゃあないな……」

 聞き覚えのあるバリトンの声と共に、香りを吸い込んでいくうちに、意識が朦朧として――。


「アダム! 大丈夫かい?」

「え……」

  周囲に血の匂いが漂うなか、クリフがアダムを見て、慌てふためいた声で言った。

「怪我は、ないね……アダムにもしものことがあったら!」

  クリフは相変わらず、アダムの命が最優先と感じているようだった。

  身を挺して庇ってくれたさっきと同じ……。

  いや、『さっき』!?

  さっきは神食が進んで……クリフが死にそうになっていたはずだ。

 なのになぜ?

 クリフは本当にアダムが怪我をしていないか、しばらく体中を見て確認したあとにようやくミエルのほうへ目をやった。

「ああ……アダム!! 本当に良かった!!」

  少し泣きそうなクリフの紫の瞳を見ると、胸がちくりと痛み……熱くなる。

  また、頭の中のなにかが狂おしいほどにその表情に憎らしいような、愛しいような感覚を雪崩こんできた。

  一瞬だけ、頭の中に泣きそうなヘレナさんの顔が浮かぶ。

   ――もっと、もっと泣かせたい。

   ――そうすれば、君は少しでもこちらを向いてくれるかい?

 ――ああ。私の、私だけの、魔女ーー。

 これは誰の気持ちだ?

  これはきっと……誰かが、クリフではなく、ヘレナさんに思ったことだ。

  なぜこんな気持ちになるのかわからないが、胸のざわつきを抑えきれずに自然と口が動いていた。

「クリフ、王としてその振る舞いはどうなの? 半神がまた一人死んだんだぞ」

「え……?」

  クリフは驚いたような、怯えるような顔をした。

「あっ、ごめん……言いすぎた」

「た、たしかに不適切だった……。アダムが心配すぎたんだ」

  毎回、このクリフの対応には違和感を覚えるが、わざわざ指摘するほどでもなかったのに。

  自分でも自分が発してしまった言葉に驚き、アダムは取り繕うこともできなかった。

 クリフは悲しげな顔のまま言う。

「ミエルはしばらく暴走したようだが、ちょうど神食の限界反応で生体停止したようだね……幸い、死者は出ていないが、こんな形でまた半神を失うとは、残念だ……」

  たしかに3つの頭を持つ人猫は血と体から生えた触手と共に部屋の中心で倒れている。

「で、でもクリフ。さっき、俺たちここでミエルが襲いかかってきて、戦ったんじゃ……」

  クリフはキョトンとしてアダムを見る。

「何を言ってるんだ? ついたときから、ミエルは血まみれで、この状態だったじゃないか」

  幻でも見たのか? いや、でも確かに……。

  クリフは遺体のそばに寄り、わずかに目を閉じた。

 さっきのは思い違いなのか?

 まさか、『時の改変』……?

 いや、それはあり得ない。今は半神の体をヨグ・ソトースのバラバラに引き裂かれた肉体である受肉結晶を培養し、俺の中にある『銀の鍵』を使わなければ、『時の改変』を起こすことができないはずだ。

 また、ヨグ・ソトースが時折アダムのために起こしたわずかなる時間遡行現象とも違う。

 これは…「もう未来が変わった」状態として起こっている。だが、なぜ俺の中にはなぜ記憶がある?

『それは君が『時の改変』を行った者だからさ』

 ふと、頭の中であの声が……ヨグの声が響く。

 ――ねえ、ヨグ。起きてるの?

『少しだけね……でも、また眠るよ。アダム、君は一度、僕の力を借りて『時の改変』を行った。だから、わずかなる時の綻びを感知し、わずかにずらされて消えたはずの記憶が残る』

 ――やっぱり、過去が変わってるのか? 教えてくれ。それじゃあ、これは一体なんだ?

『……死の香り。それによって、時を辿れる者がいる』

 ――アダムはハッとして、過去、煙管をニヒルな笑みでくゆらす男を思い出す。

 ――炎龍が、死者の香りを辿って『書き換えた?』

『もちろん、どこの時間に飛ぶかは無作為ランダム。しかも『正史』の時間にしか飛ばれへん。せやけどもし……魔香で紐づける死者の数が多くなれば? 自分と深くかかわった死者なら? その死者と関わりのあった者の記憶を利用すれば? より正確に照準を合わせることができるんや。失敗という失敗を何千回と重ねてきたけどな』

 過去の炎龍の言葉が、頭の中で立体的に蘇って繰り返される。

 そうだ、あいつが……過去に飛んだ?

 クリフを助けるために?

 ーーいや、そのためだけなのか?

 アダムは背筋が凍えるような恐怖と違和感を覚える。

  クリフはアダムの方を見て、バツが悪そうに、そして顔に悔恨を浮かべて言った。

「急速に神食が進んだとはいえ、もっと気を付けておくべきだった……。オリオンのことも含めて、間違いなく僕の過失だ」

「起こったことは仕方ないよ。これからどうするかだ」

 その言葉をアダムは自分にも言い聞かせる。

 炎龍の狙いがわからないが、時をわずかにでも遡ることができる存在は脅威だ。

  クリフは明らかな焦りを見せながら言った。

「シールドの強度にも限界がある以上……もう、僕たちには時間がない。アダム……。これから行う僕の決断については、口出しをしないと誓って欲しい」

 わずかにクリフの声は震えていた。

「どういうこと?」

「決定権は僕にある。でも、僕は君に何か言われると、きっと揺らいでしまう」

「でも今、クリフは俺に相談してるじゃないか。中身は知らないけど。ここまで聞かせたなら、言ってくれないと困る」

「……そういうところ、父上に似てる」

「え……?」

「大して話したことはないけどね。いかにも英雄らしく、おおらかでいい人だったそうだけど、僕にはそうやってよく、揚げ足取りをしてきた」

「揚げ足取りのつもりはないよ」

 アダムは指摘されて初めて気づいた。だが、同じことをガイアやヴァルトロにしようとしたことはあまりなかった……と思う。

「とりあえず、そういうことだ」

「クリフ! その、止めるから!」

「は?」

「クリフがダメなことしそうになったら、止める!」

 クリフは目を丸くした。そして悲しそうに笑う。

「そう、気持ちだけ受け取っておくよ」



 **********************

 魔脳マリアが格納された飛空艇の中――。

 赤く発光した結晶体、かつて神々の遺した神工知能、魔脳マグダラの崩壊後に代替された模造の叡智、魔脳マリアの手前にある玉座では、一人の若き英雄……アーサー・ルルイエが腰掛け、ホログラム状の液晶からアダムとクリフの様子を見ていた。

「フン、煙の龍がまた余計なことを……『たまには』私の管理をかいくぐって成功するようだな。ねえ……可愛いヘレナ」

 怒りをたたえた声が、最後だけひどく甘くなる。

 足元には鎖でつないだ金髪に紫の瞳をした少女が侍り、アーサーの膝の上にもたれかかっている。

「アーサー様。私……また、変な夢を見たの」

 ゆっくりと金色の髪を撫で、アーサーは甘い言葉をかける。

「へえ、どんな? 怖い夢からは、私がちゃあんと守ってあげるよ」

 アーサーは少女を抱き上げ、膝の上に乗せる。蜂蜜色の髪に指をくるりと巻き付けた。

 だが、にこりと微笑む少女に対し、アーサーはやや失望したような色を顔に浮かべた。

「ああ、『従順』パラメータを盛り過ぎたか。こういうときはもっと恥じらって抵抗して、ついでに三言ぐらい、嫌味も言ってくれないと……再現率が低くて萎える。また調律しよう」

「アーサー様?」

「ああ、続けていいよ」

  少女の髪を撫でながら、アーサーは赤い結晶体の魔脳マリアを愛おしげに見つめる。

  彼の目には、その物言わぬ結晶体以外、映っていなかった。

「邪悪な煙の龍は、本当に悪者なの? あの人は私を助けてくれた。いつも、呼んだらそばにいてくれた。私は、あの人に会いたい……炎龍に……」

 ぽろりと少女が涙をこぼす。

 アーサーは少女に向かって微笑み、そして空中に向かって指を動かす。

 空中に小さなホログラム状の液晶画面が出現した。

電脳人形ヴァーチャルドール完全消去オールリセット

  その言葉と同時に、少女の輪郭が朧気になり、粒子と化していく。

「え……アーサー、様……?」

「約束したじゃないか、あの男を求めるなと。清らかな君に戻さなきゃ」

 少女は電子の粒子となって消滅した。

「ヘレナ……『オリジナル』の君からの記憶干渉をどんなに防いでも、君をベースに生成した電脳人形(ヴァーチャルドールは母体のように賢く学習し続け、違和感を抱くんだろうね……? それさえ口にしなければ、優しくしてあげたのに」

 飛空艇内の玉座が激しく赤色に発光する。

『ヤメテ!! モウヤメテ!!』

 魔脳マリアの結晶体にアーサーはそっと触れる。

「どうしたんだい? 魔脳マリア。いや、私のヘレナ。随分ご機嫌ナナメだね? 君に似せて作った電脳人形ヴァーチャルドールに嫉妬だなんて、やっぱり一番、オリジナルの君が可愛いな」

『ヤメテ……ワタシヲカエシテ! アダム、クリフ……アノコタチニヒドイコトヲシナイデ! 』

 結晶を指で優しく愛撫しながら、アーサーは愛おしげに言う。

「あんまりうるさいと、また調律しなきゃいけなくなるだろう? 君は君のままが一番素敵なのに」

『イヤ! ワタシヲカキカエナイデ!』

「君の賢さが憎らしいよ、ヘレナ。ほら、調教ドレナージュするから、大人しくしていて。煙の龍の思い通りになんて、させるものか……」

 アーサーは結晶の中に指をゆっくりと沈める。

「魔脳の「中」に直接触れられるのは、調律者の私だけだからね。さて、今日は何を書き換えようか?」

 キイイイイイン!!!

 耳をつんざく機械音が響く。それはまるで、少女の痛々しい悲鳴のようだった。

「私が、君を何度でも戒めてあげる。君を世界が憎む魔女のままにしておくために……」

  引き裂かれるような音が止んだあと、アーサーは血のように赤い魔脳の結晶によりそい、労わるように指を離して撫でる。

「誤解しないで、本当は私も優しくしたいんだよ」

  魔脳からは感情の無い声が響く。

『ウソツキ……ウソツキ……!』

「そうかな? 嘘だけで、君と二十年もこんなところにいられると思う?」

  その時、ブラックホールのような真っ黒な穴が顕現した。次の瞬間には、懐中時計を持ったツインテールの半陰陽の神が現れる。

  水色とピンク、まっぷたつに別れた髪色、体の片方はミニドレス、もう片方は少年のようなジャケットを身にまとった異質な姿は常に見る者を困惑させる。

  だが、アーサー・ルルイエは平然とその神に声をかける。

「ノックぐらいしたらどうだい? アザトース。大切な彼女との時間を邪魔しないでくれ」

  『アーサー・ルルイエ。もう、頃合だヨ』

「やあ、相変わらずせっかちだな」

『あまりに時間をかけすぎダ』

「ゆっくりと壊した方が楽しいだろう? それに初めの約束はとっくの昔に守った。君は求めすぎだよ」

『我らの盟約を怠慢するなら、その赤いの、取り上げてしまうヨ?』

  アーサーは瞬時に剣を抜き、迷いなく、アザトースに斬りかかる。

  だが、半陰陽の神は黒いブラックホールを目の前に出現させ、アーサーの剣を吸収する。

『不敬だナ。殺されたいノ?』

「つい、イライラしてしまってね。私を罰するかい? アザトース」

  瞬時に、アザトースは黒い矢をどこからか放つ。

  矢はアーサーを貫いたが、彼の体からは血一つ流れない。それどころか矢は透けて、飛空艇の硬質な床へと落ちていく。

「ふふ、無駄だとわかってるのに、ノッてくれてどうもありがとう。私のこの姿は、この飛空艇のみの顕現可能なものだが、アーサー・ルルイエの実体に限りなく近い形で再現した仮想アバターホログラムだ。何者も、肉体を捨てた私を殺せやしない」

『やっぱり。あまりに出来がいいから、試しにやってみたんダ。本物と見分けがつかないナ』

「そういうわけで、「一抜けた」私にはどんな脅しも無用だよ。ちなみに彼女もだ」

『アーサー・ルルイエ、いや、「ミカド・ジークフォルト」。いつまで、お遊びを続けるつもりだイ?』

  ふっと笑い、黒茶の髪の美丈夫の髪と顔、立派な体格がおぼろげに一瞬ゆらぎ、十八歳ほどの銀の混じった金髪の少年に変わる。

  銀色の大きなパーカーに身を包んだ彼は無邪気な、イタズラ好きの子供のように笑った。

「さあ? いつだろうね」

  彼は再び、そっと魔脳に覆い被さるようにしてよりかかる。

「ゲームオーバーは「俺」が決める……お前らでも、煙の龍でも、彼女でもない」

  そして、愛おしげに長いキスをした――。

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